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ガム  作者: アブ信者
1章
6/56

逃亡

「去るって……どういう……?」


 俺の言葉に対し、剣信さんは驚いたように、フォークを落とした。


「言葉の通りです。三人とは別に行動しようと思いまして」


「……何でだ?」


 フォークを拾い直すと、心底不思議そうな表情で訊かれた。


「その、魔王を討伐しに行くんですよね」


「まぁ、実際言われたとおり、戦える力だけのはあったみたいだしな。この世界基準でも相当強い部類みたいだし、スキル? とかいうのもあるみたいだから、戦うこと自体は出来るんじゃないかって思う」


「だとすれば、やっぱり俺は離れるべきです」


「……何でそうなったのかが分からないんだが……アレか? 結局職業みたいなのが分からなくて、戦う力が無いからって話か?」


「まぁ……端的に言えば」


「戦えないから戦いに付いて行くことができないって言いたいのなら、それは理解できるんだが……だけど、何でそこから別行動にまで飛躍したのかが分からないんだよ。戦えないなら戦えないでいいんじゃないのか?」


「よくないな……と思って。これからどれだけ時間がかかるのかも分かりませんけど、だけど、これからその旅が長引くかもしれないって考えると、使えない置物がくっついていくのは……」


「使えないって……」


「長旅もそうですけど、倒したところで本当に帰れるかどうかも分からない現状、自分の身すら自分で護れない奴が足を引っ張ったら、そこで溜まりに溜まったストレスが爆発するんじゃないかなって……」


「…………」


「それが原因で大怪我でもさせようものならそれこそ、取り返しがつかないっていうか──そういう意味でも、下手な錘は持つべきじゃないと思って」


 俺が告げたこと、決めたことというのはつまり、そういうことだった。


 確かに俺としては、この三人と行動を共にできたほうがいいのだろう。同じ境遇の人間なのだし、一緒に居られた方がいいというのはその通りだ。このまま行動を共にして、彼らが魔王を斃す場面に立ち会い、日本へと帰りたいとは思う。だが、それが彼らに余計な苦労としてのしかかるのなら、それは絶対に避けるべきだろう。


 俺は既に一人巻き込んでいるのだ──多分でしかないけど、聞いたところで本人はそれを否定するのだろうけど。


 これ以上巻き込めば、流石に心が死んでしまう。


「言い分としては納得できる部分もあるんだよな……確かに今言った事は間違ってないんだろうな」


「せ、先輩? 噓ですよね……?」


「いや、違うぞ。そういう可能性は十分考えられるっていう──まぁ、理屈としては間違ってないってだけの話だ」


 信じられないような顔をして顔を横に向けた聖琥さんに対し、剣信さんは弁明した。


「…………」


「間違ってないが……だとして、一人で行動するとして、どうするつもりでいるんだ? それもこんな場所で。日本じゃないんだぞ?」


「それは分かってます。でも、日本じゃないからこそのやりようもあると思いますし……」


「それでもなぁ──」


「逆に、なんでそんなに引き留めてくれるんですか?」


「え?」


「だって、俺がいる所為で進むのが遅れたら、その分だけ向こうに帰るのが遅れるじゃないですか。だとしたら──」


 だとしたら置いていったほうがいいのではないか──そう言いかけて、流石に思いとどまって、俺は口を噤んだ。


 そんな俺に、剣信さんは迷うことなく、


「当たり前だろ、俺は大人なんだから」


 そう言った。


「大人……」


「あぁ。俺なんかもまだまだ若いつもりではいるんだけどな。だけど、江崎とか、それ以外の後輩とか、新卒で入って来るやつとか見てると、やっぱり思うんだよ。俺はこいつらを守る立場にいる、大人なんだなって」


 聖琥さんに視線を向けたりしながら、俺の目を真っ直ぐと見据えてそう言った。


「大学出てる奴ら見てさえそう思うんだから、やっぱり君らみたいなのはまだまだ子供、子供も子供なんだよ。それがこんな場所で単独で行動するって言い始めて、はいそうですかで見送れるわけないだろ?」


「…………」


「言いたいことは分かる。君が優しい子だってのも分かった。だけどやっぱり、その判断を尊重してやることはできないかな、大人として」


「そう……ですか」


 頷くしかなかった。


 その後、似たような事を聖琥さんに言われ、真帆ちゃんからも引き止められ、食事を済ませた。こんな中世感を漂わせる場所ではあれど、やはり王城ともなればそれなりに設備は整っていることなのだろう、風呂なんかもきちんと用意されていて、しかし毎日入るような文化というのは無いらしく、これは聖琥さんが言っていたのだが、気候の問題ではないかとのこと。


 確かに言われてみれば、夏の割にはカラッとした風が吹いていて、日本のジメジメとした空気とはまた少し違っていた──いや、夏かどうかも、向こうが夏だったから多分こっちも夏なのだろうというくらいの話でしかないのだが、こうした気候の場所では風呂に入る必要性が薄れる……のだとか。


 それもコストが高ければ、自ずとそうなるのだろう。


 それはいいとして、取り敢えず、俺達は風呂にも入り、そして眠りにつく時間になって──


「すみません……」


 ──俺は城から逃げ出すことにした。


 逃げ出すことにしたとは言っても、実際にはそんな一行で片付けられるようなことではなくて、もっと大変なことではあったのだけれど……。


 皆が就寝した後、俺はあらかじめボールペンで書いておいた書置きをテーブルの上に残し、それから音を立てないようにして部屋を後にし、柱だとか壁だとかに隠れながら、見回りの人間の目を盗んで進んで行って、そこで表口がかなり厳重に固められているという当たり前の事実に気が付き、どうしたものかと悩んだ末、使用人たちが運んでいた荷物に紛れて裏口から脱走することを選んだのだ。


 何故逃げたのかと言えば、どうしようもなくなったから──正攻法では無理だと、あの時の三人を見てどこか確信したからだった。


 アレはダメだ、ただの偶然で出会っただけの相手に対して、あの人たちは優しすぎだ。こんな状況だからこそなのかもしれないけど、こんな状況でさえ人の心配をできる人達だ。俺はその迷惑になりたくない、余計な世話をさせたくない、要らぬ重しを括りつけたくはない。


 俺は多分、どこか期待していたのだ。俺が使えそうもないことはなんとなく察しがついていただろうし、そのうえでああやって言えば、彼らは俺を置いて行ってくれるんじゃないかって、何なら、厄介払いが出来たと、喜んで追い払てくれるんじゃないかって──俺は彼らに悪者にでもなってほしかったのだろうか。


 それは分からない。


 だけど、察しなんてついていたけど、あの人たちはそういう人間性なんてしていなかった。


 こんなバカげた、自分のことを第一に考えて行動すべきであるはずのこんな状況下でさえ、他人を、俺の事を慮った。


 それでなんとなく分かってしまったのだ。


 聖琥さんが剣信さんに対して「無理をすれば行けそうだと判断した時、その躊躇をしないだろう」というようなことを言っていたことと照らし合わせて、俺はなんとなく嫌な予想が出来てしまったのだ。


 あの人が死ぬとしたら、それはきっと俺の所為だろう──と。


 自惚れすぎかもしれないが、戦えもしなければ自分の身さえ護れないような人間が付いて行って、そこで俺に何かしら命の危機が迫って、あの人は恐らく、その躊躇をしない。


 無理だ。


 俺は自分の所為で人が死ぬことを少しでも予想して、それで逃げ出したのだ。自分の選択で他人に取り返しのつかない不幸を被らせることを恐れて、それが自分の責任になることを恐れて、自分が悪者になることを恐れて、あの話をしたのだ。


 自分はここで別れて別行動をすると。勿論、魔王を斃さなくても帰る手段が見つかれば是非帰りたいと思うし、その時は自分も呼んで欲しいなんて、どうやって呼ぶのかさえ考えもせず置手紙にはそう書いてきたけど、もし魔王を斃さなければいけないのだとして、斃すなんて言うとたったの二文字だけど、それがそう簡単な事でないことくらいは、容易に想像が付くというもの。


 その時俺は、そこにはいられないのだろう。


 いたとして、それで本来帰ることができたはずの人が帰れなくなったら──俺は。


 だから逃げた。死ぬ気で逃げた。この先の事なんて何も考えてはいない、そんな状態で逃げた。


 逃げている途中で後悔しかけて、今からでも戻るべきかなんて考えて、だけどもう一度選んだことだからと、優柔不断になるのをやめて走った。ここから先、その一瞬の迷いが命取りになることだって、あるかもしれないのだから。


 そうして走って走って走って走って走って走って走って走って、朝日が昇り始めた頃、俺は森だか山だかの入り口付近、そこに生えていた低木の中に身を隠すようにして倒れ込み、眠りについたのだった。

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