異世界日常3~王都発・商業都市に関する書籍を巡って
調子コいて監督に焼きいれられた主人公が基礎からやり直して成長する話…という書籍を巡って僕が愚痴をグチグチ聞かされる話
一 王都仕立ての帰郷
王都の里帰りから戻ってきた主人公は、胸を張って歩いた。
耳元で揺れる金のピアスは今季の流行。袖口には豪奢な刺繍が走り、ひらひらと風をはらんで舞う。王都の仕立て屋に特注した巻頭衣だ。
故郷の冒険者ギルド直営の酒場に入れば、垢抜けたいでたちに、視線は自然と集まる。
「お帰り」
「王都から戻ってきたのか」
「派手な衣装だな」
「ふふふ、まぁね」
酒場に立ち寄った主人公が、新調した誂えを見せびらかしていると、低く鋭い声が響いた。
「――名指しだ。奥へ来い」
ギルド監督官の声。
ざわつく空気を背に、主人公は胸を高鳴らせた。勲章の授与に違いない。ついに俺の功績が正式に認められるのだ、と。
扉を開け、足を踏み入れた次の瞬間。
鉄拳が頬を抉り、視界が弾け飛んだ。
主人公の身体は壁まで吹っ飛び、床に転がる。
唖然とする俺に、監督官は吐き捨てた。
「一年間、薬草摘みからやり直せ」
乾いた声が胸に突き刺さった。
二 孤独の薬草畑
屈辱にまみれた日々が始まった。
主人公は泣きながら王都の仲間に魔法通信で縋った。だが返ってきた言葉は冷たかった。
『でもギルドメンバーになりたいんだろ?』
――突き放すようなその調子に、俺はただ嗚咽を漏らすしかなかった。
ギルドが管理する丘陵地帯の薬草畑でひとり、黙々と鎌を振るう日々が始まった。
畑の片隅で、黙々と鎌を振るった。
「なんで俺が……」と弱音が喉に絡む。
刃が草を裂くたび、王都での生活で想像していた、華やかで輝かしい栄光の日々、自信や誇りが剝がれ落ちていく気がした。
そんなある日、遠目に見たのは狐の尻尾飾りを勲章代わりに腰に揺らす上級冒険者の姿だった。
最初に目にした時、真っ直ぐな針の尾を持つ魔蠍がレイピアの如き毒針を振りかざしねらいを定めて何度も突きを繰り出す鋭い切っ先を、すばやいステップで軽やかにかわし、距離を取っては挑発し、獲物相手に遊ぶ余裕を見せていた。
その冒険者の腕前からいけば、朝飯前の取るに足らない狩猟だ。故に彼には獲物で遊ぶ余裕があった。
俺だって、魔蠍くらいなら簡単に屠れるのに。そんな悔しい思いで鎌を握りしめる主人公。
いっそ言いつけを破ってしまおうか。
誘惑に負け、一歩踏み出そうとしたその時。
軽業師の身のこなしを見せていた彼の動きが、変わった。
クン、と何かに引っ張られて大きくバランスを崩した。
狐の尻尾飾りが、魔蠍のハサミのトゲにひっかかったのだ。
間髪入れず、蠍が毒針を突き立てようと尾を振りかざす。
上級冒険者に迫る切っ先。
危ない。
しかし、主人公が駆け寄るよりも早く、冒険者は尻尾飾りを引きちぎると、危険な毒針を躱した。
そして目にも止まらぬ速さで尾を斬り飛ばし、返す刀で頑丈な殻に覆われた頭部を砕いて仕留めたのだ。
主人公は茫然とその様子を見つめるしかなかった。
彼はなんとかリカバーして窮地を脱していたけどあれがもし自分だったらあんな風に逃げられるか分からん。
あの、都で誂えたひらひらした格好で獣と鉢合わせして。あの時分の俺だったら頭に血が上って遮二無二切りかかってたかも知れない。
最悪、命を落としていた。かも知れない。
俺はとんだ愚者だった。
三 嗤われる者
そこから多少時間はかかっても他冒険者が任務をこなす地域の近くで薬草詰みをする主人公の姿を見かけるようになる。
「あいつこんなに手際悪かったっけ」
「丸一日薬草詰みでこのしょっぱい収穫」
「どこで油売ってるんだか時間かかりすぎだよ」
ギルドの休憩所で、裏方の女子には怠けてるんじゃないかと勘ぐられ、
「王都出身だからってギルドの仕事なめてるんじゃねぇの?」
「似合わないちゃらい格好で戻ってきて」
「あー傑作だったわーwww」
「えらい人に呼び出された時はすかっとしたわーwww」
と冒険者に嗤われ溜飲下げられているが、気にもとめずに端っこで黙々と鎌の手入れをする主人公。
その頃、ひょんなきっかけで中年の中堅冒険者赤毛のグレンに師事する事となり、構え、太刀筋を基礎から学び直す。グレンの依頼に帯同し、狩猟数に含まれない人面蠍や角犬、羽兎などの魔獣を狩って、立ち回りや足さばきを覚えていく主人公。
四 赤毛の男
転機は突然訪れた。
赤毛の中堅冒険者、グレンとの出会いだ。
「お前、鎌の扱いは悪くねぇ。だが、剣はどうだ?」
不意の問いに戸惑う主人公を、グレンはじっと見据えた。
その眼差しは、王都の仲間から一度も向けられなかった種類のものだった。
やがて主人公は、彼に師事することになった。
構え方、太刀筋、足の運び。
依頼に帯同し、人面蠍や角犬、羽兎といった魔獣を相手に実戦を積む。
彼は一切妥協しなかった。
遅れれば叱咤され、手を抜けば一喝された。
だが、その厳しさの裏に、主人公を見捨てない温かさがあった。
「強さはな、派手な衣や飾りに宿るもんじゃねぇ。手に馴染む得物と、積み上げた基礎にしか宿らんのさ」
その言葉は主人公の胸を打った。
なぜ、監察官が自分を張り飛ばしたのか。何故薬草摘み以外禁止すると命じたのか。
心の中で、鬱屈していた靄が晴れ、新しい視界が開けた。そんな心地だった。
しばらくして
「薬草の切り口やけに綺麗すぎない?」
「いつも入り口の水場で鎌研いでるじゃん?」
至極当然だと返す裏方の娘に冒険者の誰かが高説を賜っている。
「バッカおめえ得物の手入れは狩りのいろはのいなんだぜぇ」
「確かにそうかも」
かつて主人公を嗤っていた者たちの声色が、少しずつ変わり始めていた。
だが主人公にとって重要なのは、周囲の評価ではなかった。
刃を研ぎ、手を磨き、体に覚え込ませる。
ただその日々が主人公を形作っていた。
六 三首の狼
そして、あの日が来た。
郊外に魔物が出没するようになる。牛より大きく頭が三つ生えた異形の狼だ。
よく手入れされ、手に馴染む得物と使い慣れた装備に身を包んだ主人公がギルドの受付カウンターに姿を見せる。
「薬草摘み、行ってきます」
主人公を嗤う者はもういない。
「お前ならやれる」
「行ってこい」
「あの三首を屠ってやれ」
七 死闘
森に潜む光首の狼は、ただの魔獣ではなかった。
左の首が炎を吐き、右の首が雷を纏い、中央の首が鋭い牙で空気を裂く。
咆哮ひとつで鳥が落ち、地が震えた。
主人公は鎌を握り、心を落ち着ける。
王都仕立ての衣はもうない。そんなものは必要ない。
あるのは研ぎ澄まされた刃と、積み重ねた基礎。
狼が突進する。
大地が割れ、牙が迫る。
主人公は無心で鎌を振るう。
磨き込んだ刃が、炎の首を裂く。血飛沫が舞う。
雷が走り、身体が焼ける。膝が沈む――だが崩れない。
「まだだッ!」
鎌と剣を交互に振るい、足を刻む。
グレンの声が脳裏に蘇る。
――無駄に振るな。
――足で制せ。
――呼吸を忘れるな。
全てを叩き込んだ。
やがて中央の首が垂れ下がり、狼は崩れ落ちた。
血に濡れた刃を握り締め、主人公は吼えた。
八 帰還
血と汗にまみれた姿でギルドに戻ると、冒険者たちは言葉を失った。
やがて誰かが叫んだ。
「やったぞ! 三首を討った!」
歓声が爆発する。
その中心に主人公は立っていた。
潮が引くように歓声が静まり返る。
かつて鉄拳を浴びせた監督官がそこにいた。
彼は何も言わなかった。
ただ、深く頷いた。それだけだ。
主人公もまた、無言で頭を一つ下げた。
九 白銀の剣華
――それが今。…………それが今商業都市で活躍する白銀の剣華リーダーの、始まりの物語だ。
薬草畑で嗤われていた男が、仲間を率いて魔を討つ。
その歩みは、あの赤毛の師が遺してくれた道を今もなぞっている。
白銀の一等星~商業都市の剣の華より抜粋
昼下がりのギルド休憩所で、新しく入荷された書籍を読み終わったところだった。
顔なじみのギルド事務員メリッサが水の入ったグラスを両手に「相席いいかしら」と聞いてきた。苦虫を噛み潰したようにめちゃくちゃぶすっとしている。百人が百人間違いなく彼女は不機嫌だと察せる形相だ。
「メリッサ、仕事は」遠回しに却下したのに真向かいにどっかり腰を下ろされた。現時点では、まだ当たり散らかす程分別は見失っていないようだ。
「昼休憩よ。ところでどう?それ。読み終わった感想は」
と僕が卓に置いた書籍を指さす。これは旅団の列伝を出したい、と王都の活版業者が持ってきた見本だ。多分、先日の獣竜討伐で王都でも【商業都市の旅団・白の剣華】が一躍有名になったのにかこつけての便乗商売なんだろう。
「実在しない幻獣が出てくる時点で実在する人の伝記としてアピールするのはどうかって気はするけど。悪くはないんじゃないかな?」
そう答えると、はぁ、分かってないわと言わんばかりの勢いで首を横に振られた。
「とんだ嘘八百本よ。こんなの置かせるわけいかないわ。ギルドが一人で薬草詰みとか行かせる訳ないじゃない。あんただって知ってるでしょう?」
僕は内心ほぞをかんだ。やっちまったとほぞを噛み締めた。しまった。不機嫌の原因はコレか。
「郊外に魔獣がうろついてる緊急時に、『薬草摘み行ってきます?』訳がわからないわよ!そんなスタンドプレー許可出るわけないでしょ!ギルドの管理体制が疑われるわよ!」
そうなのだ。この商業都市は冒険者がギルド本部の門戸を直接叩いて冒険者登録を済ませ、個人単位で依頼を受けて獣を狩る事はない。
まず旅団に所属が鉄則だし、ギルドから旅団への依頼は害獣駆除処理やインフラ整備やキャラバン護衛がもっぱらだ。個人業務なんて許可が下りるわけがない。
メリッサの逆鱗に触れ虎の尾を踏みつけた僕に、更に食ってかからんばかりの勢いで一気呵成にまくし立ててきた。
「『真っ直ぐな針の尾を持つ魔蠍がレイピアの如き毒針を振りかざしねらいを定めて何度も突きを繰り出す』?蠍の針は鉤爪!本物の蠍見たこともないの?この著者は」
言う割にはしっかり読み込んだようだ。
白状すると、最後に主人公が剣華リーダーだと記されるところまでは読みふけってたとメリッサは大層悔しがった。
どうやら良くできた空想小説だと思っていたところが実はドキュメンタリーの体だったという、ある種の騙し討ちに引っかかったのがメリッサのヒステリーの原因で、きついダメ出しはその反動のようだ。
確かに剣華リーダーはそんな単独行動をとるような人ではないし。どこでどんな取材をしたのかかなり怪しい書籍である事は間違いないけれど。
「楽しんだのなら許してやれば?」
「良くないわよ。こんな与太を鵜呑みにして商業都市にやってくる連中がほとんどなんだから。ギルドは夢物語をお膳立てする場所じゃないのよ」
尤もだ。ごくごくまれに討伐隊が組まれることがあるけど、そんなのは100年にあるかないかの非常事態だ。先日本当に獣竜が出て剣華団が討伐に出た事があったけれど、その時は都市中が臨戦態勢のような騒ぎになった。日中は勿論、夜間でも常時開け放たれている商業都市の正門が閉じられるのなんて初めて見たし、うちの飲んだくれリーダーも流石に真顔で都市に侵入されたときの住民の避難経路の確認や迎撃準備にあたっていた。
普段おちゃらけてる人物が、真顔で対処に当たる光景はかくも恐ろしいものなのか、と感じた瞬間だった。
「この調子じゃ王都でどんな尾鰭がついてるか知れたもんじゃないわ」とメリッサが大きくため息を吐き、肩をそびやかした。存分に鬱憤を晴らし終えたようだ。
そこでようやく僕はグラスの水を口にした。淹れたときは冷えていたのだろうけれど、中の水はすっかりぬるくなっている。長い話だったもんな。
「大体剣華が都出身って。あの人南方出身だし」
僕は自分の眉根が寄ったのを自覚した。理性的になってもダメ出しはまだ続くのか。
「それに赤毛のグレンってあれ多分あんたんとこのリーダーよ?」
「は?」
赤の舞踏から赤のイメージで赤毛。同じく赤のイメージから紅蓮でグレン。そうメリッサに説明されてようやく理解した。
なるほどね?全然気がつかなかった。でもだよ。
「いやいやご冗談を。うちのリーダーがあんな格好いい訳ないでしょう」
と言い返して残りの水をあおる。
「そこじゃなくて。剣華は舞踏より年上なの」
食道に流し込んだつもりの水は勢いよく気管に流れ込んだ。僕はグラスの水を盛大に噴きこぼした。
うちの冴えないおっさんが剣華リーダーより若いだって?!
知らなくてもいい何かをしってしまった気がする。




