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第80話 奇跡の少女

 翌朝、美術館には多くの人だかりが出来ていた。ちなみに館内ではなく館外。本館ではなく取り壊し予定の別館前である。彼らの視線の先にあるのは、例の『爆弾と少女』の絵が描かれた壁だった。

 

 通常であればタチの悪い落書きということで即刻消されていたことだろう。しかしここは世界中の芸術品が集うタスマハール美術館。しかも突如現れた妙にメッセージ性のある絵ということで、一種のパフォーマンスなのではないかと勘繰ったり、あるいはこの絵に何かしらの意味を見出す人まで現れていた。

 爆弾と少女というある意味対極のものが描かれていることから、何かの風刺なのでは。

 そんな声もちらほらと聞こえてくる。


「くっくっく、残念ながらそこまで深い意味はねえ。この町の奴らは考え過ぎなんだよ。もっとシンプルに生きてみろや」


 と意味深な呟きをするのは、変装をして群衆に紛れ込むミデロだった。隣にはエルシャ達の姿もある。昨夜は完成した絵をゆっくり見られなかった分、朝一で見に来たのだ。

 想像以上に話題になっていたためか、最前列にて見物することは叶わなかった。

 とはいえ、ミデロには魔眼の効力が失われているか確かめる目的もある。

 そう考えると最前列で見るよりも、こうして群衆に紛れながら遠巻きに眺めた方が都合がいい。


「今の言葉、ミデロさんが言うと重みがありますね」


 ヨミは真顔で言ってのけた。おそらく褒めているわけではなさそうだが、ミデロは「ふん」と鼻を鳴らした。


「けど、こんなに注目が集まっているということは、魔眼の効力は続いているんじゃないですか?」


「いや。確実に効果は切れている。以前ならオレが描いたって時点で無条件に賞賛されていたからな」


 とんでもないことを随分さらっと言ったものだ。常人ならば恥ずかしすぎて想像することすら憚れるトンデモ自惚れ発言だが、ミデロが言えば不思議なことに哀愁の方が勝る。


「本当ですか? どう見ても大盛り上がりですよ?」ヨミは疑いの眼差しを向けた。


「確かに騒がしいが、誰一人としてオレが描いたとは気付いていない。魔眼の効力が続いているならそういう反応にはならねえんだ。なにせオレが望んだのはオレが描いた絵(・・・・・・・)が有名になることだ。なら、オレが描いた絵だと認識されなきゃ意味がねえ。要するにそこまで含めての認識改変なんだろうな」


「つまり、以前は何を描いてもミデロさんの絵だってバレてた、と」


「バレてたって表現はどうかと思うが、だいたいは合ってるな」


 ミデロはサングラスとマフラーの下で苦笑を浮かべる。

 一方、最前列にいる見物客達は『爆弾と少女』の絵をどうするかで議論を重ねていた。


「こんな素晴らしい絵、保存しない手はない!」


「でも今日中に建物ごと取り壊されるらしいじゃないか」


「中止を求めよう。署名運動でもすれば結構な数集まるんじゃないか?」


「しかし取り壊し計画はずいぶん前から立てられていたそうだ。今日中にどうなる問題でもないだろう」


「「「うーん、どうしたものか……」」」


 彼らは朝早くから来て最前列に陣取っていただけあり、筋金入りの美術愛好家達であろう。優れた芸術品を残したい気持ちがある一方、美術館側の意向も無視できない。それゆえに板挟み状態のようだ。


「……久しいな、この感覚は。皆が純粋にオレの絵を見てくれている。子供のころにガウスに褒められた時以来だ。やはりオレは大事なものをずっと忘れていたようだ」


 ミデロは遠い目をしながら、ぽつりと呟く。その横顔はどことなく清々しく見えた。


「だが一つ気に食わないこともある。なんだ『爆弾と少女』って! いくら何でも安直すぎるだろ! もっと考えろ想像力を働かせてみろよォォ!」


「え、そこ気にするんですか? わたしは分かりやすくていいと思いますけど……」


 エルシャはミデロの的外れな怒りに苦笑いを浮かべた。やはり彼も芸術家の一人だけあって、変な所でこだわりが強いみたいだ。


「もちろん気にするさ。作品は題名が付けられて初めて完成する。作品の顔とも言っていい題名が適当なんじゃ締まりが悪いだろうよ」


「じゃあ、ミデロさんならどういう題名を付けるんですか?」エルシャは尋ねた。


「そうだな、オレなら――」


 ミデロが何かを言おうとした瞬間、警備員達が群衆と壁画の間に入り込んできた。


「みなさん、直ちに退避をお願いします! ただいまより爆破による解体を行います!」


「「「ば、爆破ぁ!?」」」


 見物客は一斉に驚く。取り壊しがされるのは全員知っていた。だが、方法が爆破によるものだとは誰一人として想像していなかった。爆破なんてしようものなら壁画もろとも吹き飛ばされるに決まっている。解体は許容しつつも壁画は残すという折衷案すらも絶たれてしまった。


「待ってくれ、そこの壁画を取り外してからでも遅くないだろう!」


 一人の紳士が声を荒げて抗議するが、警備員は首を横に振る。どうやら解体した後にも別の作業が控えているらしく、そのスケジュールが狂っては元も子もないらしい。


「危険ですからお下がりください!」


「待ってくれ、ならせめてもう少しだけ『爆弾と少女』を目に焼き付けさせてくれ~っ!」


 紳士はその場に崩れ落ちるが、無慈悲にも警備員達は彼の身体を引き離していく。そして数分後には人だかりもいなくなり、粛々と爆破解体が行われる運びとなった。

 響き渡る轟音。崩れ落ちていく瓦礫。舞う砂煙。鳴りやまぬ悲鳴。

 群衆は遠巻きに一連の様子を眺めていたのだが、誰一人としてその場を動こうとはしなかった。せめてばかりの抵抗だろうか。皆一様に顔を引きつらせながら、ただただ目の前で展開される悲惨な光景を傍観している。

 こうして爆破解体作業は、無事成功に終わった。


「ああ……せっかくの名作が……」


「まったく、なんと嘆かわしいことか」


「ん? おい、アレを見てみろ!」


「アレは……」


 群衆の視線は一斉に指を差した方へ向けられる。するとそこには、瓦礫の中に埋もれた壁画の一部……それもまったく無傷の『少女』の石片があったのだ。


「なんということだ! まさかあの爆発から生き延びたというのか!」


「奇跡だ!『奇跡の少女』だ!」


 先ほど膝から崩れ落ちていた紳士が、瓦礫の中から『奇跡の少女』を運び出す。どうやら上手いこと爆発を躱していたらしく、傷一つなかった。

 奇跡の少女を群衆に見せつける紳士。

 すると人々から割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こった。


「素晴らしい! これぞ真の名作だ!」


「美術館に展示するべきではないか!?」


 爆発直後の悲壮感から打って変わり、群衆は爆発から生還した奇跡の少女に沸き立つ。この展開はさすがのミデロも予想外だったようで、サングラスの裏で目をぱちくりさせた。


「はは、なんてこった。名作が生まれる瞬間を目撃しちまったぜ」


「なぜ他人事なんですか。あの『奇跡の少女』を生み出したのは紛れもなくミデロさんですよ?」


 ヨミも苦笑いを浮かべながら、ぼそりと呟く。


「おいおいやめろよ『奇跡の少女』ってのは。あの名作に付けるべき題名はそんなありきたりなものじゃねえ」


「では、どういう題名を?」


「言うなればアレは――」




〈第三章前編『魂は瓦礫の中に』・完〉

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