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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
2章 貴重な6年、無駄な6年
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第6話 幸せのかたち

 気付けば、井上(いのうえ)さんの酎ハイカルピスはすっかりと空になっていた。お話をしながら飲み干してしまったのだろう。氷が溶け掛けて、からんと小さな音を立てた。


「井上さん、お代わり飲まれます? 同じのにします? 別のもできますよ」


「同じのんちょうだい。グラスこのままでええから。いろんなお酒飲んだら悪酔いすんねん」


 確かに1度に数種類のお酒を入れると、嫌な酔い方をしてしまう人は多い。お酒飲み始めの若いころは調子に乗っていろいろと試しがちだが、それで痛い目を見てきたお友だちを、羽菜(はな)は何人も知っている。井上さんは羽菜よりも年上の立派な大人だ。わきまえているのだろう。


「かしこまりました」


 羽菜はグラスを受け取り、素早くお代わりを作った。


「ありがとう。話聞いてくれて、怒ってくれて、ほんまにありがとう」


 井上さんに優しく言われ、羽菜は迂闊にも泣きそうになってしまった。泣きたいのは井上さんだろうに。すっかりと感情移入してしまっている。ついぐすっと鼻をすすってしまった。


「おいおい羽菜、お前が泣いてどないすんねん」


「だってぇ〜」


 羽菜は浮かんできた雫を手の甲で拭う。井上さんは「あらまぁ」とたおやかに笑う。


「もう、ほんまに大丈夫やと思うんよ。うん、もしかしたらこの後ひとりになったら、がくんて来るかも知れん。でもな、私にはこうして話を聞いてくれる人もおる。これでも友だちかておるんよ。親に話したら、おかんあたりが怒鳴り込みそうな気がするけど」


 何と。井上さんのお母さまは気性の荒い人なのだろうか。それはそれで面白そうな気がするが。不謹慎な思考である。


 すると井上さんは自嘲気味に顔を歪めた。羽菜はどうしたのだろうと首を傾げる。


「私もな、不誠実やったかも知れん。好きでも何でも無かったのに、付き合いOKしたんやから。でも、これでも一応、大事にしとったつもりや。確かに仕事を優先はしたけど、毎週土曜日は先約が無かったら会っとったし、その先約もできる限り入れん様にしてた。それでもあかんのやったら、私はどうしたら良かったんやろうなぁ」


「最初はそんなもんやろ」


 清明(せいめい)お祖父ちゃんがぽつりと言う。


「一目惚れなんてのもあるやろうけど、互いに知ってって、思いを育んでいくもんや。現に井上も付き合っていくうちに大きくなっていったて言うてたやろ。特に昔は身分やらで結婚相手を決められたことかて多い。そんなん、最初から恋やら愛やらなんか無いやろ。でも一緒にいるうちに情が沸いて、夫婦としてやってけるんや。そんな成り立ちもあるんや。むしろその方が多いんとちゃうんか。告白して、実は両思いでした、なんて確率はそう高く無いやろうからな」


 清明お祖父ちゃんの言う昔は平安時代のことなので、市井の人たちはともかく貴族などは当人の思惑より家同士の繋がりを重要視しただろう。今の時代もそういう一面はあるだろうが、自由恋愛にしてもお見合いにしても、今出会いの大多数を担っているマッチングアプリでも、最初から思いがあることはそう無い。好きになれば相手に好きになってもらえる様に努力をし、相手のことを良いところも悪いところも知り、少しは妥協なんてものもして、そうして結ばれていくものだ。


「そうですよ。だって井上さんはちゃんとお相手さんを思う様になってはったんでしょ? それに、何を大事にするかも人それぞれで、お付き合いや結婚をするなら、お相手のそれを尊重できひん関係は、いずれは壊れてたんとちゃうかなって思います。お仕事を大事にしてはっても、お相手さんをないがしろにしてはったわけや無いんでしょ? 毎週土曜日はお相手さんのために空けてはったんでしょ? 充分やと思いますよ。要は、井上さんとお相手さん、双方の求めるもののバランスが取れんかったってことなんやと思います」


 浮気をしたことは100パーセント元彼氏さんが悪いが、お相手に何を求めるか、何を重視するか、それに関しては井上さんも元彼氏さんも悪くは無い。何が悪かったのかと問われれば、違いの擦り合わせができていなかったことだろう。


 元彼氏さんはもしかしたら、相手に立ててもらうことを望んでいたのかも知れない。だが井上さんは自分の足で立つことを選び取っていたのだ。


 それでも6年も続いたのだから、きっとお互いを大事にしてきたはずだ。元彼氏さんがした不貞行為は最低だが、それまではきっと元彼氏さんも心を砕いていたはずなのだ。決して擁護はできないが、それだけは評価しても良いのだと思う。


 清明お祖父ちゃんも羽菜のせりふに同感な様で、腕を組んでうんうんと頷いている。


「ありがとう。そう言ってもらえたら、心が軽くなるわ」


「それやったら良かったです。まだまだお若いですもん、出会いかてまだまだあります。もちろんお仕事に邁進してご結婚しはれへんでもええでしょうし、どちらにしてもご自分が納得できる道を進むのがいちばんですよ。結婚が女の幸せなんてナンセンスですよ。かっこええや無いですか。応援してます!」


 羽菜が力強く言うと、井上さんは目を丸くして、次には「ふふ」と笑顔になる。


「嬉しいわぁ。何や晴れ晴れした気分やわ。うん、吹っ切れた気がする。私が結婚に向いてるかどうかは分からんけど、少なくとも男に尽くすタイプや無いし、するんやったら相手選び相当気ぃ付けんとね。ほら、もうこの歳やから、結婚してる友だちも多いんよ。家事育児を旦那さんと協力できてる友だちってほんま少なくて、みんな大変な思いしてる。そんで、男は永遠に何でもやってくれる母親を求めるって結論が出たんやけどね」


「あはは。マザコンは勘弁ですよねぇ〜」


「思いやりの無い男は、最初っから用無しってことやな」


 清明お祖父ちゃんの辛辣とも言えるせりふに、羽菜も井上さんも笑い声を上げた。

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