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第90話 大人一人分の構成成分

 釘一本。

 石鹸一個。

 貝殻粉末1,5kg。

 木炭粉末20kg。

 農業肥料の大袋一つ。

 乾燥した火吹きトカゲの内臓一つ。

 山盛りの塩に、水が入った大バケツ三杯。

 

 そして、なめらかな髪の毛束が一つ。師匠の奥さんの遺品だ。必要な材料はこれで全部。リブラスは塩で描いた魔方陣の中に、各材料を配置した。


「師匠は教えてくれなかったけど、方法はこれで合ってるはずだ」


「お兄ちゃん。いったい何をするつもりなの?」


「さっき言ったろ。師匠の奥さんを蘇らせるんだ」


「そんなことができるの……?」


「錬金術は万能だ。等価交換の法則に従いさえすれば、不可能なことなんてない。大人一人分の構成成分に加え、師匠の奥さんの遺伝子情報。……ジェシー、ミーナ、危ないから離れてて」


 リブラスが精神を集中させると、魔方陣全体がほのかに光り始めた。白煙が上がるほどに熱を帯び始め、魔方陣を描く塩が黒ずんでいく。

 さらには部屋全体が揺れ始め、その振動で壁に掛けてあった燭台のロウソクの火が消えた。窓から差し込む月光がわずかに照らすだけの暗闇が部屋を包み込む。

 黒ずんだ塩は溶けるように広がり、蒸発し、それでもなお熱を発し続けた。

 もうもうと立ち込める白煙が、やがてリブラスを完全に覆いつくした。


「け、煙が……」


 あまりの白煙に、魔方陣の外にいるジェシーとミーナも目をつぶる。

 しばらくして再び目を開けると、白煙の中にリブラスの他にもう一人分の人影が見えた。


「お前達、逃げろッ!」


 唐突にリブラスが叫んだ。明らかに普通ではない声色だった。しかし、あまりに突然のことで二人は動くことができない。やがて白煙は完全に晴れ、もう片方の人影の姿もあらわになった。

 

 ……そこにいたのは、もはや人とは呼べない化け物だった。

 

「ウウウ……アア……」


 奇怪な呻き声が床を這って部屋中に伝染する。顔こそ写真で見た師匠の妻と似ているが、とても同一人物には思えない。目は赤く血走り、口からは粘り気のある涎が垂れている。


「ギシャアアッ!」


 そして、その化け物はジェシーとミーナに狙いを定めた。

 ジェシーが恐怖で腰を抜かし、ミーナもへたり込んで動けない。

 化け物は床を蹴って跳躍し、二人に飛び掛かる。

 とっさにリブラスは魔方陣から飛び出し、二人を庇って覆いかぶさった。

 ちらりとだけ見えた化け物の爪は、恐ろしく鋭い。

 深手を負うのは間違いないだろう。

 しかし、元はと言えば自分の行動がこの結果を招いている。

 いったい何を、どこを間違えたというのか。

 手順が間違っていた? それとも足りない材料があった?

 いや……そもそも人間を製造(つく)ろうとしたことが間違いだったか。

 背後に迫る化け物の気配がより一層強まる。

 もはや焼け石に水でしかないが、痛みに備えリブラスは歯を思いっきり食いしばった。


(来るッ! ……あれ?)


 攻撃がいつまで経っても来ない。

 不思議に思い後ろを振り向くと、武器を構えた師匠が化け物の前に立ちふさがっていた。


「師匠!」


「お前ら、いったい何を呼び寄せた。まさか人体錬成でもしたんじゃないだろうな」


「それは、その……」


「正直に答えろ」


「ご、ごめんなさい! 師匠に喜んでもらおうと思って、亡くなった師匠の奥さんを……」


「くっ、最悪の想定が現実になってしまったか。確かに髪の美しさはアイツそっくりだ。しかし、それ以外は面影すら残っていない。……おかげで心置きなく葬ってやれる」


 師匠は武器をいっそう強く握る。頬を伝う汗が滴り落ちる。目の前の化け物を見据える視線は、実に冷ややかだ。


「まさか殺してしまうのですか!?」


「他に止める方法はないだろ。リブラス、ジェシー、ミーナ……お前達はここから逃げろ」


「僕も戦います! こうなったのは僕の責任ですから!」


「私の言葉が聞こえなかったか? お前達がいても邪魔なだけだ」


「――っ! わ、分かりました。ジェシー、ミーナ……行こう」


 師匠の言う通りだった。リブラスがこの場にいたところでいったい何が出来ようか。こういう時、子供というのはとことん無力だ。強靭な肉体があればせめてもの報いを果たすことが出来たかもしれないが、今この状況で夢物語を語っても仕方がない。リブラスは奥歯をぎりりと噛みしめると、双子を連れて部屋から離れた。

 

 ……そこから先の記憶は、しばらく途切れている。

 

 

 ◇

 

 

 だんだん意識が鮮明になってくる。最も早く蘇った感覚は、聴覚だった。聞こえてくるのは水の流れる音だ。


「師匠……」


「ああ、目覚めたかい」


 相変わらず優しい声色だった。あの化け物。いや、師匠の奥さんがどうなったかは、とても聞くことは出来なかった。流れる水の音は、意識が朦朧としている間ずっと聞こえていた気がする。


「師匠……手を洗うのはもう十分では?」


「それがさぁ、落ちないんだよ。……頑固な汚れだねぇ」


 師匠の手は綺麗だった。

 しかし、師匠はそれでも手を洗い続けた。

 見ていて痛々しくなるほど、何度も擦り続けている。


 リブラスはただ俯いていた。

 やがて、夜が明けた。



《補足》

大人一人分の構成成分


水35L

炭素20kg

アンモニア4L

石灰1,5kg

リン100g

塩250g

硝石100g

硫黄80g

フッ素7,5g

鉄5g

ケイ素7,5g


参考文献

『元素118の新知識』

『ドラえもん』

『鋼の錬金術師』

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