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第78話 不安定な価値観

 それからさらに歩き続けると、やがて開けた場所へ出た。どうやらここがミデロの目的地であるらしい。先ほどまでの鬱蒼とした雰囲気とは打って変わり、明るくて温かい光が周囲を照らしていた。心なしか空気も澄んでいるように感じられる。

 そして中心部には、丸太を組み立てて出来た小屋がひっそりと佇んでいた。

 ミデロは躊躇することなく小屋の扉を開ける。そんな思い切りの良すぎる行動にギョッとしつつも、エルシャたちはミデロの後に続いた。


「……誰かと思えばお前か、ミデロ」


 中にいたのは一人の男だった。椅子へ腰かけ、やたら分厚い本を読んでいる。年齢はミデロとほとんど変わらないように見えた。大方の予想通り、彼がミデロの言っていた古くからの友人であるらしい。


「それが十数年ぶりに会う人間への挨拶か?」


 ミデロは半ば呆れたように言う。


「なんだ、もうそんなに経っていたのか。月日の流れとは恐ろしく早いものだ」


「おいおい、まさか今がいつなのかも分かっていないのか?」


「悪いな。魔の森に移り住んで以来、時間というものは一度も気にかけたことはないんだ。それにしてもお前と会うのも十数年ぶりか。道理で老け顔にもなっているわけだ。最初は不審者がやってきたのかと思って驚いたぞ」


「それはお互い様だろ。お前だって昔に比べたらずいぶん老けちまったもんだ。鏡見ることすら止めちまったのか?」


「馬鹿にするな、鏡くらい見て……おや?」


 と、そこでようやくミデロの後ろにいる三人の存在に気が付いたのだろう。今度は友人がギョッとした表情を見せた。


「おい、ミデロ。お前まさか……」


「ああ、気にすんな。こいつらは勝手に付いてきただけだ」


「娘がいたのか? しかも三人もいるとは驚きだ」


「……お前な」


 ミデロはわざとらしく頭を抱えながらため息をつく。当然三人は娘ではないのだが、面倒なので「まあそういうことだ」と説明を放棄してしまった。


「そうかそうか! 道理で三人とも顔つきがお前に似てると思ったぞ!」


「似てません! 適当なこと言わないでください!」


 マリーベルは激しく訂正を求めた。十数年ぶりに再会したということで、黙って二人の会話を見守ろうとしていたが、さすがに見過ごすわけにはいかない事態となったのだから仕方ない。

 どうしてこうも自分の周りにいる大人はみな適当な人間ばかりなのか。大人になるにつれてだんだん適当になっていくのが人間という生物だとでも言うのか。


「すまない、少しからかい過ぎた。君たちがミデロの娘じゃないことくらい初めから分かってたさ。あのミデロが三人も娘を持つ甲斐性なんてあるはずないからな」


 男は笑いながら言った。特に悪意はなさそうだが、この男もなかなかに変わっている。


「おい、ガウス。オレ達はお前の冗談を聞くために来たわけじゃないんだぞ」


 やはり彼がミデロの話の中に出てきたガウスという男らしい。想像していたよりもだいぶ気さくな人物なようだ。もしくは、ミデロの語り口調がやたら重々しかっただけで、実際はこんなものだったのかもしれない。

 ともかく十数年振りの再会とは思えないほど、二人は軽い口調で会話を交わしていた。


「そうか。まあそうだろうな。では用件を聞こうか」


「……魔眼だ。オレのために使ってくれた魔眼の力だが、そいつを解除してほしいんだ」


「ほう、それはまた随分と我儘な頼みだな。今の世界は、お前が自ら望んで造り変えたんじゃないのか?」


「ああ、確かにそうだ。我儘で、身勝手な頼みなのも分かっている。甘い汁を吸った罰は必ず受けるつもりだ。だからとは言わんが、オレの最後の望みを叶えてほしい……」


 そう言って、ミデロは深々と頭を下げた。


「なるほど、お前の気持ちは十分に理解できるよ。……しかしだ。そうしたいのは山々なんだがな」


「し、しかし……何だって言うんだ?」


「お前の望みは叶えられそうにない」


「なぜだ!? なぜ叶えられないんだ!?」


「お前の望みは、もう叶っているからだ」


「……は?」


 ミデロは間の抜けた声を漏らした。あまりにも突拍子のない返答に、驚きを隠せないようだった。


「おいおい、そいつはどういうことだよ」


「俺の魔眼の効力はずいぶん昔に切れている。すべての生き物に寿命があるのと同じで、魔眼にも寿命があったということだ」


「それはいったい何時(いつ)からなんだ?」


「お前に魔眼の力を行使してしばらく経った後……つまりお前が画家としての絶頂に立っていた頃だな」


 嫌味なのか天然なのか。ガウスの口調が自然過ぎる故に判断できないが、ミデロにもとやかく言う資格はなかった。


「じゃあ……なぜ俺の絵はいつまで経っても評価され続けているんだ!?」


「ふっ、お前も中々だな。そんなナルシストめいたことを言う奴、他にはいないぞ」


「茶化さないでくれ!」


「昔、言ったじゃないか。言葉にしろ絵にしろ、ありとあらゆるものは『何をやったか』ではなく『誰がやったか』が重要なんだと。モノの価値を左右するのはそういった不安定な価値観なんだと、お前自身が言ったじゃないか」


「じゃあ……つまり……」


「お前の名はすでに広く知れ渡っている。魔眼による認識改変に頼らずとも、すでに『お前が描いた絵』っていう時点で一定の評価が得られる段階に入ったんだよ」


「……っ!」


 ミデロは絶句した。今の話が信じられないというよりも、自分がその事実にずっと気が付いていなかったことに衝撃を受けたようだ。


「そうか……そうだったのか。いきなり邪魔して済まなかったな。オレは帰ることにするよ」


「え、もう帰っていいんですか?」


 エルシャは思わず驚くが、ここにいても進展はない。ここは素直に引き下がるしかなった。

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