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ガム  作者: アブ信者
1章
3/56

ガム

「ガム?」


 俺は繰り返した。


「ガム?」


 セイコさんが振り返って言った。


「ガムって言ったな」


 ケンシンさんがそれに同意するように言った。


「ガム……」


 繋がれた手の先から、マホちゃんの声を初めて聞いた。


「ガムだ」


 顔を見せた白装束から、再度告げられた。


 ガム。


 それが何なのか、俺は、そしてその他三人は知っている。しかし、それ以外の人間は多分知らない。


 その証拠に、周囲にいた人間の反応はざわざわとしながらも、先程『聖女』と告げられた時のような「すげーっ」という感じのざわめきではなく、どちらかと言えば俺達がここに来て早々に見せていた呆然からのざわめきと言う方が近いように感じる。


 騒然とするというか、それはやはりガムという言葉の意味が分からなかったからなのだと思う。


 だって俺もそう思うし。


 何、職業が『ガム』って。


 ここまで順調に『剣聖』『聖女』『大魔法使い』ときて『ガム』ってなんだ。俺のような人間は道端に吐き捨てられたガムと同じだと、こいつらの言う神とやらからそう言われているのか。


 ふざけるなとか、もう少しちゃんと説明しろとか、何がどうガムなんだとか、もうこの場が冗談なのはよくわかったから早く家に返せとか、お前ら全員ぶっ殺してやろうかとか、あれこれ言いたいことはあったが、俺は言葉が出て来ず、それらを一度飲み込んだ。


 ガムは飲み込めないけど。


「あの、ガムって……? それはどういう職業なんです……?」


 そこでふと、俺はもしかしたらこの場所におけるガムの意味は俺の知っているガムとは違うのではないかと、周囲の反応を見ればそれが絶望的だということは承知の上で尋ねた──当然、ここで新たに知らない概念の説明などされても、俺はもう既にそれを受け入れる余裕もないくらいにはお腹いっぱいなのだが。


 ガムでお腹は満たせないけど。


「ガムというのは聞いたことが無い。お前達、何か知っておる者はおらんのか?」


 そんな俺の藁にもすがるような思いでした質問に、白装束はフードをかぶり直しながら答え、後ろにいた恐らくは部下連中にそう尋ねた──当然誰もそれには答えられず、しかし神によって与えられた職業だと考えている人間がそれを否定することはなく、分からないとは言っても、何か特別なこれまでにない力の持ち主なのだろう、といい感じに締められてしまった。


 職業の欄が『ガム』の時点でもう既に絶望的なのだが、そんなことはお構いなしに話は進む。


 俺が絶望的だと感じた理由さえよく分からなかったのだが、そんな風に頭の中であれこれ考えているうちに、話の主導は再び先程の──王様の横で大声を張り上げている人へと移った。アレは秘書──こういう場では確か宰相と言うのか、そう言う立場の人物なのかもしれない。


「職業がハッキリしたところで、早速諸君らには明日より──」


 と、そこまで言ったところで、ケンシンさんが手を上げ、割り込んだ。


「すみません、その魔王がどうという話なんですが、我々に拒否権はあるのでしょうか」


「……ふむ、して、訳を聞いても?」


 俺は拒否権があったらもう少し人道的にここまで連れてきているはずで、連れて来る前に許可を取っていない時点で拒否権など与えるつもりもないのではないかと思っていたのだが、暫定宰相はそう尋ねられた理由を求めた。


 もしかして拒否権があるのだろうか──要求すれば帰してもらえるのだろうか。


 そんな、淡い希望。


「私共はこれまで戦いに身を投じるような生活をしてきてはいません。それをいきなり侵略を止めるために戦えと言われましても……」


「うむ。それは尤もであるが、心配はない」


「えっと……?」


「諸君らに先程知らせた職業──これは神がその者に絶大なる力と技をも与えるものであるのだ。戦い方を知らずとも、その身体は自然と動く」


「は、はぁ……」


 理屈になっていない様な気がしたが、神を出されては道理も引っ込めるしかないのだろう。少なくとも先程までの流れで、この場所には魔法があるのだということは、信じきれないながらも何となく理解できていたし、あそこまで断言されてしまえば、そうですかと頷くほかない。


「……ですが、やはりこちらにも生活があると言いますか、異界と言われていたことから察しますに別の世界だと思うんですよ。勿論、戦争が起こっているというのは問題なのかもしれませんが、それはこの世界の住人じゃない我々には関係がありませんし、出来る事なら元の場所に返してもらいたいんです……が、それは可能なんでしょうか」


 だがケンシンさんもそこで退いて終わりではどうしようもないと、先程の質問の時点ではその裏に隠して濁していたものを明確にし、「ここから帰せ」という旨を伝えた。


 てっきり怒られるのでは思ったが、向こうも向こうでそういう事情は分かったうえで俺達をここに呼んだのだろう、深刻そうな表情のまま、「それは無理なのだ」と落ち着いた口調でそう答えた。


「無理……?」


「我々はこの危機に対し、かつて行われたと伝聞の残る召喚の儀を執り行った──しかし、ここまでしかできないのだ」


「……それはつまり、呼び出すことは出来ても帰すことが出来ない──と?」


「そんな無責任な……っ!」


 ケンシンさんとセイコさんが震える声で確認した。


 俺も反応しかけたが、物騒な単語しか出てこなさそうだったので黙った。


「いや、帰る方法が無いという話ではない。かつて──とは言っても三百年も昔の話にはなるのだが、その当時にも似たようなことがあり、それに際して召喚の儀を執り行ったらしい──そして、そこでこの地にやってきた四人の英雄が、当時の魔王を征伐したと記述されている。そしてその四人は、当時の仲間達の証言によれば、魔王を討つと共にどこかへと消え去ったのだという。あらゆる考証の結果、我々は魔王の持つ魔力を解放することで、彼らは元の世界へと帰還したのではないか──と結論付けている」


 そう説明したのは、白装束であった。儀式というくらいなのだし、宗教関係者にその歴史というものが伝わっているのだろう。


「四人の……英雄ですか」


 ケンシンさんがそう呟き、白装束の方へと目線を向ける。


 四人。


 今ここにいる人数と同じだ──職業欄が『ガム』になっている人間を英雄には数えられないだろうという俺の考えは置いておくとしても。


「ということは、ここに来た時点で、帰りたければ魔王を討て、と? それはいくら何でも……! 斃せば帰ることが出来るという確証もないというのに……!?」


「分かっている。だからもし、魔王を斃しても帰ることができなかった場合は、この国の庇護の下、その生涯を何不自由なく暮らせるように保障するつもりでいる」


「我々は元の場所に帰りたいのであって……!」


「……それに関しては済まないと思っている。しかし、こちらにはもうこれくらいしか手が無いのだ。納得してくれとは言わぬ、許してくれとも言わぬ──だが、理解してくれないだろうか」


 宰相は静かに、声を荒らげることなく、そう言った。


「…………」


 場には重苦しい空気が漂っていた。自分がガムだと言われたことがどうでもよく──はならないけど、それを一瞬忘れかけるくらいには。


「…………なら」


 と、そんな沈黙を破るようにして、ケンシンさんは口を開いた。


「仲間達と話し合いをさせてください。ここに呼ばれた以上、帰りたければ魔王を斃せというそちらの言い分はよく分かりました。ですが、戦いたくないという人間にまでそれを強制することはないはずです。なのでそれを引き受けるか否かは、我々の内で話し合って決めさせてもらいたいんです」


 何をもって仲間たちと言ったのかはよく分からなかったが、ここからどうするにしろ、話し合いの場を設けて欲しいというその願いは聞き入れられたらしく、宰相は心得たと言って、部屋に案内させるようにと人を寄越した。


 俺達はその人に連れられ、その広い空間を出て、しばらくは無言のまま長い廊下を歩いて行き、その廊下の奥にあった一室に案内されると、これまた広い部屋の中に這入っていった。


 宿泊施設のような場所なのか、テーブルに椅子にベッドにと、家具が一式取り揃えられているようであった。ここまで案内してくれた人は一度部屋を後にするらしく、何か困ったことや聞きたいことがあれば呼んでくれと言って、小さい箱のようなものをケンシンさんに手渡した。近年は置かないところも増えてきたが、それはファミレスなんかでよく見られた呼び鈴に近しいもので、ボタンを押せば、魔力とやらがどうのこうので押されたことが分かるらしいのだ。


 魔力がどうのこうのの部分は、言われても、説明されても、よく分からなかったというだけだ。そんな訳の分からないことが平然と理論として説明されているこの場所は、やはり俺が知っている場所ではないのだろうということを感じさせるものであった。


 それを言い始めればそもそも初めからそうであったし、廊下を歩いてくる道中でだって、窓から見えた光景が明らかに世界史の教科書で見た中世ヨーロッパの商業都市のそれで、少なくともそこが日本でないことは分かり切っていたのだが、あらゆる面からそれを俺に感じさせるものではあったのだ。


 魔法。それがこの世界には存在しているということになる。


 年頃の男子──つまりは俺ならここで両手を振り上げて「魔法キター!」とでも叫んでおくべきなのだろうが、そうはしなかった。そんなことができる雰囲気ではなかったということもそうだが、俺が魔法とは縁のなさそうなガムであることもそうなのだが、いざ実際当事者の立場に立たされてみると、こういう謎の世界に吹っ飛んでそこで何かをさせられるというのがこんなにも恐ろしいことだとは思っていなかった。


 やはり当事者になることと言うのは大事なことなのだろう。その問題への理解度が一気に深まるというか、こういう時に感じられる感情が果たしてどういうものであるのがかよく分かる。ハッキリ言って分かりたくなかったと思えるくらいには、分かってしまったのである。


「それで──」


 と、ケンシンさんは切り出す。四人だけになった部屋の中で、重苦しい雰囲気の中で、重い口を開いた。


「えっと、まずは自己紹介と行こうか」


 そう言われて、俺達は自己紹介に入ったのだった。

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