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第67話 杖の完成と試運転

 翌朝。

 寝室を出た三人の元へやってきたのは、杖職人の老人だった。一晩中作業をしていたためか目は赤く充血し、足取りはフラフラ。自慢の立派な白髭も毛量が三割減といった具合にへなへなになっていたものの、約束通り杖は完成させてくれていた。


「で、出来たぞ……さあ受け取れい」


 だが老人は、マリーベルに杖を手渡す前に、力尽きたかのように床に崩れ落ちてしまう。しかしながらふと目に入った顔は、実に満足そうな表情をしていた。

 

「ちょっとお父さん、大丈夫!?」


「心配はいらん、わしゃこの通り全然大丈夫だ!」


「そうは見えないわよ!」

 

 おかみさんは慌てて老人を抱きかかえると、どうにか椅子に座らせた。

 そして、肝心の杖はどうなったのか?と、満足気に横たわる杖職人の様子を窺う。完成した杖は、皆が想像していたよりも遥か上の出来栄えだった。

 全体の色は黒一色に統一されており、先端には魔獣が遺していった赤紫色の魔石が埋め込まれている。長さはマリーベルの身長とちょうど釣り合うぐらい。実に彼女に相応しい杖だ。

 

「ほれ、ちょっと持ってみれ」


 言われるがまま試しに持ってみると、それは見た目に反して軽く、そして手に馴染む。まるでずっと以前から使っていたかのようであった。


「どうだ。握り心地は」


「うん、悪くないわ。むしろ最高って感じね!」


「そりゃそうだ。なにせこのわしが作ったんだからな」


 王都で杖職人をしていた老人は、誇らしげに鼻を高くしていた。杖の作成は数年ぶりだとは言うが、その腕は全然衰えていない。今すぐ現役復帰してもいいくらいだ。杖職人の自信は、実に立派な出来栄えの杖を見れば納得であった。


「もちろん立派なのは見栄えだけではないぞ。魔法を発動する際の魔力消費も大きく軽減できるはずだ。なにせあの忌々しい魔獣が遺していった魔石だけあって、質はそこらへんで売ってる杖に埋め込まれた魔石とは比べ物にならん。まあ色々言われるより試してみるのが一番だが……さすがに村の中では試せんな」


 より強い魔物ほど、より質の高い魔石を遺す。魔石に秘められた魔力の質は、魔獣の強さを如実に表していると言える。認めるのは悔しいが、トージョはかなり手ごわい相手だった。そんな強敵が遺した魔石に秘められた魔力は、恐らくかなり強大なはず。

 マリーベルは手に馴染む杖の感触をひとしきり楽しんだ後、そわそわとエルシャやヨミを見つめる。早く魔法を使ってみたかったのだ。


「そうですね。マリーベルさんのご要望にお応えして、さっそく旅立つとしましょうか。エルシャさんもそれでいいですか?」


「はい。わたしもマリーベルさんの新しい杖の性能がいかほどか、早く見てみたいです」


 マリーベルの心を代弁するかの如く、エルシャはわくわくした様子で杖を見つめる。まるで心を見透かされていたようで、マリーベルは少し顔を赤らめさせていた。


「お前さんたち、もう村を出るのか? 行先はどこだ?」


 杖職人の老人は寂しそうな顔をしながら聞いてきた。


「とりあえず王都方面に向かってみるつもりです」


 とヨミが答えると、杖職人の老人はちょうどいいと言わんばかりに、ある情報を教えてくれた。


「なら村の北側にある橋を通っていくといい。昨日までは壊れてて通れなかったんだが、お前さんたちが魔獣を倒してくれたおかげで一気に修理が進んだようだからな」


 村の北側には谷があり、向こう側へ渡るための橋が架かっていたそうなのだが、魔獣の出現と同時に破壊されてしまったらしい。修理しようにも資材を盗まれたりなどの妨害が続き、作業は難航していたそうだ。おそらくどちらもトージョの仕業なのだろう。それにしても橋の資材までもが盗みの対象になっていたとは驚きだ。


「そうなんですか。教えてくださりありがとうございます」


 旅の支度はもう整っている。ヨミは老人に礼を言うと、さっそくエルシャとマリーベルを連れ立って宿屋を出る。三人は見送りに来てくれたおかみさんや杖職人の老人と別れの言葉を交わしたのち、橋があるという場所を目指して歩き始めた。そして、しばらく歩き続けると、谷の両端に架けられた木造の立派な橋が見えてきた。


「いろいろありましたけど、この村に立ち寄ってよかったですね」


 エルシャは橋を歩きながら、村でのことを思い出しながら言ってみた。

 

「そうね。魔獣を倒して村は平和になったし、杖も手に入ったし、しかも近道も出来る。本当にいいことづくめだったわね」


「あとは手ごろな魔物が出てくれれば完璧ですね。マリーベルさんも杖の性能を試してみたいですよね?」


 いつになく好戦的なことをエルシャは言う。本音を言うとエルシャ自身が一番杖の性能を見てみたかったのだ。


「確かに試してみたいけど、そう都合よくは……」


「ぎょえええっ! た、助けてくれーっ!」


 都合よく誰かの悲鳴が聞こえてきた。いや、都合よくだの何だの言っている場合ではない。声の感じからしてかなり近くで誰かが魔物に襲われているようだ。すぐに助けに行かなければ。三人の考えは一致する。


「けどこのパターン、つい最近もあった気がするんだけど!?」


「別にいいじゃないですか。杖の性能を試せる。人助けも出来る。いいことづくめだと思います」


 ヨミとのやり取りにも、どことない既視感を覚える。声のした方まで行ってみると、そこにはゴブリンの群れに襲われいる行商人の姿があった。これまた既視感しかない。


「あーもう、細かいこと気にしてる場合じゃないわ!」


 そう言ってマリーベルはさっそく杖を掲げ、魔法を発動。今まで見たこともないような炎の球が、一瞬にして形成されていく。

 

「……えっ?」


 その光景に思わず、魔法を発動した本人が一番驚いていた。まさかここまで大きな火球を作るつもりなど毛頭なかったが、作ってしまったものは仕方ない。勢いそのままにゴブリンの群れへと放り込んでやった。

 

「ぐぎゃーーーっ!」

 

 放たれた炎球はゴブリンを飲み込むと、まるで爆発するかのように一瞬で燃え広がった。周りにいたゴブリンたちはもちろんのこと、その威力に驚いた行商人もたまらず腰を抜かしてへたり込んでしまった。


「あの~、だ、大丈夫ですか……?」


「は、はい! ありがとうございますぅぅう!」


 行商人は礼をしつつも、どこかマリーベルに恐れを抱いているようだった。やがて立ち上がると、何度も頭を下げながらそそくさと去っていった。

 なんだろう。すごく悪いことをしてしまった気分だ。けど、悪い気はしない。気分は晴れやかである。


「これは……想像以上にすごいものを作ってもらったかもしれないわね……」


 マリーベルはそう言って、杖を背中に戻す。


(す、すごい……)


(マリーベルさんには逆らわないようにしましょうね、エルシャさん……)


 一方でエルシャとヨミは、なぜか額に冷や汗を浮かべていた。




〈第2.5章・完〉

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