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陰陽師はナポリタンがお好き  作者: 山いい奈
2章 貴重な6年、無駄な6年
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第5話 しょうもないプライド

 井上(いのうえ)さんのお話を聞いて、羽菜(はな)は一気に頭に血が上ってしまった。


「何やそれ、酷いや無いですか!」


 失礼だとは思いつつも、つい率直な思いが口に出てしまった。清明(せいめい)お祖父ちゃんも。


「ほんまや。男の風上にも置けへんで」


 口調こそ静かだが、そう言って憤慨している。


「酷いて思います?」


「そりゃあそうですよ! だって、えっと、社会人2年目でお付き合いを始めたってことは、そんとき23歳で、今が29歳。6年もお付き合いしてて、お互いのご両親にも紹介済みで、そんなん、そりゃご結婚かて意識するや無いですか。それを浮気されとったって。しかも子どもができる様なことまでして。信頼関係も何も無いや無いですか!」


 羽菜は感情のままにまくし立ててしまう。他人さまのことだというのに、頭には怒りが渦巻いた。


「気持ちはわかるけど、羽菜、落ち着かんかい」


「でもさぁ!」


 すると井上さんが「ふふ」と笑う。その顔には不思議なことに陰りは無い。


「店員さんがそんなに怒ってくれるから、何やすかっとしたわ。ありがとう」


「いえ、こちらこそ興奮してしもて」


 急に恥ずかしくなってしまい、羽菜は井上さんに頭を下げた。清明お祖父ちゃんがまた顔をしかめる。


「まぁ、しょうもない男やったっちゅうこっちゃな。人が好きやった男を悪く言うんは良う無いんやろうけど、遅かれ早かれ別れは来とったかも知れんな」


「むしろ、浮気する様な男やて、結婚する前に分かって良かったっちゅうか。何かね、私が仕事第一にしてたんがやっぱ不満やったみたいで。自分で言うんも何やけど、私、仕事に向いてると思うんよ。正直、男に尽くしたりするよりよっぽど楽しいし充実する。何やねん尽くすって。大人なんやから自分のことぐらい自分でやらんかい。て、話逸れたな」


 井上さんはまたおかしそうに笑った。


「さっきまでめっちゃ腹立っとったんよ。まだ昼やけど、今日はもうやけ食いとやけ酒で寝ようと思ってたし。でも話聞いてもろて、何や楽になったわ」


「話して、少しは気が済んだんやろ。しっかし話聞いとったら、多分やけど、その男にはそいつなりのプライドがあったんやろうなぁ。後輩の女子に手ぇ出すっちゅうんがほんまにお粗末や」


「プライド……」


 井上さんはふと思い至った様に目を細める。


「そうかも。私と元彼、同期入社やったでしょ。私、この前の春で主任になったんですよ。元彼は今も平社員。私は真剣に仕事して認めてもらえた結果やと思ってるけど、私が先に昇進して、プライドが傷付いたんかも」


「しょうもな」


 清明お祖父ちゃんは呆れた様な表情で、吐き捨てる様に言った。


 羽菜は自分が女性だから、男性の気持ちはあまり分からない。だが、恋人だったり奥さまだったりする人が、男性の自分より社会的地位が高くなったら、自尊心が傷付けられるなんて話は聞いたことがある。


 それをしょうもないと言えてしまうのは、羽菜が女性だからなのか。


 だがそれはつまり、女性を男性の自分より下に見ているということにならないだろうか。自分より劣っているはずの人が成功するから生じる感情なのでは無いかと。


 そう思うと、元彼氏さんは井上さんを心から大切に思っていたのでは無く、支配の様なものをしたかったのでは、なんて穿った見方をしてしまう。自分よりも能力が低いとみなした人を、思い通りにしようとしたのでは無いだろうか。


 そんなことを元彼氏さんに言えば「そんなことは無い」と否定されるだろう。それはそうだ。こういう感情は大抵、無意識下に潜んでいるものだ。


 その人にとってはその価値観が当たり前なので、それが女性蔑視に繋がっているとは思いもよらないのだろう。


 お相手を本当に慮っているのなら、年齢や性別関係無しに、その人の成果や成功を喜べるのでは無いかと思う。


 元彼氏さんは自分が最優先にされていないこと、そして自分より先に井上さんが昇進したことで、自己肯定感が下がってしまったのだろうか。


 勝手なものだ。結婚してもお仕事だと言って家庭を顧みない男性なんてごまんといるのに。それが女性だと責められる。しかもまだ結婚もしていないのに。


 そうなると、結局その元彼氏さんは、自分勝手なだけとしか言いようが無いのでは無いか。自分よりも格下と見なした後輩女性を手に掛けて、妊娠までさせたのだ。それこそ自分の自尊心を埋めるための行為なのでは無かろうか。


 羽菜は陰陽師の中では落ちこぼれだから、修行をしているときも、周りは自分より格段に能力がある人たちばかりだった。そんな中で羨ましいとか悔しいとか、そんな気持ちが無かったと言えば嘘になる。嫉妬だってあったかも知れない。


 だが、それで他人を巻き込んだり、貶めようなんてことを思ったりはしなかった。それはきっと、周りの人の恵まれたからだ。


 一緒に修行をした人たちや指導係は、決して羽菜を馬鹿にしなかった。自分たちの力の高さを自慢したりひけらかしたりする様なことも無かった。


 だから修行の成果が出なくても、投げ出さずに最後まで喰らいつけた。カフェの運営者というお役目を授けられた。


 元彼氏さんには、話を聞いたりしてくれる人はいなかったのだろうか。それを恋人であるはずの井上さんでは無く、後輩社員さんに求めたのだろうか。羽菜はなんともやるせない気持ちになってしまった。

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