話し合い
テーブルに集まり、四人が腰かけたところで、
「じゃあ、まずは……俺からがいいか。俺は森長 剣信──」
と、ケンシンさん改め剣信さんは名刺を取り出しながら名乗った。
彼は俺でも名前を聞いたことのある日本のお菓子メーカーの、何かよくわからないが、とある企画の開発チームで、まとめ役のようなポジションを任されているらしい。
それに続けて名刺を取り出したのはその後輩の江崎 聖琥さん──同じ大学から同じ企業に就職した二つ下の後輩らしく、剣信さんと同じチームで仕事をしているとのこと。彼女曰く、今日あの道にいたのは、外回りの仕事の帰りに寄り道をしていたからなのだという。
俺も俺で三人に向かって名乗ると、何か名前の分かるものをと思い、鞄の中にあったノートにその名前を書き込んだ。なかなか見かけない珍しい名前だと言われたが、一応俺も同じような事を思って調べたのだ──もしこれがキラキラネームとかいう人生の暗くなりそうな名前だったらどうしようと不安を覚えて。
その時に一応、この名前が珍しいだけで問題のある名前でないことは確認済みである。
今度はそのペンをマホちゃんに渡すと、ここにきてようやく緊張だとかも解けたようで、彼女は割とすらすら名乗った。
明治 真帆──俺が自分の名前を書いたすぐ横に、彼女はペンを走らせた。
俺は渡されたペンをテーブルの上に置くと、取り敢えず黙った。この状況だと話を進めるのは剣信さんがいいだろうと考えたからだ。一番年上らしいし、普段人を纏めるようなポジションにいる人なら──と、俺は大人の判断というものを、大人の選択というものを、こんな状況だということも無関係に頼ろうとした。
「それで──」
と、全員からの視線が向けられていたからだろう、剣信さんは再びを口を開き、今後どうしていくべきかを話し合うことにした。とは言っても、選択肢など初めから二つに一つで、自分は帰りたいからそのための方策を探すことにすると、そう言った。
「けど、さっき職業とやらがあれば力とか技は自然と身に付くって言ってたから、俺は明日にでも頼み込んでその力っていうのがどのくらいのものなのか、どれくらいの相手になら通用するのか、それを探ってみることにするよ」
かなり現実的な線を行く答えであった。向こうは「特別で格別に強力なものが授けられる~」とかなんとか言っていたが、それがどのくらいの強さを想定しているのかなど分かりはしないのだ──ガムがその特別で格別に強力の中に含まれていないのはなんとなく想像が付くが。
だからこそ、その言葉を鵜呑みにせず、どういうものなのかを確かめようという意見には、俺以外の全員が賛成した。聖琥さんや真帆ちゃんも魔法などの使い方など一切知らないと言うし、それが使えるという実感さえ湧かないから、その使い方を教えてもらうことにすると言っていた。
俺は別に賛成したくなかったわけではないのだが、賛成のしようが無いと思ったのだ。
だって、ガムだぜ?
戦うのに向いているいないとかいう問題ではなく、人間が職業として認識しているものの中にガムの二文字はない。
そんな風に俯き始めた俺の向かい側で、剣信さんと聖琥さんは話し始めた。
「なら先輩、もし戦えたとして、そのまま行くんですか?」
「向こうが言うには、そうしないと帰れないって話だしな……」
「……死んじゃうかもしれないんですよ? それだったら……」
「それは分かってるし、無理をするつもりはないけどな──」
「でも先輩、無理したら行けそうだって思ったら無理するじゃないですか、躊躇なく。仕事中ですらそうなんですし、元の場所に戻れるってなった時、先輩、ちゃんと躊躇できますか?」
「……約束はできない。約束はできないが、でも俺だって命は惜しいんだから、自分から死にに行くような真似はしない」
「……そうですか」
心配するような口調で、聖琥さんは一度退いた。もともと同じ大学だったころからの知り合いだと言っていたし、仲はいいのだろう。それも同じ職場での仲間だとすれば尚更──
仲間。
俺はふと気になったことがあり、会話も終わったのだからと、口を開いた。
「あの、さっき仲間達と話し合いがしたいって言ってましたけど、何で仲間達って言ったんですか?……いやまぁ、同じ境遇の仲間ではあるんですけど」
「ん? あぁ、アレね。ああ言っておけば、向こうもこっちに対して手出ししづらくなるんじゃないかなって思って」
剣信さんは声を少し落として言う。ドア越しにでも聞かれるべきではないと思ったのだろうか。
「手出し……ですか?」
「まぁ、言うのであれば、この四人の中で扱いに差をつけられたりだとか、そうやって分断されるのを防げるんじゃないかなって思ってな。四人とも制服とスーツで似たような格好をしてるし、髪色も近しい。その上で明確に仲間だって言えば、向こうはこちらに強固な繋がりなんかがあると判断せざるを得ない……だろ?」
「あー……でも、何でです? 差をつける意味ってなんかあるんですか?」
「向こうが何を考えてるのかはよく分からないが、俺達が何の関わり合いもない人間同士の場合、差をつけて分断して結束を防ぐほうが効率的なんだよ。明確に冷遇される人間を用意して見せしめにすることで、自分はこうなるまいと思わせて一生懸命に、従順に働かせることができるからな。だから、誰がとかは分からないけど、誰もそうさせないために仲間だと言い切る必要があった。これから協力を求めようと言うのに、その仲間を冷遇することはできないだろ? 一人に何かをすれば、その時点で全員を敵に回すことになるんだから」
あの状況下でそこまで考えて判断を下し、それで自分だけではなく全員の身を守ったというのだから、俺はそれを聞いて目を剥いた。俺は自分の身すら守れていなかったのだ。
「たとえ君達が戦わないと言っても、それで向こうが何かをしてくる可能性は抑えられる。保証はできないけどな?」
「でも実際、こっちが戦いたくないって言ったらどうするつもりなんでしょう……」
「また呼ぶんじゃないのか? 召喚の儀とか言ってたし」
「私達みたいな人間が増えるって事……ですよね」
「まぁ、必ずしも日本人が連れてこられる訳じゃないんだろうが──でも、そう考えるとまたアレだな」
「……?」
「ここで俺達全員が断ったとして、次にまた何人か呼び出して、その人達がその仕事を受けるってなった時、俺達に対してどう当たってくるのか……あんまり考えたくはないけど、容易に想像がつくんだよな」
「…………ですね。社員をクビにするのとではまた違いそうですし」
文字通り、首にされるという事なのだろう──首だけに、されてしまうのだろう。用が済んだというか、必要がなくなった人間が辿る末路など目に見えている。
それも俺はともかくとしても、他の三人は強力な力を持っている事が確定しているわけで、そんな人間が自分達の側につくこともなくそこら辺をうろうろしていることを、果たして彼らは見過ごすのだろうか。
そう問われれば、流石に俺でも理解できる。
どうして自分の脅威になり得る存在を放置できようか。
「だから一応、あそこでは話し合うって言ったし、明日以降自分の力がどんなもんか確認するとも言ったけど、答えとしては──決まってるんだよな」
「受ける……ですか」
「まぁな。そうしないとどうにもならないっていうかさ、俺としてはさっさと帰らなきゃいけない訳だし。こんなとこで骨埋める気もないしな」
「それはそうですけど……帰れるんですかね、ホントに」
「分からないんだよな。過去にそういう話があったっていうのも結局、そういう話でしかないからな。同じ事が起こってるわけじゃない以上、向こうの言い分も信じることはできないし、もしその魔王とやらを斃して尚帰れなかったら……ってのは、あんまり考えたくもないけど」
そこで剣信さんは何かに気が付いたような顔をして、訝しむような表情に。
「やっぱりその歴史みたいなものだって信用は出来ないな。当時の仲間の証言によればとか言ってたけど、それもやっぱり疑わしい」
「何でですか?」
「いや、こんなの証明のしようのない話ではあるんだけど、もしその当時の仲間って言うのが、魔王を斃したその手柄を自分のものにしようとして、それでそういう風に話や状況を整えたのだとすれば──なんて、三百年も昔の話らしいし、どうとでも言えるんだけどな」
剣信さんはそう言って、こめかみのあたりを抑え始めた。
陰謀だとか策略だとか、そう言うものだと考えることもできる──一度そういう可能性が浮かび上がり始めれば、寧ろその可能性の方が、考えとしては自然だった。
「会社でさえ日々そんな蹴落としあいの繰り返しなんだ。あんな雰囲気の人間達がそれをしないとは思えない」
「考え過ぎ……とも言えませんね。元より信用など出来ませんけど、君達も、向こうの人間が接触してきても付いて行っちゃだめだよ」
聖琥さんがその話を踏まえて言う。知らない人に付いて行ってはダメだと、自身の子供に注意するようであった。
無論そんなつもりもなかったが、俺は改めて気を引き締めた。
こちらを懐柔し、崩しにかかり、向こうの意のままに操ろうとしてくる可能性が無いわけではないというその主張は、精神が未だ未熟な俺や真帆ちゃんこそ気を付けなくてはならないものとして受け入れられた。
こんな場所に自分達を拉致してきてる時点で、次に何をしてきてもおかしくない。
四人は改めてその認識を固める。
そうして話が終わると、そのまた少し後になって、部屋のドアが数度叩かれた。夕食が出来たから、という話で、それまで色々と話をしていた俺達としてはそれにも警戒をしなくてはならなくなったのだが、流石に腹は減るということで、部屋に運び込んでもらった。
こちらが警戒していることは伝わったのだろう、全員分の食事を毒見することでその警戒を解いてみせた。いや、完全に解けたりはしなかったのだけれど、流石に食べなければ何もできないのだからと、そこではそれを、無害なものとして受け入れることにした。
そうして覚悟を決めてまで食べたその食事は、見た目ばかりで大して美味しくもなかったのだが、少なくとも、腹の足しにはなってくれた。そして、帰りたいと帰郷を願う俺の気持ちを、より強めてくれるものではあった。
そしてその日は眠りにつき、翌日、誰一人欠けることなく朝を迎えた。