表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガム  作者: アブ信者
1章
13/56

出立

 最後の会話などと言ってみても、それは別にどちらか片一方が死去したからだとかそういうことではなく、さらに言えば、それきり言葉を交わすことが無かったわけでもない。これと言って会話らしい会話をすることが無かっただけの話で、朝起きてからも言葉は交わしていた。


 俺は目が覚め、食事をとってから、その日のうちに剣信さんたちと合流するため、その家を、この街を、出ることにしていたのだ。


 昨夜の段階で決めていたことではあったものの、それを引き延ばせば俺はいつになっても出ようとしなかっただろうし、いい加減リゼルさんにも迷惑だ。向こうはいろいろと調べたいことがあるから置いておいてくれたというだけの話で、それもあらかた調べつくした今、向こうには俺を置いておく理由がない。


 頼めば置いてくれるのではと思わなかったわけではないが、それでは人の良さに付け込んでいるだけだし、いつまでもそうしていることというのは、やはりできないのだろう。


 それなら、魔王を斃したいから付いてきて欲しい──とは、流石に言えなかった。ああして魔物を狩ったりすることで仕事をしているのだから、それを自由にできなくなれば生活もできないのだろうし、そこまでしてもらうだけの義理などない。


 それに俺はこの期間の食費だとか宿代さえ碌に払えないというのに、これ以上の頼み事など出来ようはずもない。


 どうしたものかと尋ねればそれはいらないと言われ、その上で路銀として金を貰ってしまったくらいだ。なんでも、「僕の依頼はウェイグサープの討伐と巣にある卵の破壊だからね。そのうちの片方は君がやってしまっていたのだし、その分の金だと思って受け取ってくれ──いや、労働の対価は受け取っておくべきだ」だそうだ。


 あんなもの只の事故でしかなかったわけだが、例え事故であれ実力であれ、それが何かしらの働きになったのであれば、遠慮はするべきではないと、そう強く言われた。まぁ確かに、俺としてはその金が無ければどうすることもできないのだし、下手に遠慮して引っ込められても困るのだから、それは素直に受け取っておくべきなのだろう。


 昔お年玉を受け取るのを遠慮して何故か怒られた記憶が蘇ったが、今思えば、アレはそういう意味だったのだろうか。


 善意で渡そうとしているものを遠慮されると嫌な気分になる。それはそれとして、受け取ったところで誰も困らないものに対して遠慮をするべきではないと、そういうことだったのだろうか──その時の俺は、よく分からないままにその言葉とお年玉を受け取っていたが。


「まぁ、僕はこれでも各地を転々としている身だからね。またどこかで会うこともあるはずだ」


 最後にリゼルさんはそう言って、俺を送り出していった。


 分かれたのは乗合馬車の──アレを駅と呼ぶのかは不明だが、そんな所。それから俺は南東方面、記憶が確かであればニーデルという街に向けて出立した。


 馬車の中は人も多く、途中での乗り降りもあったりしつつ、休憩を挟んでから夕方、もう少しで夜になるという時間には、その街にへと到着したのだった。


 特筆すべき点もなく、お互い会話があるわけでもなく、それは勿論、一緒に乗り込んだ人は暇な時間に話し込んだりもしていたが、そうでもなければ基本的には無言の空間である。


 人はスマホが無いとここまで暇なものなのかと、そんなことを身に染みて感じさせられた。


 携帯だとかが生まれる前の人類は、こういった暇な時間を一体どのようにして潰していたのか──向こうであれば、それこそ本を読んだり新聞を読んだりしていたのだろうが、いや、そういう人は今もなおいるのだから、そのうちの一部がスマホを弄ったりするようになっただけの話でもあるわけだが、思えば向こうは携帯なぞ無くとも時間を潰せるだけの娯楽品はきちんと用意されていたわけだ。


 この世界にも本はあるのだろうが、と言うか無いと色々困るのだろうが、それでも馬車の中でそういった物を開いている人の姿というのは見かけなかった。何故なのだろうと少し考えて、それがたまたまであるというのが一つと、もう一つは識字率の問題なのではないかという二つに思い至った。


 別に理由が何であったところで俺には関係もないのかもしれないが、読み書きが出来てしまうことは隠しておいた方がいいのかもしれないという意味では、心に留めておくべきだ。どれくらいの人がどれくらいのレベルで字を書けるのかが分からない以上、無用なトラブルを避けるためにも、そうしておくのがいいのだろう。


 下手に利用されても敵わない。


 街に着いてからはすぐに宿を探してそこに部屋を取った。リゼルさんからのアドバイスが無ければ、俺は金を温存するためにと安い宿を探していたかもしれない。彼曰く、安い宿は何が起こってもおかしくない上、全員がそれを前提にして泊まっているから危険なんだとか。


 その点、高い宿は高いだけある。サービスが悪かったり食事がマズかったり危険だったりということがあれば、そんな宿にわざわざ高い金を払って泊まり込むことも無いのだろうし、それはこちらとしても想定内ではあったのだが、日本のホテルや温泉旅館とも少し違う雰囲気には、こんな状況ながらも少しだけワクワクしてしまった。


 いや、むしろこんな状況だからだろうか。


 俺は非日常というものが嫌いではない──それは当然ながらいつでも日常に戻れる状況下での非日常が好きだという話で、今俺が置かれているこの非日常が好きだという話をしているわけでないことは言うまでもないのだが、それでもやはり、こういう見知らぬ宿に泊まるというのは楽しいものである。


 旅館にあるような謎のスペースはなかったし、ベッドの寝心地も寝る分には問題ないレベルのものでしかなかったが、それでも少しだけ気を抜けた──ような気がした。


 それから朝起きて、部屋を出て、下の階に降りてから昨晩と同じように食事をとって、また昼前には外に出ていた。あの三人と合流することが出来ればいいのだが、兎にも角にも、聞き込みを進めなければなるまい。この街に今いるのか、それともすでにこの街を出ているのか、もしくはこの街にはまだ来ていないのか。


 彼らとて町は経由するだろう。RPGよろしく野原をただ徒歩で突き進んでいくとは思えないし、だとすれば馬車に乗る。前の街でそんな話を聞かなかった辺り、俺と彼らではルートが少し違っているのかもしれないが、それでもどこかの街ではかち合うはずだ。


 同じ方向に進んでいるのなら、いつかは。


 だからいつかは同じ町を通ることもあるのだろうが、しかし、追いつけない可能性はある。現に本日、聞き込みの結果として、俺と同じような髪色の人達を見かけなかったかという俺の聞き込みには一定の成果があったのだが、それによれば、彼らは数日前に訪れて二、三日滞在した後、既にこの街を出て行っていたらしい。


 この街を通ってはいたものの、もう既にこの街にはいない。それを知れたのが昼頃などであればまだよかったのだが、気が付けば夜。流石に今の時間からでは街の外へは向かえないと、俺は昨日と同じ宿に泊まることにした。


 部屋は狭めだが、一人の空間でもあるので、俺はその間にノートを開くと、大雑把に地図を書き記した。


 どうせこの街からも出て行くのだから必要はないのかもしれないが、王城からあの山まで、あの山から前の街まで、そしてそこからこの街までの大まかな経路を書き込む。それが終わると、持ち物などを確認しながら、明日此処を出る前に買い足す必要のあるものをメモ。水筒は普段自分が学校に持って行っているものがあるので、それに水を汲むことを忘れないようにしつつ、俺は再び就寝した。


 すぐに見つかるとも思ってはいないが、なるべく早いうちに合流したいものである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ