第88話 魂の色
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「はっ?!」
エルシャが目を覚ますと、そこは見知らぬ一室の中だった。身体中に包帯が巻かれているが、痛みは感じない。治療されている。ゆっくりと身体を起こせば、自分がベッドに寝かされていたのが分かった。
「目覚めましたか。身体の調子はどうですか?」
横からの声。振り向くと、そこにいたのはジェミナだった。手錠で繋がれているので当然、かと思いきや手錠は眠っている間に外されていた。
「ええと、おかげさまで大丈夫――じゃなくて! なんであんなことをしたんですか!?」
心配してくれるのは有難いが、そもそもナイフで傷つけたりしなければこうなっていなかった。さらに言えば、誘拐まがいのことをされなければ今頃町から旅立つはずだった。
「不死の薬を作るために、あなたの血が必要でした。あなたの……邪竜の血が」
「何度も言ってますが、わたしは邪竜じゃないです。だいたい邪竜だって言うなら証拠はあるんですか?」
「ありますよ、バッチリと。証拠はこの目です」
ジェミナはその言葉通り、自身の目に指を差す。
「目……?」
「わたくしの目は魔眼です。魔眼は、人の魂の色を見通す力が宿っています」
「魔眼……」
その言葉はエルシャにも聞き覚えがあった。最近だとミデロの友人の……そう、ガウスがその魔眼というものを持っていた。果たして「持っていた」という表現で合っているかは分からない、が。
「でも、魂の色が見えて何が分かるんですか?」
「色とは感情の具現化です。例えば赤は怒りや闘志と言ったものに例えられますし、黒なら憎悪や復讐。そして、その色が濃ければ濃いほど、その色にまつわる感情の純度も高くなります」
「分かるような分からないような……ちなみにわたしの色はなんですか?」
エルシャは恐る恐る尋ねてみた。するとジェミナは俯き、しばらくして視線を落としたまま答えた。
「先ほど申し上げた通りですよ」
「えっ? 先ほど?」
「あなたの色は『赤』くて『黒』い。古びた血液のように『赤黒い』とでも言いましょうか。とてもとても濃い、他の人には見られないようなドス黒い赤さです。……正直申し上げますと、わたくしはあなたのことが怖い。傍にいるだけで鳥肌が立つ気がします」
ジェミナは必死に冷静さを取り繕っているが、言葉の節々からエルシャに対する恐怖の感情が読み取れた。唇もどことなく震え、顔は血の気が引いているのか少し白い。鳥肌が立つというのもあながち冗談には聞こえなかった。
「これまでに沢山の人々を魔眼を通して見てしました。もちろん、赤や黒い色の魂を持つ人は他にもたくさんいます。しかし、あなたほどに鮮明で汚れ切った赤黒さを併せ持つ魂の色は初めてです。あなたはいったい……何者なんですか?」
「そう言われても……そもそもわたしの色が赤とか黒って本当なんですか? 自分で言うのもなんですけど、怒りとか憎しみなんて無縁だと」誤解を解くため、ベッドから身を乗り出そうとするエルシャ。だがその瞬間。
「近寄らないで!」
ジェミナは後ずさってしまう。反射的な行動だった。
「あっ、ご、ごめ、申し訳ございません。悪気はなかったんです。本当に申し訳ございません!」
何度も何度も頭を下げるジェミナ。まるで命乞いをするかのような必死さだった。
「そんなに謝らないでください。もういいですから……」
「申し訳ございません、申し訳ございません……」
エルシャは諫めようとするが、ジェミナはそれでも謝り続けた。ならば話を変えるしかないと思い、エルシャは気になっていた疑問をぶつけてみることにした。というか、それしか話題がなかった。
「じゃあ、あの写真について教えてもらえませんか?」
「写真……?」
「本棚の上に置いてあった写真のことです。あれに写っている人について教えてくれませんか?」
チラリとしか見えなかったとはいえ、あの写真には確実に意味があるとエルシャは確信していた。まったくの他人の写真を飾っておく理由があるようには思えない。あの写真の中の子供たち三人は、絶対にリブラスやジェミナに関係する人物のはずだ。
「それについて教えれば……許していただけるんですか?」
相変わらずジェミナの声は震えている。こうも怖がられると、なんだか自分が悪者になった気になってしまう。だが、話を進めるためにもエルシャは頷いた。
「はい。教えていただけると助かります」
「……分かりました。では」
ジェミナは安堵したように息を吐き、その写真のことを話し始めた。
「まず真ん中に写っている男の人ですが……あの方はわたくしの師匠です」
エルシャは写真の少年を思い出す。そう、中央に写っていたやせ細った少年だ。そして師匠というのは間違いなくリブラスのことだろう。
……あのやせ細った少年とリブラスが同一人物?
「えっ? 師匠って、まさかあの人のことですか?」
エルシャは思わず聞き返してしまう。
「おそらくあなたの想像の通りです」
「で、でも、全然見た目が違うじゃないですか」
「それはまあ、あの写真を撮ったのは20年ほど前のことですので。それだけの年月が経てば見た目も変わると言うものです」
「そ、そういうものですかね……?」
少し納得はいかないが、どうやら写真の少年がリブラスの過去の姿であるのは間違いないらしい。20年という長い月日が、枯れ木のようにやせ細った少年を屈強な大男に変えた……のだろうか?
思い出されるのは少し前に会った町の住人の言葉。
『こう言っちゃなんだけど、線が細くて弱々しい感じの人だったわ』
あの時はリブラスのことを言っているとは思いもしなかった。同じ名前の別人くらいにしか思っていなかった。しかし、こうも偶然が重なると、それが偶然とは思えなくなってくる。
まだ信じ切ったわけではないが、エルシャは写真の少年がリブラスであると認めることにした。
「じゃあ、双子の女の子は誰ですか?」
となると残りの二人だ。真ん中にいる少年がリブラスなら、両脇に立つ女の子は誰なのだろうか。エルシャの心境的には順番に倣って機械的に尋ねたに過ぎなかったが、返ってきた答えは予想だにしないものだった。
「……あれらは、わたくしです」
「えっ?」
わたくしとはつまり、ジェミナのことを差すのだろうか。だとしたら決定的におかしい点が発生する。あの写真は20年前に撮ったもののはずだ。20年という年月は長い。目の前にいるジェミナは、どう見えても子供。エルシャよりも体が小さく、年齢も10歳かどうかくらいにしか見えないのだ。
「えっと、それはどういう」
「ですから、あれらはわたくしです」
「えっと、どちらがあなたですか?」
「ですから、わたくしはあれらです」
「…………???」
エルシャの頭上に大量の「?」が浮かぶ。リブラスのことでさえ理解が追いついていないのに、それをはるかに上回る情報が出てきてしまった。
あれらがわたくしで、わたくしがあれら。
まったくもって理解が出来ない。
「あの、もう少し分かりやすくしていただけませんか?」
「信じていただけないなら別にいいです。どうせ些末なことですので」
本当に些末なことで済ませていいのだろうか。それさえも今のエルシャには判断がつかない。
「もう質問はよろしいですか?」
「あ! 待ってください、最後に一つだけ」
「手短にお願いします」
「ええと、では――」
エルシャは再び写真の様子を思い出す。今度は内容についてではない。そう、それは視点についてだ。
「――あの写真は、誰が撮ったのですか?」




