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第73話 魔眼の神髄

 ミデロの口から魔眼という言葉が出た瞬間、部屋の空気は少しばかり張り詰めた。こんな場所で、こんなタイミングで、しかもこんな人物の口から聞くとは夢にも思わなかったであろう。

 様々な疑問が頭の片隅に芽生える中、ミデロは独り言のように話し始めた。


「おっと、その前に魔眼がどういうものかっていうのを話す必要があるか」


「魔眼って、確か人の魂の色が見えるっていう……」


 マリーベルは知っている風を装うが、所詮は本で得た知識に過ぎない。魔眼の神髄は、もっと奥深くにあるとミデロは言った。


「確かに魂の色が見えるってのも一つの能力だが、魔眼にはそれぞれ固有の能力が眠っているという。ただまあ、それを引き出せるかどうかは個々の器量によるけどな」


「やけに詳しいんですね。もしやあなたも魔眼持ちなのですか?」


 ヨミが問いかけると、ミデロは首を横に振った。


「いや、魔眼を持っているのはオレではない。オレの古くからの友人だ。……と言っても、かれこれ10年以上は会っていないがな」


「なるほど、あなたのご友人が魔眼を持っているということは分かりました。しかし、あなたが先ほど言った『芸術家を名乗るのもおこがましい卑怯な人間』とそれがどう繋がってくるのですか?」


「さっきも言った通り、魔眼にはそれぞれ固有の能力が眠っている。オレの友人の場合は……認識改変だった。絵がなかなか売れずに困っていた昔のオレは、友人に頼み込んで『オレの絵が素晴らしい物』だという風に認識を改変してもらったんだ」


「ということは、つまり……」


 ヨミは何かに気づいたようだ。それに呼応するかのように、ミデロも深く頷く。


「そうだ。オレの絵が評価されているのも、オレが有名な画家になれたのも……ぜんぶ認識改変能力のおかげだ。ぜーんぶ偽りなのさ。これで分かっただろ、オレがいかに卑怯な人間かってのがな」


 ミデロは自虐的に笑い、天を仰ぐ。その様はまるで砂漠に一本だけ生えた枯れ木のように、どうしようもなく哀愁に満ちていた。


「嘘です! 私はちゃんと、自分の心であなたの絵を素晴らしいと思いました!」


 マリーベルはミデロに向かって叫ぶ。しかし、その叫びも虚しく彼の耳には届かない。慰めも心遣いも無駄だと一番理解しているのは、他ならぬミデロ自身であったからだ。


「いいや、違うね。お前はそう思わされてるだけだ。認識が改変されていることなんて、普通は気付きようがないからな」


「そんな、ことは……」


 マリーベルは反論するも、いつもの元気さはなく、声色は今にも消え入りそうなほど弱々しい。


「じゃあ聞くが、空が青いことに疑問を持ったことはあるか? 血が赤いことに疑問を持ったことはあるか? 太陽が昇って沈み、また昇ってくることに疑問を持ったことはあるか? ないだろう?」


「な、何が言いたいのですか……?」


「それが認識改変の力というわけだ。空が青いのは当たり前。血が赤いのも当たり前。太陽が昇って沈み、また昇るのも当たり前。それと同じようにオレの絵が……特に、最近作った絵が優れていることに疑問を持つ奴はいないのさ」


 またしてもナルシスト発言か、などと思う者は誰一人としていなかった。彼の言葉には妙なリアリティーがある。完全に納得したわけではないが、魔眼を用いて認識改変をしたのは今のところ認めざるを得なかった。

 だが、まだ解消されていない疑問があるのを忘れてはいないだろうか。

 それは、エルシャをこんなところまで呼び寄せた理由についてだ。


「しかしキミだけは違った。キミは私が適当に作った意味不明な絵ではなく、あの海と砂浜の絵が好みだと言ってくれた」


「確かにそんなことを言った気がしますが……いったいどういう理由でわたしに名刺を渡したのでしょうか……」エルシャは困惑気味に尋ねた。返事はすぐに返ってきた。


「初期に描いた絵には認識改変の力を使っていない。その頃はまだ若かったし、夢も希望も残っていたからな」


 と、ミデロは青臭いというか世知辛い言葉を連ねるが、要するに作風の変化には理由があったということらしい。

 認識改変の力を使えば、どういう絵を描いても人気と賞賛と富を得ることができる。

 ならば描くのに時間と手間がかかる風景画を描くよりも、頭も時間も使わずに描ける抽象画もどきを作ることを選んだというわけだ。

 それとミデロはおそらく意識していないが、風景画に対しては「描く」という表現を使い、抽象画もどきに対しては「作る」という表現を使っている。無意識下での意識。その二つの間には、明らかな境界線があるように感じられた。

 

「つまり、キミだけは私の真価に気付いてくれているというわけだ。本当に素晴らしいことだ」


「はは……ありがとうございます……」


「しかし、なぜキミは認識改変の影響を受けていないんだろうな。いや、受けているにも関わらず作品の真価を見抜いたということも有り得るか。なにせキミは若くして素晴らしい審美眼を持っているのだからな」


「は、はは……」


 なぜエルシャは認識改変の影響を受けていないのか。考えられる理由はただ一つ。つい最近まで石化していたからだ。

 しかし、正直に話しても信じてもらえるわけないし、逆に信じてくれてもさらに面倒なことになるだけ。言わぬが花。エルシャは口をつぐんだ。ただ愛想笑いを浮かべることに注力するのだった。


「……よし、キミに会えたことで決心がついた。十数年ぶりに……あいつに会いに行ってみるか。会って、認識改変の力を解除してもらうんだ」

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