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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
2章 貴重な6年、無駄な6年
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第7話 清明お祖父ちゃんのいたずら

「せや、井上(いのうえ)、お前さん腹は減らんか? ここ、食いもんもいろいろあるで。どうや?」


 清明(せいめい)お祖父ちゃんが言うと、井上さんは「そうですねぇ〜」とメニューを取り上げる。


「わしのおすすめはナポリタンや。あのけちゃっぷっちゅうのの味が何とも癖になるんや」


 すると井上さんは「ああ」と楽しそうに目を丸くした。


「ほんまや、ナポリタンあるわ。懐かしいわぁ。そういえば最近食べてへんなぁ」


 清明お祖父ちゃんがお気に入りのナポリタンは、ベースがケチャップとはいえレシピこそいろいろあれど、ご家庭のお食事でも出てくる頻度がそこそこ高いと思う。特にお子さんが小さなときや、大きくなれば休日のお昼ごはんなどに。


 日本生まれのこのナポリタンは、小さなころからのおなじみのパスタと言えるのだ。スーパーに行けばパスタソースだって売っている。このカフェでも以前は使っていた。


「特に変わったことはしてへんのですよ。普通のナポリタンです。パスタの味は他にもありますし、カレーとかピラフもあるので、お好きなもの選んでくださいね」


「うーん、でも言われたら、ナポリタンて食べたくなるよなぁ。不思議なもんでね。うん、やっぱりナポリタンちょうだい」


「はい。お待ちくださいね」


 羽菜(はな)は冷蔵庫から、下ごしらえ済みの食材を取り出す。スライス玉ねぎ、千切りピーマン、ななめ切りウィンナ。それらを1人前ずつ、ラップで包んで置いてあるのだ。


 ウィンナと玉ねぎを温めてオリーブオイルを引いたフライパンに入れ、パスタポットも火に掛ける。パスタポットは毎朝清明お祖父ちゃんにナポリタンを作ったあと、火を落として冷めにくい様に蓋をして置いてある。保温性の高いパスタポットを使っているので、沸くまでそう時間は掛からない。


 ウィンナと玉ねぎに火が通り、ケチャップと赤ワイン、ピーマンを加えたタイミングで早茹でパスタを茹で始める。


 そうして慣れた手付きでナポリタンを整えて行く。これは清明お祖父ちゃんに出すものでは無いので、できあがったら白い丸皿にうず高く盛り付けた。フォークとスプーンを添えて。


「はい、ナポリタンお待たせしました。粉チーズはいりますか?」


「あ、欲しい」


 羽菜はクラフトの粉チーズも追って出した。


「どうぞ」


「ありがとう。いただきます」


 井上さんはほかほかと湯気を上げるナポリタンに、粉チーズをたっぷりと振った。チーズが好きなのだろうか。ちなみに清明お祖父ちゃんは粉チーズが好きでは無い。他のチーズはほとんどが食べられる。夜の晩酌で出すこともあった。羽菜が好きだからという理由で、頻度が高いのはクリームチーズとモッツァレラチーズ、カマンベールチーズである。


 井上さんは真っ赤に染まったナポリタンを、フォークとスプーンで器用に巻き上げ、口に入れた。もぐもぐと咀嚼して。


「うん、美味しい。ケチャップの酸味がええ感じでまろやかになってて、ちょっとスパイシーな感じもする。何入れてんの?」


「赤ワインとお砂糖とウスターソースを少々と、バターも仕上げに少し。ええコクも出るんですよ」


「なるほどなぁ、プロの技ってやつやな」


「いえいえ、そんな」


 羽菜は恐縮してしまう。特に習ったり修行したりしていない羽菜のお料理は、素人のもの同然である。お料理そのものは前から好きだったので、こうした軽食なら作ることができるが、お金を取るお店ではとてもでは無いが作れるとは思えない。


 ここは陰陽師のためのカフェでメニューは全て無料、要は大阪府持ちだ。それはこうして迷い込んできた人間にも適用される。その人も陰陽師の血を継いでいるのだから。


 それはもちろん竹林さんも知っている。いつも渋い顔をされるが、羽菜も清明お祖父ちゃんも支払ってもらう気は無い。


 ここにくるということは、その人は相当思い詰めているはずだ。そんな人にお茶やごはんを押し付けてお金を取るなんて、できるわけが無い。


 井上さんはもりもりとナポリタンを平らげていく。それを清明お祖父ちゃんが羨ましそうに見ていた。指をくわえていてもおかしく無い様な表情だ。


「お祖父ちゃんも食べる?」


「お、ええか?」


 朝も食べたお祖父ちゃんだが、霊体なのでその胃袋は無限大なのだ。もちろん太ったりなんてしない。羨ましい。


「え、お祖父ちゃん!?」


 井上さんは驚いた様で、ナポリタンが巻かれたカトラリーを持つその手が止まる。その目は見開かれたまま清明お祖父ちゃんを凝視していた。


「おう。わしはこう見えて、は、いや、65歳や。めっちゃ若く見えるんやけどな」


 若いころの姿になっているのだから、若く見えるのは当たり前で、65歳にはさすがに見えない。だが清明お祖父ちゃんはそう言い切るのである。


 以前、聞いたことがある。


「さすがにお祖父ちゃんて見た目や無いから、普通の人の前ではお兄さんとかって呼んだ方がええかなぁ」


 すると清明お祖父ちゃんはにやりと笑って。


「いや、祖父ちゃんでええ。見た目若いってことで、相手を驚かせられるやん? おもろいやん?」


 ここでもおじいちゃんのやんちゃっぷりが発揮されているのである。おもしろいかどうかはともかく。


 ちなみに、は、と言いかけたのは、多分没年齢の83歳と言いそうになったのだろう。


「はあぁ!?」


 井上さんは大きな声を上げた。それはびっくりするだろう。羽菜は心の中で井上さんに謝った。騙している気がしてならないのだ。その罪悪感はいつでも消えてくれない。羽菜は正直者なのである。


 なので以前、一般人が来たときに「お兄さん」と呼んだことがある。その時清明お祖父ちゃんはすっかりと拗ねてしまって、機嫌を直してもらうのが大変だったのだ。相談に来た陰陽師への影響も出かねない。なので清明お祖父ちゃんの言うとおりにしている。


「えええ……、ほんまかいな……」


 井上さんはそう呟いて、唖然としてしまう。羽菜はまた「ごめんなさい」と心の中で詫びる。清明お祖父ちゃんは心底楽しそうに口角を上げていた。

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