第62話 キノコパーティー
一行は引き続き、トージョを先頭に森の中を進む。
先へ先へと進むたびに木々は鬱蒼と茂っていき、濃緑色の葉は日差しすら遮るほど頭上を覆っている。そのせいで辺りは昼間だというのに薄暗い。足場も草木やツタが無造作に伸びており、気を付けないと転んでしまいそうになる中、トージョは慣れた足取りで進んでいた。
異変が起こったのは、それからしばらく歩き続けた後のことだった。
「あっ」
エルシャは思わず声を上げた。トージョの真後ろを歩いていたため、一番早く異変に気づいたのもエルシャであった。その声に引きずられるように、マリーベルやヨミも同じような声を上げた。
「ど、どうしたんですか皆さん……」
異変に気づけていないのは、トージョだけだ。だがそれは仕方のないことだった。なぜなら、異変はトージョの頭頂部に起こっているからだ。自分自身の体とはいえ、自分の目では視認出来ない。
だが視認できている他の三人も、正直に話していいものか悩んでいた。
しばらくして、マリーベルは重々しい声を絞り出す。
「……落ち着いて聞いてね。あなたの頭に……キノコが生えてるの」
「えっ?!」
トージョは驚きのあまり足を止め、頭頂部に手を当てた。確かに突起物のような物が手触りとしてあった。妙なぬめりもあるし、傘部分の出っ張りも感じられる。近くの水たまりに自身の姿を映してみると、確かに頭には赤いキノコが何本か生えていた。
「うわーっ!? な、ななな、なんですかこれー?!」
笑劇的……衝撃的な自身の姿に、トージョは慌てふためく。
「あー、先ほどのマタンゴの胞子が付いてしまったんでしょうね。早めに処理しなければ根っこが脳にまで伸びちゃいますよ」
対照的にヨミは冷静な口調で言った。もしかしてキノコが生えた経験があるんじゃないかと思わせるほどの冷静さだ。
「処理って言われても、いったいどうすれば……!」
「いったん落ち着いてください。そのまま動かないでくださいね……よっと」
するとヨミは、トージョの頭に生えたキノコを引きちぎった。
「ぎゃーッ!」
トージョは叫び、悶える。髪の毛を十本まとめて引きちぎられるに匹敵する痛みだ。
「いきなり何するんですか?!」
「胞子が付着した際の処理ですよ。ちょっと痛みますが、脳がキノコに侵されるよりはマシでしょう?」
「ちょっとどころじゃねーよ……」
「ん? 今、口調が……」
「ああいえ、なんでもないです!」
「そうですか聞き違いですか。さて、では残りも全部引き抜いちゃいましょう。お二人も手伝ってください」
「「「えっ」」」
その一言に、トージョだけでなくエルシャやマリーベルも驚いてしまった。まさかエルシャたちまで手伝わされるとは。当のヨミは表情を変えるどころか眉一つ動かさない。
こうしてヨミに言われるがまま、トージョの頭からキノコを引き抜く作業が始まった。
静寂に包まれた森の中に、数度にわたって男の子の叫び声が響き渡っていく。
さながらマタンゴならぬ、マンドラゴラのようであった。
(あの眼鏡女、絶対に許さねえ……!)
自分の頭をさすりながら、トージョはヨミににらみを利かせる。森の奥に着いたら覚えてろ。一番先に殺してやるからな、と言わんばかりの眼光だ。
一方でヨミは、引き抜いたキノコを手に摘まみ、じっと眺めていた。それをどうするのか窺っていると、なんと口の中に入れてしまった。食べてしまったのだ。
「な、何やってるんですか!?」
ヨミの奇行に、思わずトージョもドン引きした。
普通のキノコならまだしも、そのキノコはマタンゴの胞子から生えてきた考えても危険な代物である。
たとえ普通のキノコであったとしても、人の頭に生えてきた物を食べようと思うのだろうか。それでも食べてしまうのがヨミという人間の性分なのだろうか。それが、食への好奇心というものなのだろうか。
「いやぁ~、どういう味がするのかと思いまして」
あくまでヨミは淡々と答える。
「毒があったらどうするんですか!? というか、体は大丈夫なんですか!?」
トージョのドン引き加減はさらに増していく。あまりの奇行っぷりに、これから殺すつもりの相手の心配をしてしまったほどだ。
「食べても体に異変はないので、おそらく毒はありません。味は……苦味と渋味とエグ味が混ざり合った感じですね。焼いたりして熱を通せば幾分マシになるかとは思います。もしかしたらバターなんかを塗ってみたら美味しくなるかもしれませんが、残念ながら持ってな――」
「はいストップストーップ!」
聞かれてもいない味のことをヨミはペラペラと語り始めたので、さすがにマリーベルが止めに入った。このままヨミを喋らせていたら、日が暮れるまでキノコについて語りそうな勢いだった。
話が遮られたことで、ヨミは少しだけしょんぼりしている。
が、すぐに気を取り直してこう言った。
「そうだマリーベルさん。あなたの魔法で火を起こしてくれませんか? 試してみたいことがあるんです」
「試してみたいことって……どう考えてもキノコを焼くことじゃない」
マリーベルは呆れながらも、いつの間にか用意されてあった焚き木に火を起こしてあげた。実を言うと、少しだけマリーベルもキノコの味に興味があったのだ。
「やっぱりマリーベルさんも気になるんですね?」
「そそそ、そんなことないわ! ただ、食べ物を無駄にはしたくなかっただけよ!」
と、そっぽを向くマリーベルの態度とは裏腹に、キノコはだんだん芳醇な匂いを醸しつつあった。幸いなことにキノコは人数分ある。だいぶ長いこと歩いてきたので、おなかも空いてきていた。
「まあ……ここらで一つ腹ごしらえをするのも悪くないわね」
「ふふふ。マリーベルさんは素直じゃないですね」
こうして一行は、しばしの休息をとることにした。
ヨミとマリーベルは躊躇することなくキノコを食した一方、エルシャは中々食べようとはしなかった。さすがに抵抗があったのだろう。いや、抵抗がある方が当たり前なのだ。
「うん、やっぱり熱を通したら旨味が出てきましたね」
「あ、本当ね。意外と美味しいかも」
「エルシャさんもどうですか?」
「じゃ、じゃあ……ひとつだけ」
だが結局はキノコを食べてしまった。空腹と美味しそうな匂いには勝てなかったのだ。しかも余っていたので、二個目に手を付ける始末だ。
一方、トージョは一切口にはしなかった。
まあ当然か。
(くそ……覚えてやがれ!)




