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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
3章 ねじれたハラスメント
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第3話 悪循環の職場

 世には、いわゆるブラック企業なるものが存在する。ひとことで言えば、従業員にとって劣悪な環境の職場ということだ。


 男性、岡安(おかやす)さんの今のお仕事場が、今まさにそうなっているのだというのだ。会社そのものでは無く、部署単位の話である。


「きっかけは分からんのですけど、えっと、この前の春、課長が今の課長に変わったんです」


 岡安さんは自分がどんくさいという自覚があるそうだ。だが思いやりのあるおおらかな課長さんの下、主任さんや社員さんみんなで助け合いながら、お仕事を巧く回していた。


 その課長が他支店へ栄転することになり、岡安さんの部署には他部署から新しい課長さんが就任することになった。


 その人は前任者とは違い、自分にも他人にも厳しい人で、寡黙だった。だが社員さんたちが協力して業務を進めていくのはそれまでと何ら変わらずで、岡安さんも他の社員さんも不都合など何も感じていなかったそうだ。新しい課長さんもそのやり方に異を唱えなかった。


 それが突然変わったのは、今から1ヶ月ほど前のことだった。岡安さんもどんくさいと言っても起こしてしまうミスは時折の小さなもので、部署内でチェックしてカバーできるものばかりだった。だから新しい課長さんも特に何も言わなかった。


 ミスを起こすのは岡安さんだけでは無い。パソコンでお仕事をするが、扱うのは人間である。100パーセントはあり得ない。だからこそ入力などは慎重に行う。


 だがそのとき、ミスが出てしまった。やはり幸いにも小さなもので、いつもの様に部署内で対応できるものだった。が。


「何やっとるんや!」


 突然、新しい課長さんの雷が落ちたというのだ。社員さんはみんな大いに驚いた。これまでならミスを見咎められても「気ぃ付けや」とぼそりと言うぐらいだった課長さんが、声を大きく荒げたのだから。


 一瞬何が起こったのか、岡安さんは分からなかったそうだ。そのミスは岡安さんのものでは無かったが、まるで自分が怒られたかの様な気分になった。


 一切のミスを無くせというのは無理な話だ。だから取り返しのつく部署内で2重3重とチェックして、会社に損害が出ない様に気を配っている。ミスをして良いとはもちろん思っておらず、だからこそこうした体制を敷いているのだそうだ。


「また岡安、お前か!」


 次には名指しで怒鳴られて、岡安さんはすっかりと萎縮してしまう。一体課長さんはどうしてしまったのだろうと、そんなことばかりがぐるぐると渦巻いたらしい。


「いや、ほんまに何が起こったんか、もうみんなわけ分からんで。確かに厳しい人ではありましたよ。でも頭ごなしに怒ったりとか、そんなんはせん人です。そのはず、やったんです……」


 岡安さんの声が自信なさげに尻すぼみになっていく。


 話を聞いて、羽菜も不思議だった。どうして突然課長さんは豹変してしまったのか。働いているうちに、部下を見ているうちに、感情の変化でも起こってしまったのか。


 それから、誰かがミスを出してしまうたびに、課長さんの怒声が響く様になってしまったのだそうだ。


 もちろんこれまで通り、部署内でカバーできる内容である。部署外には一切出ていない。にも関わらず、課長さんは岡安さんたち社員さんを激しく叱責した。


 その度に岡安さんも他の社員さんも縮み上がって、ひとつもミスはできないと部署内に緊張が走った。だがそうなってしまうほどに、ミスというのは増えてしまうものなのだ。リラックスしてお仕事ができないからである。


 そうした悪循環が生まれてしまい、悪いことはさらに起きる。課長さんに怒られたく無いからと、自分のミスを人になすりつける様になってしまう同僚さんが出始めた。


 岡安さんはそんなことはしなかったし、そういう同僚さんは他にもいた。主任さんもそうだ。だが責任逃れをしようとする同僚さんが出てきてしまったそうなのだ。


 岡安さんもその気持ちは分かる。自分だってできることなら怒鳴られたく無い。これはもう叱るの域をゆうに超えている。


 他責しようとする人も、多分悪気の有る無し以前の問題で、追い詰められてしまっているのだと察せられる。きっと普段から怒られたり怒鳴られたりされることがあまり無く、慣れていないのだ。その末に出てしまう危機回避能力なのだと思う。


 今や親が子に怒鳴ったり手を上げたりすることが虐待だと言われる時代である。間違った「叱らない育児」も広まっている。だから、特に今の若い子は叱られることに慣れておらず、そういった行動になってしまうのだ。


 岡安さんはミスを犯す頻度が部署内でいちばん多かった。だから叱咤されることもしょっちゅうだった。それに加えて、岡安さんになすりつけられることが多かったのだ。普段から人よりミスが多い岡安さんだから、疑われたりもしない。自然、岡安さんがいちばん多く怒鳴られる羽目になっていた。


 そのたびに主任さんがその同僚さんに注意してくれる。だが諍いを好まない岡安さんは謝られたら許してきた。だが課長さんに怒られること、ミスを押し付けられることそのもののしがらみはずっしりと岡安さんの心に積み重なり、なかなか消えることは無い。


 自慢にもならないふっくらとした身体はしっかりとご飯を食べることで保たれていたが、その分体力には自信があった。


 だがその循環が崩れてしまったことで食欲と体力が落ち、だがどうにか食べられる甘いものと、量が増えてしまったお酒を摂っているから痩せることも無い。精神的な疲労が溜まり、身体の疲れも取れないことから、面変わりしてしまった。


 どうにかこれまで1ヶ月我慢したのだが、今や転職も視野に入れる様になってしまった。だが同僚を見捨てることにはならないだろうか。今いちばん被害に遭っているとも言える岡安さんだが、人が良いのだろう、そんなことを考えてしまうそうなのだ。


 そうしてすっかりと、袋小路にはまってしまったのだった。

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