第68話 芸術の町
〈第三章前編『魂は瓦礫の中に』〉
エルシャたちが次にたどり着いた町、タスマハール。ここは別名「芸術の拠点」とも呼ばれており、その別名を象徴するかのように町のいたるところには彫刻が飾られ、建物も細かい装飾が施されたものばかりだ。
また、すれ違う町の住人も一人一人がそれぞれ独創的な服や帽子を身に着けており、そのファッションも町の名物の一つになっているそうだ。やはり芸術とファッションは切っても切れない関係にあるらしい。
人。建物。雰囲気。すべてが見慣れないもので構成されたこの町を、三人は……特にエルシャは目を輝かせながら見回す。一歩、また一歩と進むたびに新しい発見があり、それらが好奇心をくすぐる。そして興奮が冷めやらぬよう、何かを見つけてはマリーベルやヨミに報告していた。
「ほら、見てください。また石像がありますよ。どうしてみんな裸なんでしょうね。どうしてみんな難しい顔して悩んでる感じのポーズなんでしょうかね~!?」
「ちょっとエル、興奮するのは分かるけど少し落ち着いて……」
いつになくハイテンションなエルシャを、マリーベルはたしなめる。やはり石像にはシンパシーを感じずにはいられないのだろうか。
「え? い、いや、そんな、いくらなんでも石像の裸には興奮しませんよ」
あらぬ誤解を受けられていると感じたのか、エルシャは必死に否定した。まあ確かに、ちょっと直視するのは憚れる気がしないでもないが。
「そうじゃないわ。あまりはしゃぎ過ぎたらお上りさんみたいで恥ずかしいから言ってるの!」
マリーベルは小声で訴えかける。実際、このタスマハールは町の規模としてはかなり大きい。それこそマリーベルの故郷であるコンフィルとは比べ物にならないだろう。
だがよく考えてみてほしい。この町の住人は芸術家やデザイナーになる夢を追って田舎から出てきた人間が殆どではないだろうか。通りすがる人々の格好の煌びやかさに圧倒され、物事の本質を見失ってはいないだろうか。つまるところ彼らは皆同類なのだ。そう、それこそマリーベルと同じ田舎者――
「私の町は田舎じゃないわ! 確かにここと比べると田舎かもしれないけど、住むのに不便しないくらいには発展してるわ!」
「マリーベルさん、何を興奮しているのでしょう」
「さあ。でも気持ちは分かりますよ。不意に叫びたくなる時は誰にでもあるものです。まあ、私にはありませんけど」
「は、はぁ!?」
ヨミが発した無自覚な一言が、マリーベルの心にトドメをさした。だがヨミの言葉には一理どころか百理あるのもまた事実。大きな町に来たからといって、他人の目を気にして気取った振る舞いをする必要はない。
むしろ自分らしく堂々と闊歩すべきではないだろうか。あるいは無邪気に目に映るものすべてに目を輝かせていた方が、自分に素直な生き方をしていると言えるのではないだろうか。果たして他人に胸を張って生きていると言えるのはどちらだ。そう、それは考えるまでもないことのはずだ。
マリーベルは長い葛藤の末、最終的に素直になろうという結論に至った。
それによく考えてみれば、マリーベルの故郷コンフィルには300年の歴史がある。一つの町がそれだけの長い期間にわたって栄え続けるのは、かなり稀有なことだと言えるだろう。
そう思えばマリーベルのテンションもすぐに平常に戻った。
コンフィルは胸を張って自慢できる故郷というわけだ。
「ほらほら見てください、上半身が魚で下半身が人間の足という石像もあります。こんな感じ生き物がどこかにいるんですかね~!?」
「あれは半魚人です。今のところは空想上の生物ですが、もしかしたら海の底なんかに住んでいるかもしれませんね」
未だ興奮冷めやらぬエルシャに、ヨミは穏やかな口調で対応する。まるで子供をあやす母親のようだ。
「海? 海ってなんですか?」
「水のたくさんある場所のことですよ。広くて、しょっぱくて、大きな生物がいっぱいいるんです」
「へぇー。また一つ勉強になりました」
エルシャには記憶がない。だからこそ目に映るものすべてが新鮮に見えるのだ。ありとあらゆるものが美しく、輝かしいものに思える。そういった完成の持ち主こそが、後世に残るような芸術作品を残せるのかもしれない。
……と、ヨミはふと思うのだった。
「さあ、そろそろ見えてきましたよ」
ヨミが視線を向けた先には、宮殿のような外観の巨大な建物があった。その名も王立タスマハール美術館。芸術の拠点という別名に恥じない、世界でも類を見ない規模を誇る美術館である。
噂によるとこの美術館には、世界で初めて描かれた「光の魔女エルシャの肖像画」が寄贈されているというのだ。




