表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガム  作者: アブ信者
1章
16/56

 数えるに九人。


 特にその後ろから続いてくる集団もなく、森の奥から人が歩いてきた。


 顔はよく見えないのだが、体格はそれほどいいという感じもしない。俺が脳内で勝手に筋骨隆々の山男のような人間を想像していたからそう思うというだけの話で、それを抜きにすればそれなりの筋肉はついているのだろうけど。


 俺はその足音や話し声を耳にすると、そっと息を潜め、彼らが罠の上に立つのを待つ。もし見つかったらと思うと自然、脈拍も上がってしまいかねない物だが、それで見つかったのではいよいよどうしようもないと、それを必死に押し殺し──能力を解除した。


 これまでその足元を支えていた板ガムが消滅すると、彼らは一斉に穴の中へと落ちていく。驚く間もなく、もれなく彼らは穴の底へと落ちていった。俺が罠の範囲を把握できていなかったり間違えていたりでもすれば失敗していてもおかしくはなかったが、印をつけておいて正解だった。


「なんだこれはッ!」


「嵌められました! あいつらの所為ですよ!」


「なっ……アイツら……ッ!」


 穴の底から状況を理解した彼らの怒声が聞こえてくる。ただまぁ彼らも馬鹿ではないのだ、そこで文句をたれたってどうしようもないことは理解しているわけなので、次にとるべき行動は自然と決まってくる。


「とりあえず出るぞ! 肩貸せ!」


 野太い声でそう命じたのは彼らの中でのリーダー格なのだろうか。流石に盗賊団の中でのリーダーが出張って来るとも思えないので班とか隊とかのリーダーなのだろうが、そんな声が命じると、彼らは動き出す──が、しかし。


 流石に俺もそれを考慮に入れないほどの馬鹿ではないのだ。俺は木から飛び降りると、今度は左腕をガムに変化させて伸ばしていく。それが穴の底に到達すると、彼らの足を絡めとり、肩を貸すために動こうとしていた連中含めた全員の身動きを封じた。


「なっ……足が動かねぇ……兄貴! 身動きが……!」


「こっちもです! 地面に引っ張られるみてぇでさ!」


「こっちも──うおぁッ!」


 最後のは下手に動こうとして顔面から転んだらしい。ガムとは言ってもやっていることは鳥黐なのだが、限りなく粘着性のみを高めたこのガムからは何者も逃れることなど出来はしない。


「変なのが足に引っ付いてます!」


「切れねぇのか!?」


「ダメです! 武器が引っ付いて離れなくなりました!」


「クソッ、何なんだこれは!」


 俺はガムを維持したまま穴に近付いていくと、右腕もまた同様ガムに変化させて伸ばした。


 武器を投げられても仕方が無いからと、腕をグルグルと拘束していく。


「なっ……誰だテメェッ!」


 向こうも流石に気が付いたのだろう、葉の隙間から差し込む月明りに映った俺の影を見て顔を上げた。出せだの放せだの色々と叫んでいるが、そんなことするわけもないだろうに、いったい何を期待しているのか。お決まりのセリフではあるのかもしれないが、いざ言われてみると少しおかしく感じるものである。


 それにしても、盗賊と言うには少々美形が多いような気がする。


「盗賊でしょ? わけあってこうしてるんだけど」


 疑問には思いつつも、俺はそのリーダーっぽいのに話しかけた。


「わけだと? 俺たちにこんなことして、まさかただで済むと思ってんじゃねぇだろうな!」


「いや、俺はどうせ明日になったらここから出て行くつもりでいるし……で、そう言うってことは盗賊で合ってるんだよ……な?」


「そうだ! 今すぐ放しやがれ!」


 やはり、放したら俺が攻撃されることが決定している状態での要求とはとても思えない。俺は盗賊だということが確定したのでこれ以上は無駄だろうと、彼らの体に巻き付けたガムをゆっくりと伸ばしていく──全身を覆うかのように。


 ミスって解放してしまいましたなどと言うことが無いよう、全神経を集中させ、確実に広げていく。


「な、なんだこれは! おい! 何するつもりだ!」


「…………」


「おい! テメェッ! 答えろ! 俺達をどうする──」


「今集中してんの! 邪魔するなぁッ!」


「──ッ!?」


 度重なる怒号に対し、俺も大声で返してしまった。


 これ以上集中力を削られても敵わないと、俺はガムを一気に伸ばしていき、彼らの全身──主に顔面を覆い尽くしていく。俺は人体には詳しくないが、ドラマとかでよく、口元だとかを覆うことで意識を奪う、みたいなことをしているのは見たことがあった。アレは何か薬品を吸わせているのだったが、少なくとも人間は、呼吸を阻害されればその活動に支障をきたすのは事実だ──やり過ぎれば死傷になるが、俺が狙っているのはそこになる。


 殺したくはないが、こいつらを縛り上げて村に持ち帰るためにはこうするしかないのだ。


 もし仮にその過程でお陀仏になった者がいたとしても──


 ──俺は悪くない。


 俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。


 悪いのは俺にこんなことをさせるあの村人と、あの村人にそうさせたこの盗賊だ。


 これは最初から最後までこの世界の問題で、俺の問題はどこにもない──だから俺は悪くない。


「…………大丈夫かな」


 時間はかかったが、顔面を覆い尽くし、口と鼻を抑えた後はすぐに静かになった。


 俺は足元のガムの方を解除すると、盗賊達の身体を一気に引き上げる。前の俺にはこれだけの人数を一気に引っ張り上げるような力はなかったわけだし、それを思えば俺も、強くはなっているのだろう。引き上げると一度能力を全て解除し、もう一度ガムを運びやすく巻きなおすと、俺はそれを引き摺りながら村の方へと戻っていく。


 これが真っ直ぐな道で助かった、もし曲がりくねった道なら途中何人も引っ掛けてはイライラしていたのだろうから。


 持って帰ると、俺はそれらを村人に託した。彼らは盗賊達の身柄を再度拘束しなおすと、その中から情報を持っていそうなリーダーの男を別の場所へと連れて行き、それ以外の盗賊達に殴る蹴るの暴行を振るい始めた。これまでの鬱憤を晴らすように、ある人はケタケタと笑いながら、そしてある人は涙を流しながら、無抵抗なままの盗賊をリンチしていった。


 止めはしない。悪者を庇うような真似をした人間がどうなるかなど知れているし、どうでもいいし。


 ただ、流石にその光景は見ていられないと別の場所に移動した俺だったが、先程俺にこれを依頼した村長から料理を振舞われ、その最中、彼はあろうことかこんなことを言った。


「あの男からアジトの場所に関する情報は引き出しました。勇者様、何卒、盗賊団の壊滅を」


 と。


 頭を深々と下げながらそう言われた。村長だけではなく、それに連なる面々全員が、土下座──とも少し違うのは恐らく文化とかの違いなのだろうが、全身を地面に埋め込まんかのようにして頭を下げに下げていた。


 圧倒された。


 言葉が出なかった。


 自分よりも長い時間を生きている人間がここまで必死になって頭を下げてくるという、場合によってはみっともないとさえ言える光景を、俺は初めて見た。もしかしたら今後またこういう光景を見ることもあるのかもしれないが、しかし、それはそれとしてもどうしたものか──俺は罠を張って、落とし穴で以てあの盗賊達を捕まえただけに過ぎないのだからどうしようもない。


 それに報復に来るとしたって今日中ではないだろう。明日以降、帰ってこないことに気が付いてからなのではないか──それまでに逃げれば俺は危険なことなど何一つせずに済む。


 それでもどうしてか、そうしようとは思えなかった。


 もちろん俺一人で戦うなどまっぴらごめんなので向こうにもいざとなったら戦うようにだけ伝えた。


 そう言うと、村長は周りの人らを見回しながら、


「私達の中には戦える者など……」


 と言って、目を伏せた。


「……戦えるか戦えないかなんか聞いてねぇよ。戦えないのと戦わないのとじゃ何もかも違うだろ」


 俺だって戦える訳ではないのだ。一応鍛えられたというだけで、そんな覚悟さえ本当はありもしない、平和に身を浸し続けてきた只の高校生だ。それでも断り切れなかった自分の所為とは言えやれることはやったのだから、それを村人が、問題の当事者が戦わずにいるというのはおかしいだろう。部外者だけが頑張るなど、どう考えても不健全だし、それに何より──


 ──ムカつく。


 当たり前のことだが。


 かといって村人を連れて行ったところでどうしようもないのだろうと、俺は草木を掻き分けるための鉈を借り受けると、聞き出したとか言う情報を聞いてから森へ向かった。


 思えば、リゼルさんに助けてもらった分のお返しも出来ずにここまで着てしまったから、それでその分のお返しをしようとこうして動いているのだろうか──そう考えればまだ自身の行動の不可思議な部分にもいくらかは説明が付けられるのか。


 俺は正直なところ、さっきの盗賊捕縛が思いのほかすんなりいったこともあって、アジトをどうにかする事もまた楽なことだろうと考えている。調子に乗っていたと事故を評価するのはどうにも不愉快なものだが、それでもそう言う他ないのだろう。いくら何でも軽率だ。だが俺は己の中に芽生えた万能感のような何かに従い、割と臆することなくそのアジトへと足を進めていった。


 入り口には門番が二人、この時間だからか、こんな場所だからか、見張りはそれ以外にそれらしい影もなく、俺は迷うことなくガムを放った。叫ばれても困るので顔面目掛けて一直線に黒いガムを伸ばしていくと、二人の呼吸を十分ほど塞ぐ。彼らは突然暗闇から迫ったガムに反応など出来ず、能力を解除すると同時にぱたりと崩れ落ちた。


 その二人を森の中に引きずり込んで土を掛けておくと、俺はドアを開け、中を少し覗き込む──特に誰かがいる様子はない。這入り込んでから後ろ手にドアを閉めると、心許ない照明の明かりを頼りにしながら奥へと進んでいく。


 すると、通路の奥に光の漏れ出ている部屋を発見。廊下の照明よりは光が強い。


 その部屋からは何人かの話し声が聞こえる。酒でも飲んでいるのか支離滅裂極まる会話内容ではあったものの、酒を飲んでいるというのは、こちらとしてはいい情報を得られたものである。当たり前のことだが、酒を飲んだ人間は判断能力が著しく低下するのだ──元日早々お年玉を二回渡してきたりしてしまうくらいには。


 なので俺は入り口のドアを思いっきり音を立てて開け放つと、少し声を低くするようにして「敵襲ぅぅぅぅッ!敵が逃げて行ったぞぉぉぉッ!」と思いっきり叫ぶと、すぐさま自身の全身をガムに変化させ、通路の隅の薄暗い場所に張り付き、色を灰色に変化させた。建物の床や壁は基本的に石でできているので、灰色のガムでなら擬態が可能──だと信じ、緊急事態だとばかりにアジトから外へと出て行く彼らを見送る。


 かなりの人数が出て行ったところで、俺は人間の状態に戻り、ドアを封鎖した。


 ここからは時間の勝負だ。


 村長曰く、あの盗賊達はこの盗賊団の頭──リーダーの持つとあるスキルによって支配下におかれた人間達によって構成されているらしい。そのスキルがどういうものなのかは不明だったものの、頭の為には命をも惜しまぬ最強の軍団を謳っているのだとか。兵士に必要なものが命令に従う従順さと死を恐れない心の強さなのだとすれば、その盗賊団というのは確かに強いのかもしれない。


 だがそれと同時に、それがもし本当なのだとすれば、これまでに連れ去られた村の住人もまたそのスキルによって支配されている可能性が無いわけでもないそうで、その人たちの救出も俺は頼まれたのだ。どうしても無理なら俺は躊躇なくその依頼を切り捨てて逃げ帰るつもりでいるが、俺がどうやって支配を解けばいいのかという質問を村長にした際、村長は言ったのだ。


「スキルによる効果は、スキルを持つ者が解除することができるのです」


 と。


 それは保持者が死ぬでも自発的に解除するでもどちらでもいいらしいのだが、とにかく盗賊団の頭を斃せば解決するとみていいのだろう。だとすれば、先程見送ったような下っ端の相手などせず、一気にボス戦に挑んでしまった方がいい。ゲームなんかでもボスのサイドに弱いキャラが出てくることがあるが、アレは大概ボス本体を斃すと一緒に倒れていくものだ。なら、それが出てくるたびにちまちまと時間を掛けるのではなく、ボスだけを狙って短期決戦で時間を駆けていく方がいい。


 俺は奥の部屋奥の部屋へと突き進んでいった。ボス部屋が何処かは分からないが、まぁ浅い場所には無いだろうと考えて、ただ部屋のドアを潜っては一気に進んでいくと、そこで見張りの付いた部屋を発見した。この状況下で尚見張りを付けておく部屋があるとすれば、それは人が囚われているか、宝が保管されているか、あるいはボスの部屋だろう。


 なら俺はボスの部屋だということにかけて、両腕をガムに変化させ、伸ばした。やはりここでも頭を狙うと、それを絡めとり、見張り達を纏めて窓の外へと投げ飛ばす──投げるというよりは、先程粘着性に振ったガムを、今度は弾性と伸縮性に振り直して、ゴムが弾けるような感覚で発射しただけなのだが、窓ガラスを突き破ると、彼らはペットボトルロケットよろしく勢いよく吹っ飛んでいった。


 間違えて自分も吹っ飛ばされそうになったが、それは能力を解除すれば問題はない──一度勢いづいた彼らはもう止まることも無く夜空へと旅立ったが、俺は壁にぶつかることで室内に残った。


 緊張した。もし失敗していれば大変なことになっていたのは言わずもがな、能力の切り替えを間違えただけでも致命的なのだ。


 俺は一度呼吸を整えると、ドアを開け──即座にしゃがみこんだ。


 勘でしかなかったが、どうやらそんな勘が俺の命を救ったらしい、ドアを開けた途端、部屋の奥からナイフが飛んできたのだ。


「へぇ? やるじゃん?」


 部屋の中にいたのは、腹部以外の露出がやけに高めの女性であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ