第96話 悲劇の引き金
悲劇は繰り返される。
同じだ。
同じだった。
全てがあの時と同じ状況だった。
エルシャから見た光景。ジェミナから見た光景。行動の因果が示す結末。ただ違うのは配役のみ。
悲劇は、繰り返される。
「師匠!」
ジェミナは叫んだ。銃弾を胸に受けて前のめりに倒れこむリブラスの姿は、スローモーションのごとく緩慢だ。まるで嫌味のようにひどくゆっくりに見え、一呼吸の後にようやく時が動き出す。
とっさにジェミナは駆け寄ろうとしたが、首元に組み付くバルバスの腕がそれを許さない。
「おっと、そっちには行かせないよ」
「そんなこと言ってる場合ですか! 早くしないと師匠が、師匠が……!」
「それにしても馬鹿な奴だよ、リブラスは。そもそも私は生け捕りにするつもりだって最初から言ってたじゃないか。ちゃんと急所は外れるように撃った。なのにあいつは意味もなく庇って、しかも自分の急所に食らって死にかけるなんてまったく合理性がないよ」
「合理性? 意味もない……? それ以上師匠を馬鹿にするなら許しませんよ」
「許すも許さないもキミは私の人質であるのは変わらない。キミには何の選択権もないんだよ」
バルバスはにやりと笑みを浮かべ、ジェミナの首元に組み付く腕の力をさらに強める。
一方ジェミナは静かに奥歯を噛みしめ、それに呼応するかのように目のあたりが熱くなる。
涙が自然と滲み出ているからではない。
そう、これは――。
「その手を離してください」
「は? キミには何の選択権もないってさっき……って、あれ?」
言葉と意思に反して、バルバスの腕は勝手に動いてしまう。
「貴様、いったい何をしたッ!」
バルバスは動揺を隠しきれていない。今までの飄々とした態度や物言いがまるで嘘だったかのように、驚きと憎しみを剥き出しにしながら再び銃口をジェミナに向ける。
「その銃を下ろしてください」
「くっ、またか……!」
だが、ジェミナはまったく動じない。それどころかバルバスが熱くなればなるほど心は冷めていき、まるで興味を失った相手を一瞥するかの如くさらなる言葉を発していく。
「その銃を頭に当ててください」
「だ、誰の頭にだい……?」
「全部言わないと分かりませんか!?」
「ひぃっ! す、すみません!」
「次で最後です。そのまま引き金を引きなさいッ!」
「嫌だ、嫌だぁぁぁアアア――――あ」
一発の銃声と共に、騒がしい悲鳴は止んだ。終わってみれば実に呆気ないものだった。耳鳴りがするほどの静寂が訪れる。エルシャもジェミナも、何もできないままただ時だけが流れていく。一秒の狂いもなく、ひたすら正確に。
「こ、これは……わ、わたく……わたしが……やったこと……?」
しばらくすると、ハッとしたようにジェミナは我を取り戻す。だが目の前の光景が信じられないのか、片目を抑えながら後ずさる。一歩、二歩と、ゆっくりと下がり続け、やがて踵がエルシャのつま先に当たる。ジェミナは怯えた様子で振り向き、二人の視線がぴたりと交わる。
「あの、えーっと、ジェミナ……さん……?」
エルシャはおずおずと声をかけるが、言葉が続かない。再度訪れた沈黙に耐えきれず、ジェミナのふらつく肩に手を掛けようとするが。
「近寄らないで!」
虚ろだったジェミナは急に目を見開き、エルシャの手を拒絶するようにはねのけた。
「あっ、ご、ごめんなさい……わたくしはまた……」
しかし、ジェミナはすぐにに我に返る。よろめいた足で二、三歩たたらを踏みながらも踏みとどまり、力なく首を横に振る。その横顔は悲しみや後悔や不安に満ちており、今にも崩れ落ちてしまいそうに見えた。だからなのか、エルシャは無意識のうちにジェミナの肩に手を掛けようとする。
(あれ? 体が、うまく動かない……?)
ところが、意思に反するように腕はびくともしなかった。金縛りにあったかのように全身が痺れ、まるで神経そのものが切れてしまったように自らの意思が届かない。
一体どうしたことだろう。必死に動かそうと意識を集中させるが、やはり思いと行動が乖離してしまう。
ジェミナの目の前に透明な壁が張られているかのようだ。
いや、もしかしたら比喩でも何でもないのかもしれない。
エルシャの体は、ジェミナに近づこうとした時だけ言うことを聞かなくなる。周囲を見回そうとしたり、後ろに下がったりする行為には何の支障もきたさない。
『近寄らないで!』
おかしくなってしまったのはジェミナがそう叫んでからだ。振り返ってみれば、バルバスもジェミナの言葉によって自らの頭を銃で撃ち抜いた。
まさか、命令を強制的に遵守させる魔法か何かなのか?
それとも、これが魔眼の真の能力とでも言うのだろうか。
以前ミデロから聞いた話では、魔眼と一口に言ってもそれが有する能力は多岐に渡るそうだ。
ガウスの魔眼が人の認識を改変する能力だとすれば、ジェミナの魔眼は命令を強制的に実行させる能力。
実に現実離れした考えだが、そう考えるとつじつまが合ってしまうのもまた事実。
「ともかく、わたくしには本当に近寄らない方が身のためです。今のわたくしは、わたくし自身にもどうなっているか分かりませんから……」
ジェミナはそう言うと、エルシャに背を向けて歩いて行ってしまう。もちろんエルシャはすぐに追おうとしたが、やはり体がうまく動いてくれなかった。そしてようやく前に一歩歩き出せたのは、ジェミナの姿が完全に見えなくなって、さらにしばらく時間が経った後だった。
「ジェミナさん……」
ここまで来るともはや追いつくことなど出来ない。一歩前に出ることが出来たのも、ジェミナとの物理的距離が引き離されてしまったためだろう。
エルシャは天井の一点を見つめる。
するとその直後、背後で地鳴りのような呻き声が聞こえてきた。
声の主はリブラスだった。




