第94話 とある錬金術師とその弟子3
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「いるんだろう? 邪竜の子が。この先にある部屋に」
「待ってください。ここから先へは通しません」
ジェミナは懐から取り出した銃を構え、バルバスの行く手を阻む。
「ふぅん、やっぱりいるんだ。ところでその銃はもちろん脅しの道具なんかじゃないよね?」
「と、当然です……! これ以上近づけば命の保証はしません!」
「だったらなぜ撃たないんだい? 僕はさっきからずっと、少しずつ少しずつ前に進んでいるんだけどね」
「……っ!」
ジェミナは気づいていなかった。いや、気づこうとしなかった。バルバスが一歩前に出るたび、ジェミナは無意識的に一歩後ろに下がっていることに。おかげで表面上の距離は一定を保っているが、時間が経てばたつほどバルバスはエルシャの元へ近づきつつあった。
「もしかして恐れているのかい? それとも最初から撃つ覚悟なんてなかったのかな?」
「ぐっ……!」
「ほらまた一歩下がった。今のでキミも気づいただろう?」
バルバスはさらに一歩近づく。今度のジェミナは一歩下がらなかった。代わりに恐怖で足がすくんでしまっていた。
「おいおい、それじゃあまるで僕が脅しているみたいじゃないか。いや、実際脅してはいるか」
やがて二人の距離は完全になくなる。そしてバルバスは突き付けられた銃を鷲掴みにし、その銃口を自らの胸に当てた。
「ほら、もうここまで近づいてしまった。撃つにはこれ以上ない距離じゃないか。さあ、早く引き金を引きなよ。キミの言葉がうわべじゃないってことを、僕に見せてくれ」
「う、うぅ……!」
ジェミナの指は引き金にかかっているが、そこから先へ進む気配は一向にない。手も声も震え、視界にはバルバスの冷ややかな笑みだけが映り込む。
「やっぱりうわべの言葉だったか。キミにはほとほとガッカリだよ」
「あっ!」
ジェミナは銃を奪い取られる。バルバスに向けられていた銃口が、今度はジェミナ自身に向けられる。状況が一瞬にして逆転した。
「確かに銃は強力な武器だ。剣を振るう筋力がなくても、魔法を操る魔力がなくても、ある程度の知識さえあれば簡単に強大な力を手にすることができる。でも裏を返せば奪われた時のリスクもそれだけ大きくなってしまう。まあ、キミの場合はそれ以前の問題か。引き金を引く覚悟もないのに駄目だよ、こんなものを持っちゃ」
「あ……あなたの目的は、いったい……」
「あれ、言ってなかったかな。僕の目的は、邪竜の子を生け捕りにすることだ。その目的の達成のためなら手段は選ばなくていいと上からは告げられている。まあでも、キミのことは最初から始末するつもりだった。この世界にはいてはいけない存在なんだよ、キミはさ」
「えっ?」
「言っている意味が分からないかい? だがこの言葉の意味はキミが一番、それこそ僕以上に理解しているはずだ。なにせキミは本質的には死んでいるのと何一つ変わらない。」
「わ、わた、わたしは……っ」
「生きているとでも言うつもりかい? じゃあ逆に聞くけど、この世界のどこに魔力で動く人間がいるんだい。この世界のどこに、20年ずっと子供のままの人間がいるんだい。本当はキミだって分かっているはずだよね」
「……っ! ――……!?」
ジェミナは震える唇で何かを叫ぼうとするが、肝心の声が喉の奥から出てこない。だが、仮に声が出たところでいったい何を叫ぼうと言うのか。自分が生きていることを必死に訴えるのか、それとも命ある生物らしく惨めに命乞いの言葉を並べ立てるのか。おそらくそのどちらでもない。声にならない声を上げて喚くくらいしか、今のジェミナには出来やしないのだから。
もちろん涙も一つたりとて浮かばない。
どんなに冷酷な人間であろうと必ず一度は涙を流すはずだが、“ジェミナ”に限っては例外だった。
彼女は生まれてこの方20年、一度も涙を流したことがない。
そんな乾ききった瞳が、バルバスの冷笑を反射させる。
「不都合な前例が残ると後々面倒なことになる。だから――」
「伏せろ、ジェミナッ!」
突然の背後からの声に、ジェミナは振り向くことなく全身を伏せた。直後、頭上を何かがものすごい速さで掠め通っていく。声の主は確かめるまでもない。
「奴の言葉に耳を傾けるな、我が弟子よ。奴は我々の敵だ」
リブラスだ。
先ほど頭上を掠め通った何かの正体は、リブラスの剛腕が投げ飛ばした四人掛けのソファだった。
そしてそのソファはバルバスに直撃し、そのまま下敷きにしてしまった。
「いたたたた……噂には聞いていたがとんでもない怪力だな。いったい何を食ったらそんなにデカくなれるんだか」
バルバスはソファから這いずり出ると、すぐに立ち上がり白装束に付いた埃を叩き落とす。
「戯言はいい。これ以上やると言うならば命の保証は出来かねるぞ」
「おお~いい顔だ、20年前の彼を思い出すよ。確か名前はケインズとか言ったかな。やたらと反抗的ではあったが錬金術の腕は誰よりも立っていた。しかし悲しいかな、その性分が祟って……教団に始末されてしまったよ」
「……!?」
「あはは! キミも動揺したりするんだ! そういや彼はキミの師匠だった人物だよねぇ!」
「その話は本当なのか!? 師匠は……師匠を……お前らは殺したのか!?」
「この状況で与太話をするメリットはこちらにはないよ。全部本当さ。けど安心してくれたまえ、ケインズはもうこの世にはいないが、彼が歩んできた痕跡はちゃんと後世にも残してあるからさ!」
そう言ってバルバスは右腕を天高く掲げる。すると次の瞬間、二人の周囲に無数の魔法陣が出現した。不思議な幾何学模様の中心から、何かが這いずり出ようとしている。
「こ、この魔法陣は……!?」
「そんなに気になるなら見せてあげよう。キミの師匠が捧げた人生と研究の結晶――聖竜召喚陣をね」




