第91話 天秤
リブラスが行った人体錬成には欠陥があった。肉体を構成する成分と、当人を識別する遺伝子情報。たしかにこれら二つの要素は人間を形成する重要な要素だ。しかし、もっとも重要なものが抜け落ちていた。
それは魂だ。
たとえ同じ肉体、同じ遺伝子を持とうとも、そこに魂が宿っていなければそれはただの肉の塊でしかない。魂とは、つまるところその者の記憶に刻まれた足跡だ。肉体は魂を容れるための器にすぎない。
リブラスが行なった錬成は、その器に別の魂をぶち込むという行為に他ならなかった。あの日現れた化け物は、おそらく周囲を漂う悪霊が入り込んでしまったのだろう。
だからこそあのような醜く強暴な姿に慣れ果てた。
人体錬成は錬金術において禁忌とされているが、そもそもとして過去に人体錬成に成功した錬金術師は存在していない。結局、魂を錬金術で造り出すことは出来ないからだ。
所詮人は人。神に近づこうとすることは出来ても、神そのものには成れない。
そして、神の領域に踏み込んだ人間は等しく代償を払ってきた。
それは、まだ子供でしかないリブラスとて例外ではない。
「お兄……ちゃん。わたし達、死んじゃうの……?」
ジェシーとミーナの全身には、赤黒くて奇妙な模様の痣が浮かんでいた。それを敢えて形容するならば鎖だ。まるで全身をがんじがらめにするかのごとく、数日前から発生している。リブラスはおろか、師匠さえも見たことがない症例だった。色々な薬を試してみても当然効果はなく、寝かしつけることしか出来ないのが現状である。
「大丈夫だ、きっとなんとかなる!」
リブラスは手を握り、具体性のない励ましの言葉を投げかける。日に日に弱っていく双子の姿は直視に耐えられるものではなかったが、他にどうすることも出来ないのもまた事実。
「師匠。まさか、僕が人体錬成をしてしまったせいですか!?」
リブラスは泣きつくように師匠へ尋ねた。双子達がこうなってしまったのは、リブラスが化け物を造り出した翌日のことだった。何かしらの関連性があってもおかしくない。
「残念だけど私にも原因は分からない。なにしろ前例がないものでね」
「そうですか……」
リブラスは肩を落とす。こんな答えが返ってくるのは分かり切っていたことなのに。まさか「違うよ」とでも言って慰めてもらいたかったわけでもあるまい。
いつものように双子へ気休め程度の薬を投与したのち、リブラス達は寝室を後にする。
と、次の瞬間だった。
玄関の扉が開き、そこから続々と白装束に身を包んだ集団が入ってきた。
「あなたが錬金術師のケインズ様でしょうか」
集団の先頭に立つ男が話を切り出す。ケインズとは師匠の名前だ。
「確かに私がケインズだ。あなた方は?」
「おっと申し遅れました。我々は聖竜教団。ケインズ様……あなたを国家反逆罪の容疑で連行します」
「国家反逆罪……実に穏やかではない。というか、私が何をしたというのです?」
「それはあなた自身が一番分かっているはずでしょう? まさか人体錬成が罪に問われない事とは思いますまい」
「ええ、確かに人体錬成は重罪だ。しかしながら仮に私が人体錬成を行ったとして、あなた方に私を捕らえる権限があるのですか?」
「おや、ご存じありませんでしたか。我々聖竜教団には王家直属の騎士団と同等の権限が与えられています。そして我々は現国王からの命を受け、あなたを連行しに来たのです」
「なんと……」
師匠は絶句した。それは自分が連行されるショックのせいではない。数年前まで名前だけは聞いたことがある程度でしかなかった聖竜教団が、逮捕を行使出来るまでの権力を手にしていた事実に絶句したのだ。
「よし、連れていけ」
「待ってください!」
リブラスは師匠を庇いだてるように立ちふさがる。いや、庇いだてると言うのは語弊があるか。真に裁きを受けるべきは師匠ではなく、自分なのだから。
「人体錬成に手を出したのは僕です! 師匠は悪くありません!」
「リブラス……」
「お弟子さんですか?」
先頭の白装束が師匠に尋ねる。
「ええ。私のような悪い師匠を庇ってくれる良い弟子さ」
「違います! 連れていくなら僕にしてください!」
「お弟子さんはこう申しておりますが?」
「では逆にお尋ねしますが、彼のような子供に人体錬成などという高度な術を扱えると思いますか?」
「それもそうですね」
「違うんです! 本当に僕なんです!」
リブラスは叫んで訴えるが、白装束の集団は誰一人として聞く耳を持たない。彼の頼りない華奢な体躯では、あまりに説得力というものがなかった。
しかし、それでもリブラスは諦めない。
白装束を鷲掴みにし、師匠の潔白を訴え続けた。
「お願いします! 信じてください!」
「うーむ、ここまで必死に言われると……」
白装束は困ったように頭をかく。
「では交換条件を出しましょう。あなたのお師匠さんをお借りする代わりとして、こちらの彼をここに残します」
「えっ?」
リブラスは困惑し、どういうことか聞き返す。交換条件として指名された白装束は、ただ困惑するリブラスに対して一礼した。まるで最初から示し合わせていたかのように。
「こちらの彼の本職は医者なんです。今のあなたには彼のような人間が必要なんじゃありませんか? ……妹さんのご病気、治してあげられるかも知れませんよ?」
「――っ!」
なぜ赤の他人が妹の病気のことを知っているのか。そんなことを疑問に思う余裕はリブラスにはなかった。医者に診てもらえば、ジェシーとミーナが助かるかも知れない。
だが、その代償として師匠を差し出すことになってしまう。
激しく揺れる心の天秤。
リブラスは頭を抱え、うずくまってしまう。
「……リブラス、顔を上げなさい」
師匠の声がした。
顔を上げると、師匠は笑っているようだった。微塵も物悲しさを感じない、いつもの不敵な笑みだ。
「妹達を助けてやりたいんだろう? たまには自分の心に従ってみろ」
リブラスはもう何を言う事もできなかった。おそらく止めようとしても無駄だろう。とっくに決断した後なのだ、この師匠は。
「私のことなら心配いらないさ。ちょっとの間留守になるけど、帰ってきたらまたチーズパーティーを開こう」
「……」
リブラスは静かに頷き返した。あまりに無力な自分に打ちひしがれるしかなかった。
「話はもう済みましたか?」
「ええ。でも約束は守ってくださいよ」
「分かっておりますよ。では行きましょう」
「し、師匠ぉーー!」
こうして師匠は、聖竜教団を名乗る連中に連れ去られた。




