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第76話 幻影が見せる片隅の記憶

 ◇

 

 

「あの……み、皆さん、どこへ行っちゃったんですか……?」


 エルシャもまた、濃霧の中に一人取り残されていた。声を振り絞ってみても返事は返ってこず、ただ虚しく木々のざわめきが返ってくるのみ。さっきまで四人全員で固まっていたはずなのに、本当にどこへ行ってしまったのだろうか。

 叫び続けることにも疲れてきたので、他の三人を探しに行こうとしたが、ギリギリのところで踏みとどまった。土地勘がなく、視界も悪い場所を彷徨うのはさすがに危険すぎる。一応まだ最低限の判断力は残っているようだ。

 

 しかし、待つにしてもいつまで待てばいいのか。

 何も見えない、終わりも見えない。いつまで経っても迎えが来るとは限らない。

 そんな状況下で待ち続けるのは、精神的に辛かった。

 

 何か出来ることはないのか。

 ここを動かずとも出来ること……。

 とりあえずエルシャは、白い濃霧の中に目を凝らしてみることにした。

 さっきまで四人とも近くにいたのだ。案外近くにいるのかもしれない。


「あれは……誰でしょうか……」


 すると、すぐに人影のようなものを見つけた。薄っすらとだが、確かに霧の向こうに映る誰かの人影を目にしたのだ。

 

「あのー! わたしはここにいますー!」


 エルシャが叫ぶと、人影はこちらへ向かってくるのが分かった。

 距離が近づくたびに、ぼやけた輪郭は徐々に鮮明になっていく。

 やがて、人影は霧の中から姿を現した。


「おや、エルシャじゃないか。久方ぶりだねぇ」


「あ、あなたは……」


 人影の正体はマリーベルでもヨミでも、ましてやミデロでもなかった。それどころか顔の部分だけ未だにぼやけており、異様な不自然さを醸し出していた。


「どうしたんだいエルシャ。まさか、我のことを忘れてしまったのかい? ひどいねぇ、我はずっとエルシャのことを忘れてなかったというのに」


「す、すみません……」


 顔だけが思い出せない。

 いや、名前もか。

 しかし、聞き覚えのある声なのは確かだった。男とも女ともつかない声であった。


「まあいい、お前にも事情があるんだろう? 我は心が広いから許してあげるよ」


「はぁ、ありがとうございます……」


 どうして感謝しているのか。何に対して感謝しているのか。エルシャにも分からない。


「はは、礼には及ばないさ。その代わりと言っちゃなんだが、一つ頼みごとを聞いておくれよ」


「頼みごと……なんですか?」


 エルシャがそう尋ねると、ぼやけた人影は不思議なことに笑ったような気がした。


「じゃあさ。死んでくれよ。今、ここで」


「……え?」


 言っている意味が分からなかった。だが、決してふざけて言っているとも思えなかった。相変わらず顔はぼやけているが、どういうわけか強い殺意だけはハッキリと感じ取れるのだ。

 次の瞬間、エルシャは得体の知れない恐怖に飲み込まれていた。

 全身が震え、足がすくむ。呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が激しくなり、生存本能が逃げろと訴えかけてくる。だが逃げられない。

 目の前にいるこの人影は危険だと頭が訴えかけてきても、身体は微動だにしないのだから。


「お前一人のために、いったいどれだけの人間が死んだと思っているんだい? 心当たりはあるはずだ。最近だってほら、お前の友人の妹が死んだ。お前が龍の雫を飲まなければ、妹クンは死ななかったはずじゃないかな?」


「それは……」


「それは何だって言うんだい? 正しいです、とでも言うのかい?」


「うぅ……!」


 呼吸がさらに荒くなり、エルシャはもはや喋ることすら出来ない。

 

「本当は分かってるんだろう? 何もかも覚えてるんだろう? ……だったら尚更じゃないか。責任取って死んでくれ。今、ここで! さあ、早くしろ!」


「うぅ……うううう……!」


 呼吸だけでなく、全身の震えがより一層ひどくなる。もう立っていることさえままならない。今のエルシャに出来ることは、ただ呻き声を上げること。そして、人影の頼みを受け入れること――。


「エル!」


 その時だった。

 背後から再び聞き覚えのある声が聞こえ、同時に顔の傍を火球が掠め通っていった。

 直後、火球は人影に直撃し、激しい爆発を引き起こす。

 衝撃でエルシャの体は後方に吹き飛ばされるが、何者かによって受け止められた。


「エルシャさん、ご無事ですか?」


 受け止めてくれたのはヨミだった。近くにはミデロの姿もある。そして先ほどの火球を放ったのは、やはりマリーベルだった。


「は、はい……ありがとうございます」


 震える声でエルシャは感謝を伝える。

 三人の姿は幻影などではなく、確かな本物であった。


「おい、本当に大丈夫なのか!? いったい何を見た。いったい誰の幻影を見たんだ……!?」


 よほどエルシャの様子が尋常ではなかったのだろう。ミデロは心配そうに声をかけてくれた……つもりだったのかも知れないが、鬼気迫る雰囲気のせいでもはや尋問だった。


「すみません、か、顔が……」


「ミデロさん、顔が近すぎます! エルもそう言ってるのでやめてください!」


「おっと、すまねえ」


 よほどエルシャが困り果てていたのだろう。マリーベルが助け舟を出してくれた。しかし本当に言いたかったのは顔の距離ではなく、顔がぼやけていて誰なのか分からなかったことなのだが……。


(……まあ、いいのかな?)


 うまく説明できる自信もないので、二人には勘違いさせたままにしておくことにした。

 いつの間にか霧も晴れており、一行は再び森の奥を目指して歩き始める。

 それにしても、あの人影はいったい誰だったんだろう。

 ミデロが言うには、霧が生み出す幻影は記憶から作り出されるらしい。

 だとすれば、あの人影は――。

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