第64話 大木の下にはアレが埋まっている
しばらくして、エルシャたちは村へと戻ってくる。
村の雰囲気は昨日と全く変わらず、相変わらず閑散としていたが、特に混乱が起きている様子はなかった。さすがに魔獣も村の中では暴れたりはしていないらしい。
ということは、魔獣はトージョの姿に戻って村の中に紛れ込んでいるということだろうか。
もしそうなら、また良からぬことをされる前に探し出す必要がある。
「絶対とっ捕まえてやるわ!」
取り逃がしてしまった悔しさからマリーベルはいつになく発奮するが、そのやる気を発揮するよりも前にトージョは見つかった。宿屋の前で、トージョは村人と他愛もない話をしていた。先ほどまで戦いを繰り広げていた相手とは思えない、実にのほほんとした光景だった。
いや、それだけに留まらない。エルシャたちが近づいてくるのに気づくとすぐに、わざとらしいくらいに満面の笑みを浮かべてきたのだ。
「あ、皆さん。どうかしたんですか?」
さも偶然出会ったかのような口ぶりである。この白々しさが演技でなく、天然ものだとしたら大したものだ。村に来て初めて会った時とほとんど変わらない態度に、呆れを通り越して感心してしまうくらいだった。
しかし、今は初めて会った時と違って、トージョの正体は見破っている。
その白々しい口を二度と開けないようにしてやるべく、マリーベルは堂々と言い放ってやった。
「あんたねえ……よくも私たちを騙してくれたわね」
「え? ど、どういうことですか?」
「いつまでとぼけるつもり? さっき私たちに正体を見せたじゃない。あんたこそが、この村に出ているっていう魔獣なんでしょ!?」
「え……ぼくが、魔獣……? 何を言ってるんですか、ぼくは人間ですよ。どこをどう見たら魔獣に見えるんですか?」
「それはあんたが人の姿に化けているからでしょうが。こんな小さい子供の姿に化けるなんて、ずいぶん狡い手を使うわね」
「ひ、ひどいです……ぼくが魔獣だなんて、どうしてそんなことを言うんですか!?」
あろうことかトージョは目を潤ませながら言った。その涙ながらの訴えに絆され、周囲の村人たちは鋭い目つきをマリーベルに向ける。さすがにいきなり「トージョの正体は魔獣」と言われても、誰も信じはしない。それどころか変な言いがかりをつける不審者として扱われてしまう。
状況のまずさにエルシャは戦慄した。
どうしてトージョは人の姿に戻り、村人と何事もなかったかのようにたわいもない会話をしていたのか。それは、この状況を作り出すために他ならない。村人たちを味方につけ、エルシャたちのような余所者を「排除しても構わない」という空気を作り出すために。
これでは自分たちの方が悪党ではないか。
トージョはあっさりとその空気を作り出し、そしてまんまと利用して主導権を握ってしまった。
「あなたたち、いきなり何を言い出すの!?」
「こんな小さい子供をいじめて楽しいのか!?」
村人たちは一斉に三人を責め始める。状況は一気にエルシャたちにとって悪くなってしまった。この空気では何を言っても聞いてはもらえない。そもそもの話、証拠もなしに信じてくれるわけがなかった。
「そ、そんなつもりじゃ……」
「マリーベルさん。ここはいったん引きましょう」
ヨミはマリーベルの肩を掴み、首を横に振る。この状況で何を言っても無駄だ。むしろ自分たちの立場を悪くするだけである。その意図を理解し、マリーベルはそっと頷く。
「ごめんなさい。そうするわ」
マリーベルは踵を返し、トージョに背を向ける。奇しくも森での状況と真逆になってしまった。しかし、こうするしか選択肢はなかった。
三人は逃げるように側の宿屋に早足で駆け込んだ。
「なんだか村の皆さんを敵に回しちゃった感じですね。これからいったいどうしましょう……」
エルシャは深いため息をつく。その傍らで、マリーベルは申し訳なさそうに身を縮めていた。これもまたいつもとは真逆の状況だ。
「ほ、本当にごめんなさい……」
「ああいえ、そんな自分を責めないでください」
「エルシャさんの言う通りですよ。こうなったらトージョさんが魔獣だという証拠を村の皆さんに見せてやりましょう」
ヨミが励ますと、マリーベルは少しだけ元気を取り戻した。
「ありがとう。証拠なんていったいどうすれば……というか、そもそもそんなものが本当にあるの?」
「簡単な話ですよ。魔獣化したトージョさんの姿を、村の皆さんに目撃させればいいんです」
「簡単に言ってくれるわね。それが簡単にいってくれればこんなに頭を悩ませたりなんかしないわ」
マリーベルは嘆息する。
一方、ヨミは自信たっぷりに微笑んでいた。
「ふふふ。今は待ちましょう。その時が来るまで、部屋で休んでいてください」
その自信はいったいどこから来るのだろうか。しかし、今はヨミの言葉を信じるほかない。森の中を駆け回った疲れもあり、エルシャたちは素直に部屋へ引き上げていった。
◇
日が暮れ始めた黄昏時。
村の端に生えている大木の根元を、トージョは掘り返していた。埋まっていたのは「細長い何か」。ヨミの刀である。大木の下に埋めて隠しておいたのだ。
「くくく……。刀とやらがどういうものかちょっと見てみるか」
トージョはにんまりと笑い、鞘からゆっくりと刀身を引き抜く。沈んでいく夕日の赤にも負けないほどに、刀身は燦然と輝いている。
そして刀を引き抜いた瞬間、トージョの体を熱いものが駆け巡った。それは全身を巡り、やがて頭へと集まっていく。その心地よさに、その快楽にも似た感覚に表情は恍惚と蕩けてしまう。
「……美しいなぁ」
もっとその感覚を味わいたい。もっともっと、この快楽に身を委ねていたい。思わず夢中になってしまうほど刀には繊細な美しさがある。しかし同時に、どこか妖しさのような危険な匂いも感じていた。
――ドクンッ
しかし同時に、どこか妖しさのような危険な匂いも感じていた。その感覚を近くした瞬間から、胸の辺りがざわざわと高鳴り始めていた。
高揚ともいえるし、恐怖ともいえる高鳴り。
明らかに普通ではない。
刀を手放そうと思いはしたが、どういうわけか手から離れてくれない。思考と行動がちぐはぐにかき乱される。
――ドクンッッ
「うっ!」
トージョは胸を押さえ、膝から崩れ落ちた。
「なんだ……この剣は……」
呼吸も乱れ、額には汗が滲み始める。
苦しい。体が破裂してしまいそうだ。
トージョは刀を放り投げた。
だが、放り投げたつもりになっていただけだった。
今もなお刀はトージョの手の中にしっかりと収まっている。
「熱い……苦しい……」
もはやなりふり構っていられず、トージョは村の方へ歩き始めた。




