第83話 とある錬金術師とその弟子
タスマハールに到着し、数日が経過した。芸術の町ならではの賑わいや活気も今日で見納めだと思うと少し名残惜しさもあるが、エルシャ達の旅はまだ終わりではない。次なる目的地を見据え、旅の支度を整えていた。
「準備は出来ましたか? 忘れ物はありませんか?」
ヨミが問いかける。
するとマリーベルはバッグの中から空っぽになった瓶を取り出し、苦虫を噛み潰したように眉をひそめた。
「あちゃー……回復薬が切れてるわ。出発前に買い足しておかないと」
「それならいいお店を知っています。町を出る前に立ち寄っていきましょう」
「へぇー、どんなお店?」
「腕のいい錬金術師さんが店主をやってるんです。効果のほどは私が保証しますよ」
よほど自信があるのか、ヨミは誇らしげに胸を張る。そこまで言うなら見せてもらおうじゃないかと、エルシャ達は荷物を背負い宿を後にした。
そうしてヨミの案内のもと訪れたのは、大通りから少し外れた小道にある小さな建物だった。石造りの外観は古いながらも洗練された雰囲気がある。
しかし、店に入ろうとしたところで一行は違和感に気が付いた。入り口の扉は固く閉ざされ、中の様子も妙に静かだった。これはおかしいと思い窓を覗いてみると、中はもぬけの殻と言っていいほどにガランとしていた。客はおろか、商品を並べる棚すらない。窓の外から見ても分かるほどに埃っぽく、長いあいだ人の手が入っていない様子だった。
「おかしいですね。お休みの日なのでしょうか」
「いやいや、そういう次元じゃないでしょ……」
ヨミの鈍すぎる推理に、マリーベルからごもっともな指摘が入る。少なくとも現在も営業中だとは到底思えなかった。
「おや、どうしたんだい」
するとそこへ、偶然通りかかった町の住人が不思議そうに声を掛けてきた。窓から建物の中を探ろうとする三人の姿はよっぽど奇妙に映ったに違いない。なにせこの店は、とうの昔に閉められたと言うのだから。
「そういえばここ、錬金術師さんのお店だったねぇ」
住人の口ぶりからして、閉められてから相当な年月が経っているのが伺える。
ヨミは住人に、この店のことを尋ねてみた。
「いつ閉まっちゃったのですか?」
「20年くらい前になるかねぇ」
「そうでしたか……残念です」
「それはそうと、どうしてこのお店を知ってるんだい? 見たところ旅の人達って感じだけど」
「そりゃまあ、一度この店を訪れたことがありますから。閉店してしまったのは寂しいですが、とてもいいお店でした」
「訪れたことがあるって……あんたいったい何歳なんだい?」
住人は訝し気にヨミの顔を覗き込んだ。一度訪れたことがあると言っているのに、その容姿はどう見ても十代半ばの少女にしか見えなかったのだ。
「ふふ、見ての通りですよ」
ヨミは口元に人差し指を当てて微笑む。返答が返答になっていない気がしないでもないが、空気に気圧され住人は何も言えなくなった。というより、これ以上言っても無駄な空気を察したのだろう。依然としてヨミは微笑みを絶やさないが、それが却って恐ろしい。
「……ま、まあいいわ。とにかくこのお店は今はもうやってないのよ」
「残念ながらそうみたいですね」
「ああでも、ここの店主さんにはお弟子さんがいたはずよ。そのお弟子さんがいまでも錬金術師を続けているって噂は聞いたことがあるわ」
「そのお弟子さんはいまどちらに?」
「さあ、そこまでは知らないけど。名前なら覚えてるわ。えーっと、確かリブラスという名前だったわね」
「……。ちなみに、どういった感じの方ですか?」
「そうだねぇ。こう言っちゃなんだけど、線が細くて弱々しい感じの人だったわ。錬金術の腕はお師匠さん同様に良かったらしいけど、ちゃんとご飯を食べているのか心配だったわね」
「そうですか。教えていただきありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
住人は軽く会釈し、そのまま立ち去っていった。ヨミは店の前で腕を組み、ふむと考え込むように顎に手を当てる。そして傍らで顔を青くさせているエルシャに視線を送る。反応は全く別だが、思っていることは同じらしい。
「ヨミさん、お弟子さんというのはもしかして……」
エルシャの声は震えていた。リブラスという名前は聞いたことがあるどころの話ではない。以前、エルシャとヨミの前に現れ、そして強烈なトラウマを植え付けて消えた人物の名だ。
「確かに同じ名前ですが、同一人物とは限りませんよ」
そんなエルシャの不安を余所に、ヨミはあっさりした口調で言った。根拠はある。先ほどの女性はリブラスという人物の特徴について「線が細くて弱々しい感じの人」と評していた。二人が知っているリブラス像からは大きくかけ離れているのだ。
「でも、それって昔の姿なんですよね? 20年もあったら外見が大きく変わっても不思議じゃないかもしれません」
もしかしたら、ということもある。たとえごく僅かな可能性と言えど、エルシャには到底無視など出来なかった。もちろんそれに関してはヨミも同感である。
「まあ、用心するに越したことはありませんね。もしかしたらこの町を拠点にしている可能性も十分ありますし」
「ねえ、二人とも。さっきから何の話をしているの?」
マリーベルが不思議そうに尋ねてきた。彼女はリブラスのことを知らない。正直に話してもいいものか悩んだが、やはりここは話しておかねばなるまい。少しの時間を置き、ヨミはコンフィルの地下牢で起きた出来事を詳細に話すことにした。
「そんなことが……私の町で……」
話を聞いたマリーベルはただならない衝撃を受けているようだ。自分の町で、自分の知らないうちに、そんな恐ろしい事件が起きていたとなれば無理もない。想像しただけで血の気が引いていく感覚をマリーベルは覚えていた。
「ごめんなさい。そんなことがあったなんて露とも思わなかったわ」
「気にしないでください。過ぎたことですから」
エルシャは言う。
「そう言われても気になっちゃうわ。それにしてもリブラスだっけ。もう許せないわ! 探し出してとっちめてやるんだから!」
「ははは……同じ人とは限りませんよ」
今度は苦笑いを浮かべるエルシャ。珍しく落ち込んだマリーベルが少し心配だったが、この様子だともう大丈夫そうだ。




