第93話 白き来訪者
◇ ◇ ◇
「あのー……どうしちゃったんですか? わたし、何か気に障るようなことを言ったなら謝りますけど……」
本棚の上に置かれた写真のことを尋ねられてから、ジェミナはしばらく俯いていた。心配になったエルシャは何度か声をかけてみるが、やはり固まったまま動かない。それでも諦めず声をかけ続けてみると、ようやくジェミナは我に返ってくれた。
「別に謝る必要なんてありませんよ。少し昔のことを思い出していただけですから。それでえーっと、なんでしたっけ。ああ、誰が写真を撮ったか、ということでしたね」
エルシャは頷いてみせるが、ジェミナはまたしても俯いてしまう。
「……話したところで特段面白い話ではありませんよ。それに20年も前のことですし、確実にあなたでは知りえない人物です」
「そ、そうですか。すみません、無理言ってしまって」
きっと話したくない事情でもあるのだろう。またしても出てきた“20年前”という言葉は引っかかるが、これ以上の追求はエルシャには出来なかった。
「まあ、考えを改めてわたくし達の仲間になると言うのであれば詳細を語って差し上げましょう」
「何度も言いますが、あなた達の仲間になるつもりはありません!」
「そうですか。残念です。あなたの安全を思っての提案だったのですけどね」
「わたしの安全?」
「あなたを付け狙う勢力は我々だけではないということです」
「ちなみに、その勢力というのは……?」
「おや、存じ上げないとは意外です。わたくしはてっきりあの眼鏡の方から話を伺っていると思っていました。やはり怪しさ満点ですね。何かあなたに隠し事をしているのではないですか?」
「ヨ、ヨミさんはそんなことしません! そもそも、あなたが本当のことを言っているかどうかだって怪しさ満点です。デタラメを言っても無駄ですからね」
「この状況でデタラメやジョークを言うメリットはありません。まあ、信じていただけないならそれでも結構。敢えていばらの道を歩むのもまた人の道というものですから」
ガチャリ――。
ジェミナが言い終えた瞬間だった。
玄関の方向から、扉が開く音が聞こえてきた。
「誰かが来たみたいですよ」
「師匠が帰ってきたのでしょう。あなたはここで待っててください」
ジェミナはそう言い残し、軽快な足取りで“師匠”を迎えに行った。師匠というのはやはり、あの巨岩の如く厳つい男のことだろうか。二人の関係性はよく分からないが、行動の節々に師匠への信頼や尊敬が感じられる。果たしてそれは師弟関係だけに留まるものだろうか。もはや師匠と弟子というより、家族同士の関係。しかも親と子ではなく、兄と妹のような……。
「いや、さすがにあり得ませんよね」
エルシャは首を横に振る。世の中には歳の離れた兄妹もいるにはいるかもしれないが、あの二人が兄妹というのはさすがに考えられない。第一、本当に兄妹関係なのだとしたら“師匠”“弟子”と呼び合うのはあまりに歪み切っている。
「それにしても中々帰ってきませんね。何かあったんでしょうか」
ジェミナには待っているよう言われたが、ただ迎えにいっただけにしては時間がかかりすぎている。不安になって聞き耳を立ててみると、玄関の方から何か言い争いをしているような声が聞こえてきた。
◇
「ここがリブラスとかいう奴の根城かな?」
「ど、どなた様……でしょうか……」
玄関に現れた男の姿を見て、ジェミナは絶句してしまう。こんな町はずれにある家を訪れる人物なんてごく僅かで、しかもリブラスが不在の時に玄関の扉が開いたとなれば誰が訪れたかは考えるまでもない。
しかし、実際にそこに現れたのはリブラスではなかった。
全身に纏うのは、嫌味たらしいほどに清潔感のある白装束。
ジェミナの脳裏に、嫌な記憶がフラッシュバックしてしまう。
「この格好を見て分からない? まあ一応名乗っておこうか。僕の名はバルバス。聖竜教団の……幹部さ」
「聖竜、教団……」
「の、幹部だ。ここが一番大事なところだから忘れないでくれたまえ」
バルバスはニコリと微笑むが、目が笑っていなかった。それどころかギョロリと剥き出しになるほどに突き出た目玉で辺りを見回し、くぐもった暗い声でジェミナに囁きかける。
「さて、と。ここいらで本題に入らせてもらおう。僕がここに来た理由はキミとおしゃべりをするためじゃない。用があるのは……向こうの部屋で盗み聞きをしている彼女の方だ」
「――!」
エルシャはドアに貼り付けていた自分の耳を反射的に遠ざけた。どうして存在がバレているのか。いや、それ以上にどうしてバルバスは自分を狙っているのか。
心当たりはある。
思い出されるのはジェミナの言葉。
『あなたを付け狙う勢力は我々だけではないということです』
つまるところ、その勢力というのは聖竜教団のことだった。
そう決定づけるには十分すぎるほどの証拠が揃ってしまった。
エルシャは全身が震え、足も思うように動かなくなる。
一方でバルバスの足音は、だんだんこちらへ近づいてきていた。




