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第66話 元・王都の杖職人

 宿屋に戻った三人を出迎えたのは、数多くの村人たちだった。彼らはトージョが魔獣化した際にこの宿屋へ避難したらしく、入口の扉やら窓やらから戦いの一部始終を目撃していたとのこと。皆、口々に魔獣を退治してくれたことへの感謝や、あるいは魔獣に騙されて三人にひどい言葉を投げかけてしまったことへの謝罪を述べていた。そしてマリーベルには、ある提案が持ち掛けられていた。


「お前さん、手に入れた魔石はどうするつもりなんだ?」


 話しかけてきたのは、立派な白いひげを蓄えたおじいさんだった。彼は奥の椅子に深く腰を下ろしていたのだが、マリーベルが姿を現すなり重い腰を上げてのそりと近づいてきたのだ。


「杖の素材に使うつもりよ」


 マリーベルはバッグに目をやりながら答えた。バッグには先ほど回収した魔石が丁寧に仕舞ってある。


「ほう。その魔石を売れば結構な大金になるとは思うが、本当に杖の素材にしてしまうのか?」


「えっ」


 老人の思わぬ言葉に、マリーベルの心は揺らぎを見せる。必死に隠そうとしても目は泳ぎ、何より先ほどの「えっ」が彼女の心境を事細かに表している。


「ちなみに……どれほどになるのかしら?」


「うむ。遠目にしか見取らんが、遠目からでも分かるほどの大きさと輝き。この先数か月分の食事に高級デザートを付けても釣りがくるだろうて」


 マリーベルの心が更に揺れ動く。心なしかエルシャとヨミの耳に「じゅるり」という謎の音が聞こえた気がしないでもないが、きっと気のせいに違いない。その証拠にマリーベルはギリギリと歯を軋ませつつも、ギリギリのところでなんとか踏ん張っていた。


「あの、マリーベルさん」


「大丈夫よエル。目的は忘れてないから……」


「そうですか、よかったです。さすがに高級デザートになんかには釣られませんよね」


「ええ、当たり前じゃない……。私を誰だと思っているわけ……?」


 マリーベルの声は震えていた。エルシャに返事をしたつもりなのかも知れないが、どう考えても自分に言い聞かせているようにしか感じられなかった。


「ほうほう、そうかそうか。考えは変わらないんだな?」


 老人は確認を取るように言ってくる。


「ええ、変わらないわ。というかさっきから気になってたんだけど、どうしてあなたが魔石の使い道を聞いてくるわけ?」


「ほっほっほ。お前さんが構わないと言うなら、わしが杖を作ってやろうと思うてな」


「え、あなたが? いったいどういうこと?」


「お前さん、今すぐ杖が欲しいじゃないのか?」


「それは……もちろん」


 出来れば気が変わらないうちに杖にしてしまいたい。


「だが、この村には魔道具屋なんて存在しないぞ?」


「え、そうなの?」


 この村は大して広くない。魔獣や盗難被害について情報収集をしているうちに村の中はあらかた巡り終えていた。その記憶を辿ってみると確かに、魔道具屋らしきものは存在しなかった。ヨミに確認を取ってみても、やはり首を横に振るだけだった。


「そこでだ。わしにその魔石を預けてみないか? わしなら一晩あれば杖に加工してやれる。もちろん魔獣を倒してくれたお礼に、代金は貰わん」


 老人はそう言うが、いまいちどころか全くと言っていいほど乗り気にはなれなかった。第一、杖の加工には相当な技術を要するのだ。その辺の素人に任せられる仕事ではない。

 それに、簡単に渡して返ってこなかったらどうする。苦労して手にした魔石が水の泡ではないか。老人は頑固そうで犯罪においそれと手を出すようには見えないが、人は見た目に寄らないというのをこれでもかというほど味わったばかりだ。

 そういう事情を考慮し、マリーベルは丁重に断ろうとした。


「あら。その人は確かに頑固だけど、杖作りの腕だけは確かよ?」


 そう言ってきたのは、宿屋のおかみさんだった。彼女は朗らかに笑いながら、老人の横に並び立つ。


「え……そうなんですか?」


 困惑気味にマリーベルが言うと、おかみさんはさらにこう返してきた。

 

「この人は私のお父さんなの。若いころは王都で一番の杖職人! ……なんて言われたりもしたわねぇ」


「え! そうなんですか!?」


 先ほどと全く同じ言葉を言いつつも、今度のは明らかに期待と熱が込められていた。


「ええ、そうなのよぉ。今は引退してこの村で隠居してるんだけど、あなたが手に入れた魔石を見て杖職人の血がうずいちゃったんだわ」


「ふん。わしの言葉は信じないくせに、娘の言葉は信じるのか」


 対応の差に温度差と疎外感を感じたのか、老人もとい杖職人の男は拗ねてしまった。面倒くさい。

 

「いえいえ、そういうつもりじゃなくて……。ご厚意に甘えてもいいんでしょうか?」


 だが、おかみさんの言う通り、老人が腕の確かな杖職人だということはひしひしと感じる。先ほどちらりと見えた手のひらには、長年の研鑽を思わせるほどたこが出来ていた。それに何より、目だ。鋭い眼光の奥にある光は決してただの老人が持っていいものではない。

 マリーベルは改めて頭を下げ、魔石を差し出した。老人は満足そうな笑みを浮かべてそれを受け取り、力強く頷いた。


「うむ。ではさっそく杖の制作に取り掛かる。明日の朝までには出来とると思うから首を長くして待っておれ!」


 そう言い残し、老人は近くの部屋に閉じこもってしまう。


「あ、お父さん! そこはお客さん用の部屋ですよ?!」


「別にいいだろ! どうせ満杯になんかならんだろうが!」


「もう……お父さんったら昔からほんっと変わってないんだから」


 おかみさんはため息をつきながらも、どこか楽しげな様子である。そして三人は老人の言葉に従い、各々の部屋で明日の訪れを首を長くして待つのだった。

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