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第97話 全員集合

「う、うぅ……」


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


 呻き声を聞き、エルシャはすぐさま仰向けに倒れるリブラスの元へ駆け寄る。かろうじて意識は保っているようだが、全身が傷だらけで息も浅い。自力で上半身を起こすことすら困難なほど弱っていた。


「私に……構うな……」


「そういうわけにもいきません。ジェミナさんを放っておいていいんですか!?」


「……。あそこの棚の引き出しをそのまま持ってこい」


「えーっと、どの段の引き出しですか?」


「全部だ。必要な物は私が選定する」


「わ、分かりました、全部ですね!」


 言われた通りエルシャは引き出しを片っ端から開け、入れ物ごと全部リブラスの前に持っていく。

 引き出しの中には想像以上に多種多様な薬品が収納されており、リブラスは迷うことなく必要な薬や包帯を選び取っていった。

 全部持ってこいだなんて大雑把にもほどがあると思ったが、確かにこれはエルシャの出る幕ではない。

 もし引き出しの中の何々を取ってこいと言われていたら、煩雑な中身を前に間違いなく立ち尽くしていたことだろう。


「あの、えーっと……あの時は本当にすみませんでした」


 リブラスの状態が幾分か良くなったところで、エルシャは改めて謝罪の意を伝える。


「なんのことだ?」


「わたしを庇ってくれたことです。わたしが不用意なことをしなければ、あなたがこんな目に遭うこともなかったはずですから」


「過ぎたことだ。気にしなくていい」


「でも、どうしてわたしを庇ったりしたんですか?」


「さあ、なぜだろうな。気づいたら体が勝手に動いていたというのが一番近いかもしれん」


「か、勝手に……」


「そう言うキミだって、なぜ私の体の心配をしてくれるのだ?」


「それはだって、わたしを庇ってくれましたし……あなたがいないとジェミナさんが悲しんでしまいます」


「あんな酷い仕打ちをしたのにか?」


「それは、まあ……過ぎたことですから」


「キミだって私と同じことを言うじゃないか」


「ち、違います! 確かに言葉は同じですけど、意味がまったく別です!」


「どう別だと言うんだ?」


「……と、とにかくわたしは誰かが死ぬところはもう見たくないだけです!」


 エルシャは誤魔化すように声を張り上げた。言われてみれば確かにリブラスを治す理由も義理もないが、彼に死んでほしくないと言う気持ちは本物だった。

 確かにリブラスやジェミナから受けた酷い仕打ちはこの先ずっと忘れられそうにないが、だからといって彼らに死んでほしいわけでもない。


「そうか。ならばその思いを無駄にしないためにも、早くジェミナの元へ向かわねばな」


「でも、どこへ行ってしまったのでしょう」


「見当はついている。おそらく魔の森へ向かったのだろう」


「ま、魔の森ですか……?」


 まさかその名をもう一度聞くことになるとは。エルシャは思わず絶句してしまう。


「ああ。この家を出てまっすぐ向かったのであれば間違いない」


「でも、どうしてそんな危険な場所へ……」


 とエルシャは疑問を浮かべるが、その一方でジェミナの気持ちも少しだけ分かるような気がした。受け入れがたい現実を目の当たりにし、すべてを投げ出したいと思うのは何も不自然なことではない。


「――爆発が聞こえたのはこの家からよね?」


「ええ、間違いないはずです」


 突然、二人分の声と足音が部屋の外から聞こえてきた。リブラスは警戒を強めるが、エルシャにはその声に聞き覚えがあった。いや、というより思い出すまでもないと言うべきか。

 その二人が部屋に入ってきた瞬間、エルシャは顔を綻ばせる。


「マリーベルさん! ヨミさん!」


 時間にしてみればそれほど長く会っていなかったわけではないが、実際に二人の顔を見るのはとても久しぶりな気がした。


「エル!? なんでここにいるの!?」


 マリーベルも再会を喜び、駆け寄ろうとするが、何かに気付いたヨミが腕を突き出してそれを止める。


「待ってください。どうしてあなたもここにいるのですか?」


 視線の先にはリブラスの姿。コンフィルの地下牢での出来事は、ヨミとて忘れてなどいない。マリーベルを止める傍ら、もう一方の手は刀の柄に添えていた。いつでも抜刀する準備は整っている。怪しい動きを見せたらすぐにでも……。

 

「ヨミさんも待ってください! これには事情があるんです!」


「事情ですか?」


「はい。話せば長くなりますが……」


「そうですか。エルシャさんがそう仰るのであれば、私も素直に従うことにしましょう」


 ヨミは刀の柄から手を離した。


「ええっ、本当にいいの? さっき思い出したけど、この人って確か指名手配されてなかった……?」


 マリーベルは恐る恐るヨミに尋ねる。リブラスの手配書は数多く出回っており、町中を歩いていればどこかで必ず見るくらいにはありふれたものだ。だから意識的に見ることはなくとも、その当人に出くわせば記憶の片隅からひょいとその情報が掘り起こされる。今の状況がまさにそうだった。手配書には注意喚起の意味合いもあるそうだが、果たして狭い部屋の中で出くわしてしまった時にもその効果が発揮されるのだろうか。

 しかしヨミは、そんなマリーベルの心配を余所にあっけらかんと応えた。


「大丈夫でしょう。見たところ深手を負ってますから、変な気は起こせないはずです」


「……それもそうね。けど、私は事情をスルーするなんて絶対無理。何がどうなってこんな状況になってるのか、後で必ず聞かせてもらうんだからね!」


 マリーベルはリブラスを指さして強気に言い放つ。誰が相手であろうと物怖じしないのは彼女の良い点であり、少しヒヤヒヤさせられる部分だ。エルシャの額には無意識的に冷や汗が浮ぶ。


「もちろんだ。だがその前に……」


 リブラスはおもむろに立ち上がり、少し離れたところにある棚の引き出しを開けていく。中には注射器と、緑色の液体が入った細長い容器が保管されていた。

 リブラスは一瞥したのち、麻袋の中へ無造作に液体の入った容器を放り込んでいく。


「それはなんですか?」


 エルシャは尋ねてみた。


「これは特製の魔素溶液だ。あいつには……ジェミナにはこれが必要なんだ」


「魔素溶液? それにジェミナさんにはこれが必要って……」


「この液体には高濃度の魔力が溶かされている。いわゆる回復薬の原液のようなものだ。……そしてジェミナは、この魔素溶液を毎日打たないと死んでしまう」


「ええっ!?」


「……それにしても“死んでいるのと何一つ変わらない”か。悔しいがまったくもってその通りだ。今のジェミナは、魔力で無理やり肉体を動かしているのと変わらないからな」


 リブラスは誰にも聞こえないような小声で呟く。エルシャからちらりと見えた横顔には、悔しさが滲んでいた。


「でも、そんなに大量に必要なんですか?」


「昔はもっと少量で済んでいたし、注射器で直接体に打ち込む必要もなかった。だが、今は日に何本も打たなければジェミナの体は()たない。早く、早くしなければジェミナは……」


 リブラスの声は震えている。言葉は途中で途切れてしまったが、先の言葉を聞かずとも真意は伝わった。リブラスは大量の魔素溶液を詰めた麻袋を担ぎ上げると、ふらついた足取りで部屋を出ようとする。


「さて、時間が惜しい。私はそろそろ行かせてもらうぞ」


「ああっ、待ってください! まさかその体で魔の森に行くつもりですか?!」


「他にどうしようもないだろう。無駄話はこれでおしまいだ」


 リブラスはエルシャの言葉に聞く耳を持たず、さっさと部屋の扉に手を掛ける。するとその時。


「待って」


 声の主はエルシャではなかった。二人が振り向くと、そこにはマリーベルが杖を携えて立っていた。


「魔の森へ行くんでしょ? だったら私が転移魔法陣で送ってあげるわ」


「マリーベルさん、いいんですか?」


「いいも何も、今から歩いて行ったって日が暮れるだけだわ」


 マリーベルは視線でリブラスの返答を促す。答えは当然決まっていた。


「……すまない。よろしく頼む」


「じゃあ決まりね。みんな、私の傍に寄って」


 その言葉を合図に、マリーベルの傍にはエルシャ、ヨミ、そしてリブラスが集まる。それから程なくし、マリーベルは杖を天高く掲げた。


「――転移魔法陣、発動!」

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