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第92話 双子

「さて。確かキミはリブラス君だったね」


 白装束の医者は、リブラスへ問いかける。


「僕の名前なんてどうでもいいでしょう。そんなことより、妹のことはちゃんと治してくれるんでしょうね?」


「もちろんさ。そういう約束だったからね」


「……」


 リブラスは無言のまま俯く。信用しているとはとても言い難い反応だ。


「まあ、疑われてしまうのも無理はないね。聖竜教団っていう名前からして胡散臭いし」


「じゃあ、なんであなたは聖竜教団なんかに入ったのです?」


「薬の研究をするためさ。薬学にしろ錬金術にしろ、研究というのはお金がかかる。それはキミも分かっているんじゃないかい?」


「まあ、確かにそうですけど……」


「昔の私は意欲だけはあったけど、本当にそれだけだった。そんな時に現れたのが聖竜教団だ。当時の教団はあらゆる分野の研究を進めていてね。その研究資金は、教団の上層部が賄っていた」


「つまり、あなたはその研究資金目当てで聖竜教団に入ったと?」


「そういうことになるかな」


 白装束の医者は悪びれる様子もなく答えた。どことなく師匠に雰囲気の似ている男だと感じた。研究に身を置き続けた人間はいずれこうなる運命になるのだろうか。


「ああそうだ。お近づきの印というわけじゃないんだけど、この薬をキミにあげるよ」


「な、なんですか、これは……」


「怪しいものじゃないよ。私が独自に調合した、疲れを取ってくれる薬だ。キミもいろんなことがあって大変だったろう?」


 リブラスは医者から錠剤を一粒受け取る。見た目は至って普通だ。匂いも特におかしくはない。無臭である。


「それを飲むかどうかは好きにしていい。飲むにしろ飲まないにしろ、キミの妹は必ず治してあげるよ」


「いえ、ご厚意を無駄には出来ません」


 リブラスは一呼吸置いてから錠剤を飲み込む。特に変わった様子はない。

 やはり考え過ぎだったか。そう思っていると、突然体に違和感を覚えた。体が軽く感じるのだ。これまで蓄積されていた疲れが一気に吹き飛んだように感じた。

 たった一粒でこれほどの効果。しかも効き目もかなり速い。

 この薬を調合した男ならば、妹の病気も治してくるかもしれない。

 

 ……そう思った時。

 

 突如視界が暗くなり、全身の力が抜けて倒れこんだ。リブラスの意識はそこで途切れた。


「嘘はついてないよ。私特製の睡眠薬(・・・)を飲めば、疲れは一気に吹っ飛ぶ。とりあえず10時間くらいは眠っててもらおうか」


 医者はリブラスの頬を何度か叩き、完全に眠ったのを確認すると、双子達のいる寝室へ向かい始めた。


「大丈夫。約束は……目的は、ちゃんと果たすからね」




 ◇

 

 

 

「やあこんにちは。キミ達がジェシーちゃんとミーナちゃんだね?」


「だ……誰……?」


 見知らぬ男の姿に、双子達は息苦しそうに答える。わずか数日の間に病状が一気に進行し、赤黒い鎖状の痣は全身を覆いつくすまでに至っていた。


「私はお医者さんだよ。キミ達を治すためにここへ来たんだ(これは……間違いないな)」


 双子の病状を見て、医者は確信する。彼女らは“グラスファ病”に罹っている、と。

 

 グラスファ病は世界的に見ても極めて発症例の少ない奇病だ。医者自身も実際に目にするのは初めてで、持っている知識は既存の医術書から得た情報だけだ。しかし、これほどまでに特徴的な痣が出る症状は他にないだろう。

 

(だが……困ったな……)


 発症例の少ない奇病なだけあって、特効薬は存在しない。聖竜教団に属する医者の彼でも、病状を遅らせるだけで精一杯だ。もちろんそれでは根本的な解決にはならないし、双子の病気を治すという約束も果たせない。


(まあ、約束のことは別にいいか。私は元より約束を守るような人間ではないからね)


 医者はほんのわずかに口角を上げる。特効薬が存在しないのならば、自分が世界で初めて特効薬を作った人間になればいい。そうすれば今までにないほどの賞賛を浴びれるし、教団内の地位も一気に高まる。

 これはチャンスなのだ。

 都合いいことにサンプルが目の前に二つ(・・)も転がっている。


「お医者……さん……? わたしたち、助かるの……?」


「私が来たからにはもう安心だよ。さあ、私にすべて委ねなさい。私を……信じなさい」




 ◇



「――はっ!?」


 リブラスが目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。いったいどれだけの時間眠っていたのか。相当な時間が経っている気がする。窓の向こうに見える景色も、昼から夜に逆転していた。

 とにかく今はジェシーとミーナのことが心配だ。

 一瞬でも医者のことを信用した自分が馬鹿だった。

 疲れを取るためと言いつつ睡眠薬を盛る人間がまともであるはずがない。

 あちこち歩き回ってみると、ある一部屋だけ明かりが灯っている。

 そこはいつも自分たちが眠っている寝室だった。

 勢いよくドアを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「ジェシー……ミーナ……?」


 部屋の隅から隅まで赤い液体が飛び散っている。鼻をつんざくような不快な臭いが部屋の中を満たしている。

 そして、その液体が飛び散っている中心には……二人の妹が横たわっていた。

 全身が傷だらけで、身体のあちこちが色んな管で繋がれている。

 息はまだしているようだが、会話すらできないほどに弱っているのが目に見えて分かった。


「どう、して……こんな……」


 リブラスは膝から崩れ落ちる。

 なぜこんなことになっているのか。あの医者はいったい何をしているのか。

 わけも分からぬまま、ただ呆然としていると、後ろから誰かがやってきたことに気づかなかった。

 それは赤く汚れた白装束に身を包んだ医者で、手には注射器と黒い液体の入った瓶を持っている。

 医者はリブラスの耳元で囁くようにこう言った。


「疲れは取れたかな? 後で妹さん達が目覚めたらキミから礼を言っておいてくれ。キミ達二人のおかげで、世界中の人間が助かるよ……ってね」


「は? ど、どういうことだよ……」


「見て分からないのかい? 彼女たちの細胞や血液からグラスファ病の特効薬が作れそうなんだ! 今まで特効薬が作れなかったのはおそらく単純に量が足りなかった……たとえサンプルが用意できても鮮度が失われると効力は各段に落ちてしまう。けど、二人同時に発症したことで十分な量の遺伝子情報が採取できたのさ! まあ、彼女達はまだ子供だから結果的に瀕死レベルまで傷つけてしまったけど……必要な犠牲なんだと割り切ってほしい。幸い、まだ死んではいないしね!」


 医者は実にウキウキしながら語った。ここまで喜びを爆発させる人間もそうそういない。医者が笑顔になればなるほど、リブラスの額には血管が浮いた。


「何が必要な犠牲だ。何が割り切ってほしい、だ」


「え? 分からなかったならもう一度最初から言ってあげようか?」


「あんたと師匠が似ていると一瞬でも思った自分が恥ずかしいよ。……この外道がッ!」


 リブラスは医者に殴りかかる。

 だが、あまりに直情的な行動は読まれやすい。

 医者はひょいと、おちょくるようにリブラスの拳を躱す。


「危ないねぇ。確かに妹さん達を傷つけたのは悪かったと思うよ? けどさ、どのみち彼女達は助からなかったんだよ。だったら少しでもその命を世界のために役立てる方がいいと思わないかい?」


「人の言葉を喋るな、この悪魔ッ!」


「外道の次は悪魔か。ひどい言われようだ。少し傷ついたよ」


「うおあああーーーッ!」


 リブラスは何度も殴りかかるが、一発たりとも当たらない。まるで大人と子供の喧嘩。いや、実際に大人と子供の喧嘩だ。か細いリブラスの体では大人の男に敵うはずがない。


「もうやめなよ。こんなことしたって時間の無駄だ。もう少しキミは賢いと思ってたのに残念だよ」


「うるさい! うるさい!!」


「駄目だよ全然駄目。いいかい、拳っていうのは――」


「ガハッ!?」


「こうやって、腰を入れて打たなきゃ。腕を振り回すだけじゃ駄目なんだ」

 

 リブラスは腹部に強烈な打撃を受け、後方に吹き飛ばされる。恐ろしいほど重い拳だ。呼吸すらままならない。骨か内臓、あるいはその両方がイカれてしまった。


「まあ、キミの場合は圧倒的にフィジカルが不足しているかな」


「くは、ふふ……ははははっ」


「ん? 何を笑ってるんだい?」


「足元を見てみなよ。そこに塩の跡があるだろ?」


「ああ、確かに魔方陣みたいな模様があるね」


「その通り。ちょうどその場所で、僕は人体錬成を行った」


「なるほどね。けど、それがどうしたんだい? まさか人体錬成で戦える駒を作ろうってわけでもあるまい。そもそも材料が何もないじゃないか」


「いや、材料ならある。大人一人分ちょうどの構成成分がそこにあるじゃないか」


 リブラスは魔方陣の上に立つ一人の人間を指さす。

 相手は何を言っているのか分からない顔をしていたが、程なくしてリブラスの意図を察してしまう。


「は? ……ま、まさか! 材料というのは、私のことか!?」


「やっと気づいたか盆暗!」


「馬鹿な、あり得ない! 生きた人間で人体錬成を行うなど、あまりに非人道的だ! やめろ、やめろぉーーーッ!」


 医者は急いで魔方陣から出ようとするが、時すでに遅し。気づいたときにはもうリブラスは人体錬成を行っていた。


「等価交換の法則に従い、お前の体を再構築する」


「ぎゃああぁぁぁ! と、溶けてく……体が、溶け……て……」


 時間が経つにつれて断末魔は小さくなっていく。しばらくすると、完全に声は聞こえなくなった。医者が立っていた場所には、ドロドロになった半固形状の何かが残るだけだった。


「ジェシー! ミーナ!」


 リブラスはそんなものに目もくれず、双子の元へ駆け寄る。


「お兄……ちゃん……。わたし、死にたくないよ……」


「大丈夫だ、僕が何とかする!」


 まだ生きていることに安心している暇はない。とにかくまずは全身に繋がれたチューブを外さなければ。そう思い、リブラスはジェシーの脇腹に刺さっているチューブを抜き取る。

 

「いぎゃぁぁぁ! うぅぅ……」


 しかし、その判断は逆効果だった。ジェシーの脇腹からは呻き声と共に血が噴き出す。リブラスは慌ててチューブを戻そうとするが、一度抜いてしまったからには中々戻らない。逆に戻そうとすればするほど、傷口を広げてしまう。しかもジェシーが暴れたことによる振動で、ミーナに繋がれたチューブも外れてしまう。……二人の全身から、血が噴き出し始めた。


「ああああああ! 痛い痛い、痛いよぉぉぉー!」


「くそ、どうすれば……! どうすれば二人は助かる……!」


 リブラスは焦りに焦り、錯乱したように頭を激しくかきむしる。その時、ふと背後の半固形物が目に入った。人体錬成の慣れ果てとでも言うべきか。成功か失敗かで言えば、間違いなく失敗したものだろう。たとえ材料が完璧に揃っていても、人体錬成などという神の領域には触れることすら許されない。失敗して当然のものだ。


「あれを、やるしか……」


 だが、他に手があるとは思えなかった。このまま何もしないで妹達を死なせるくらいなら、一か八かに賭けてみる方がずっとマシだ。リブラスはその場に改めて魔方陣を描くと、中にジェシーとミーナを寝かせた。


「今度こそ、必ず成功してみせる」


 リブラスは自分に暗示をかけるようにつぶやく。

 そして――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 少女は目覚めた。そこは自分もよく知る部屋の中だった。水の流れる音が聞こえる。音のする方に目を向けると、そこではリブラスが手を洗っていた。


「あれ? お兄ちゃん?」


「ああ、起きたか」


「ジェシーはどこ? あとミーナも……あれ? ジェシーもミーナもここにいるじゃん。あれ? あれあれあれ?」


 少女は目覚めたばかりで頭が混乱しているようだった。両方の手の平を交互に見ては瞬きを繰り返している。まるで自分が何者か分かっていない様子だ。


「わたし達……あれ? わたし、何やってたんだっけ……」


「まだ寝ぼけているのか? まあ仕方ないか。昨日は色々あったからな」


「色々って、何が色々?」


「色々は色々さ」


「じゃ、じゃあお兄ちゃん――」


「たぶんキミの知っているお兄ちゃんはここにはいないよ」


「え? じゃあ、あなたは誰……?」


「そうだな。とりあえず僕は……私のことは“師匠”とでも呼んでくれ」


「し……師匠?」


「そうだ」


「じゃ、じゃあ師匠……手を洗うのはもう十分なんじゃない?」


 少女が尋ねると、リブラスは視線を自分の手に落とす。


「それがさぁ、落ちないんだよ。……頑固な汚れだよなぁ」


 リブラスの手は綺麗だった。

 しかし、リブラスはそれでも手を洗い続けた。

 見ていて痛々しくなるほど、何度も擦り続けている。


 リブラスはただ俯いていた。

 やがて、夜が明けた。

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