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ガム  作者: アブ信者
1章
17/56

お頭

 ここにいて突然ナイフを投げてきたあたり、囚われてここにいるとかいうわけでもなさそうだが、俺はどちらにしろ拍子抜けさせられた。下っ端がいかつさやむささとは無縁な美形揃いであったこともそうだが、つくづく俺の予想していたものとは別のモノを出してくるのだ。


「どうやって連中を片付けたのかは知らないが……いいね、面白い。見た目も珍しいし、気にいった」


 先程のは小手調べのような所見殺しの一撃でしかなかったのだろう、彼女はテーブルの上に腰かけると、妖艶な瞳でこちらを見た。


 値踏みするように、俺を見定めた。


「気に入るも気に入らないも気にならないけど…………ここのリーダー?」


「そう。私がここ──チーム・メアの頭やってる……まぁ、キャンディ様とでも覚えておけや」


「甘そうな名前なのな」


「はっ! 悪辣苛烈のこの私を前にそんなことを言えたのは、お前が初めてだよ」


 この世界にはキャンディは無いのだろうか──飴と言えば通じるのかもしれなかったが、別にそこは重要な事でもなく、俺はわざわざ確認したりもしなかった。


「さて。私は名乗った。次はお前の名前を聞かせてもらおうか──黒髪の少年」


「……カムイ」


「ほぅ、カムイ──か。どういう意味かは分からないが、まぁいい名前なんだろうな。親には感謝しておくといい」


「期待込められ過ぎで重いけど、感謝はしてる──それで、訊きたいことがあるんだけど」


「訊きたいことか。いいだろう、年齢以外なら答えてやる。言ってみろよ」


 足を組みなおすと、少し怪訝な顔をして、彼女は俺の質問が何かを問うた。


「お前の部下はお前が支配してるやつらなのか? そう聞いて来たんだけど」


「……なるほど。まぁそうだな。私のスキルで支配した私の命令には絶対順守の傀儡だよ。元の人格を維持したまま、私の命令にだけ逆らえないようにする──そうやって作り出した。それが何か?」


「お前を斃せばそれも解除されるって聞いたんだけど、それも本当か?」


「まぁそうだろうな。解除してやるか、私が死ぬか──二つに一つだが、そうなるな。まさか、私を斃せるつもりで言ってるのか?」


「そうしないと解除されないって言うなら、そうするしかないでしょ。それか、頼めば解除してくれるのか?」


「いや──しないね。手駒失うような真似するわけないだろ?」


 それはそうだ。


「にしても、変な奴だな。大方あそこの村の連中から頼まれたんだろうが、お前、たまたまこの辺に来ただけの無関係な人間ってやつだろ?」


「……そうだけど」


「だったら何でここまで来たんだ? 関係もない、どーでもいいような奴らの為に、通りすがりのお前に縋りつくような弱者共の為に、何でお前が危険を冒すんだ?」


「…………」


「考えてもみなかったのかよ。実は私とあの村長が裏で繋がってて、旅人を差し出すことで村には手出しをさせないっつうような同盟を結んでたとしたら──お前は助けようとした相手に、手を差し伸べた相手に騙されて、こんな森の奥まで私に支配されに来たことになるんだぜぇ?」


「……!?」


「はっ。そんな可能性にさえ行きつかずにここまでノコノコやってきたのかよ。いいね、やっぱり気に入った──あぁ、今の話はもちろん噓──かもしれないし、本当の話かもしれないが、今私がでっち上げた噓ではある。……まぁでもお前にはもうそれを確かめる術もないんだから、どうでもいいのか?」


「どっちなんだよ……!」


「どっちでもいいだろ。どっちだったにしろ、馬鹿がカス共に手を貸して危険を冒した結果、お前はここで私に負けて犯されるんだよ」


「は? 犯……す?」


「あぁ。好きなんだよな。女の私に完膚なきまでに叩きのめされたみっともない野郎を無理矢理犯して屈服させるのが。身動きも取れず、殺されるかもしれない恐怖で泣き叫ぶのが。アイツら全員、始めは私に負けるとは思ってなかったんだよなぁ──でも、だからこそいいんだよ。お前も分かるだろ?」


「わ、分かるわけないだろうが……異常者……!」


「異常者──か。けど、男だってそうだろ? 弱い女を、無抵抗な女を、上から力で押さえつけて犯すのは好きじゃねぇかよ──まぁ確かに? 女の私がそういう思考で動いてるのは、ある意味異常なのかもしれないけどなぁ?」


「なぁ? じゃねぇよ。俺は少なくともそんな経験はないし、するつもりもない」


「そうか。なら今日知れ──私を通じて知れ。人間はそういう生き物だって、泣き叫びながら知れ」


 その瞬間、彼女はその場からノーモーションの内に跳ね上がり、部屋の天井を蹴ることで勢いをつけて突進してきた。俺はそれに反応することもできず、そこから放たれた蹴りを喰らうと、そのまま壁に叩きつけられた。


「……? ここまで来た割には随分と手応えがないな。ま、何でもいいが、精々死んでくれるなよ? 死姦は趣味じゃねぇ──っていうか、男の側が死んじまうとどうしようもなくなっちまうしな」


「──かはっ……」


 と、俺は吐血したが、しかしそこまでのダメージはなかった。これは強がりでも何でもなく、俺の体が柔らかくなっているからなのだろう。柔らかくなっているとは言っても、それは腕だとか指だとかがよく曲がるようになったという意味での柔らかくなったではなく、受けた衝撃を受け流せるようになったと言う意味での柔らかいだ。


「こんなんで終わんなよ──なッ!」


 あまり広いとは言えない室内を縦横無尽に飛び回る彼女からの攻撃は一層激しさを増していき、俺がそれでも死んでいない理由があるとすれば、それは向こうがひたすら刃物などを用いない肉弾戦を好んでいるからだろう。俺が全身をくねらせて回避しているからというのもあるにはあるが、全てを避け切ることなど当然出来もせず何度も被弾しているのだから、それが刃物であれば死んでいたかもしれないのだ。


「避けるだけかぁ?」


「そうだ……って言ったら……?」


「それじゃぁここまでは来れねぇだろうがよ。何かあんだろ? あいつらを片付けられるだけの手札がよ」


 あるにはあるし、今の俺にはそれしかないとも言えるのだが、この場では使えない──使っても決まらない。相手が油断している分にはガムを張り付けての攻撃もそれなりの意味を持つのかもしれないが、こうまで俊敏に動き回られると狙いが定まらない上、もし外せば俺が壁に叩きつけられるどころか、無意味に手の内を明かすことにもなってしまう。


 だから機会が来るまで俺はそれを見せることができない──が、もしこのままずっとこの感じなのであれば、どう考えても俺には分が無い。そもそも武が無いのだからその結果も見通せてはいたが、ここまで隙の無い動き──人間離れした動きができるとも思ってはいなかった。


 ほぼ跳弾なのだ。スーパーボールを思いっきり叩きつけた時に弾け飛んでいくような、そういう動きで翻弄してくる。俺が試しに鉈を振り回してみても、斬れるのは残像のみ。ならばとバントの如く構えてみても、それをすり抜けるかのようにして攻撃が飛んで来る。


 すり抜けている──というわけではなさそうだが、しかしそれに限りなく近いことをされている。


「お前──私の支配に関してのこと聞いて、まさか私がそれしかできないとでも思ったか?」


「っ……?」


「私は過程を──結果を導き出すための経緯を無かったことにできるスキルの保持者だ。だから移動の過程を消し飛ばせるし、攻撃も邪魔されることなく相手に叩き込める」


「過程を……?」


 そんなことがあっていいのか。


 だとすれば、今まで構えた刃物を無視して攻撃してきていたのは──例えば俺から刃物を取り上げた上で改めて攻撃するという行動を彼女が取っていたとして、その刃物を取り上げるという過程を無視したからのモノだった──と?


 チートだ。


 だが、そうだとして、一つ疑問に思った。


「だったら、俺とわざわざこうして戦う意味ないだろ。それも飛ばせるんだろ?」


「どうだろうな。飛ばしたことはないし、飛ばせたとしても飛ばさない」


「…………何で」


「はっ。そこが一番楽しいのに、そんな大事なとこ飛ばす訳が無いだろ。戦いは、勝ったという結果が楽しいんじゃない。こうやって嬲る過程が一番楽しいんだ──よぉッ!」


 目の前にいた姿が消えると同時、脇腹に足が突き刺さった。


 能力は使っても、勝利そのものを一瞬で手にするつもりはない──ということか。


 俺のような人間からすれば理解に苦しむが、戦いそのものを心から楽しむ人間なのだろう──例え結果が同じならその過程は全て飛ばしたいと考えるのは楽をしたがる人間の思考だが、そんな人間だからこそ、飛ばしたくないものもある。溜めた分だけ解放感も一入なのだ。


 常に結果だけが表示され続ける人生に面白みがあるのかと問われれば、確かに納得は出来る。


 が、考えるべきはそれではない。


 どうすればこの人間に勝てるのか──だ。言ってしまえばこうしている限り俺に勝利はないし、向こうはやろうと思えば俺を殺したという結果だけを手に入れることも──いや、待て。


 飛ばせるかどうかは本人もよくわかっていないと言ったか……?


 だとすればこの能力は、彼女の持つ過程を無視できるスキルは、可能な事しか出来ないというスキルなのではないのか。自分に手に入れられる結果だけを手にすることができる──俺的に言うのなら『クリア済みのステージならスキップできる』というような、自分の能力や状態でなら問題なく出来る事、その結果のみを時短して手に入れることができるスキルなのだとすれば──


 だとして、この人にできないことというのは何なのか──そんなもの分かるわけがない!


 分かったとて、完全に向こうのフィールドであるこの場所で俺に何ができるというのだ。


 それに時間を掛ければ掛けるだけ俺としては不利──と、その時、複数人がこちらに走ってくる音が聞こえた。まさか村人達なはずもない、俺はこの状況下で更に多対一に持ち込まれてしまった。


「ボス! 大丈夫で──す……か……っ」


 ドアからなだれ込んできた盗賊の頭に、ナイフが突き刺さった。


 盗賊は脳天にナイフが突き刺さると、血を噴水のように噴き出しながら倒れた。俺は目を見張った。アレは流石に即死だろう──こんな光景を間近で見たことは勿論なかったが、意外とショックだとかは感じなかった。


 それ以上に驚いた──何故助太刀に来た仲間を躊躇なく殺したのか、ということに。


「私言ったよな? 部屋に這入る時は確認しろって、許可出すまでは這入るなって、殺り合ってる時とヤってる時は邪魔すんなって、一つでも破ったら即殺すって──言ったよな?」


 ドアの方を睨みつけながら、彼女は静かに言う。


 未だ立ち尽くしている部下に確認する。


 俺が部屋に入った時もナイフが飛んできたが、アレは俺が敵だからとか侵入者だからとか関係なく、ノックもせずに部屋に這入り込んだから飛んできたということだったのだろうか。


「ですがボス! その侵入者は──ッ」


 また一本、ナイフが飛んだ。俺の目では追えず、誰の手にも負えず、そのナイフは部下の脳天に突き刺さった。


「なぁ、口答えしていいって──私一回でも言ったか? 教えろよ、酒の席ででも言ったんなら教えてくれよ。私は、そんなこと言ったのか?」


 残された部下は無言で首を横に振った。


「まぁ、次は気を付けろよ──次なんかないけどな。分かったらさっさと出てけやッ!」


 彼女がもう一度睨みを利かせると、盗賊達は斃れた二つの死体を引き摺ってそそくさと出て行った。


「悪い悪い、邪魔が入った──心配しなくても二人きりだから安心しろ──よッ!」


 再び目の前から姿が消えた。そして、右から、後ろから、上から、下から、前から、左から──と、次々に攻撃が飛んで来る。もう最早姿すら捉えられなくなっていって、されるがままに吹き飛ばされ続ける。


 そしてそれがしばらく続いて、俺はボロボロになって動けないまま、組み伏せられていた。

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