第60話 魔獣が出る村
村の中は想像以上に閑散としていた。やはり魔獣が出没しているせいなのだろうか。商人の男は窃盗が多発しているとも言っていたが、まずは情報収集が先決だ。村の中を進みながら、ヨミはふと立ち止まり、二人に目を送る。
「村の方々に話を伺ってみましょう。ここは三手に分かれて……」
「えっ」
エルシャはビクッと体を震わせた。おそらく「三手に分かれて」という言葉に反応したのだと思われる。三手に分かれるということは、自分一人で村人に話しかけなければならないことを意味する。
エルシャは人見知りだ。それも、重度の。
名前も顔も知らない人間に声を掛けることは、エルシャにとって試練以外の何物でもないのだ。いつの間にか額に滲み出ていた冷や汗は、頬を伝ってボトボトと地面に落ち始めている。次第に水たまりが出来てしまいそうな勢いだ。
「……エルシャさんは私と一緒に行きましょうか」
ヨミは察した。というより思い出した。確かにエルシャの性格を鑑みれば、見ず知らずの他人に話を聞きに行かせるのは実に無茶である。
エルシャはゆっくりと頷く。
こうして一行は二手に分かれ、村を歩き回ることになった。
「ではマリーベルさん、よろしくお願いします」
「ええ、任せて」
「うぅ……すみません」
エルシャは申し訳なさそうに顔を俯かせつつ、ヨミの背中を追っていく。
ヨミはとりあえず、最初に見かけた村人に声を掛けてみた。
すると、その村人は快く話を聞かせてくれた。
どうやら魔獣が現れ始めたのは、ほんの三か月前くらいとのこと。
最初のうちは気にも留めていなかったのだが、だんだん被害が広がってくると村中大騒ぎになったそうだ。村人に危害を加えるのはもちろん、最近では商人の馬車や家畜まで狙い始めているという。
しかも不思議なことに、魔獣はいつの間にか村の中に現れ、いつの間にか姿を消しているとも言っていた。
未だに被害が収まる気配を見せないのは、魔獣の神出鬼没さも一役買っているのだろう。
その後も何人かの村人に声を掛けてみると、やはり皆同じようなことを口にした。
村に被害が出ていることは事実。しかし魔獣はどこから来ているのか分からない、と。
徐々に日も暮れ始めていることもあり、一行は情報収集を切り上げ合流することにした。
広場にてマリーベルと合流し、互いに得た情報を交換し合う。
「私が聞いた情報はこんな感じね」
マリーベルからは主に、盗難被害について聞くことができた。
盗まれる物品については多種多様。店に並べられている商品はもちろんのこと、民家に備蓄されている食料や金品まで、手の届くものは何でも盗まれているらしい。
そして盗難被害が確認され始めたのは、これまた三か月ほど前からだった。
「魔獣が出始めたのも、盗難被害が確認され始めたのも三か月前……もしかしたらこの二つの事件は繋がっているかもしれませんね」
ヨミは顎に手を当て、独り言を呟く。想像以上に魔獣は神出鬼没だ。どこからやってきているのかもまだ分からない。もしかすれば、すでに村の中に潜んでいる可能性すらある。盗難被害が多発しているのも、魔獣の出現により村が不安定になっているから……というのはあまりに安直な結論だ。
「はぁ~。めぼしい情報はあまり手に入らなかったわね」
マリーベルがそう言うと、小さな男の子がすぐ近くまで寄ってきていることに気づいた。
「あの~、皆さんはもしかして旅人の方ですか?」
男の子はエルシャたちの姿を見るなりそう言った。ここは小さな村なので、村人全員が顔見知りであっても不思議ではない。だからこそ他所から来た人間はすぐ分かるのだろう。
「ええ、そうだけど……あなたは?」
「あ、申し遅れました。ぼくはトージョと申します。何となく皆さんがお困りのようでしたので、声をかけてみました」
こんな小さな子供にまで気を遣わせてしまうとは、年上としては恥ずかしい限りだ。トージョの歳は十歳ほどだろうか。物腰も柔らかく、いかにも気が利く子供といった感じだった。
「困ったことがあったら何でも言ってくださいね」
「ではせっかくなので」と、ヨミは言う。「日も暮れてきたのでそろそろ休もうと思っているのですが、いい宿屋さんを知りませんか?」
「宿屋さんですね、分かりました。ぼくに付いてきてください」
「ありがとうございます。最高のお宿をぜひ紹介してください」
「ははは……そう言われても、この村には宿屋なんて一軒しかありませんよ」
前の町から思っていたが、ヨミの宿屋へのこだわりは異常だ。旅人というのは皆そうなのだろうか。エルシャとマリーベルも旅を続けていけばヨミの気持ちが分かるようになるのだろうか。まあ確かに、屋根のある部屋にあるふかふかのベッドで寝れるに越したことはないけれども。
「では皆さん、行きましょう」
三人はトージョの後を付いていく。
話は変わるが、魔獣は人をたぶらかす。では、どうやって人をたぶらかすのか。話はそう複雑なことではない。
(くくく……やはり小さな子供に化けるのは効率がいい。見た目に油断して簡単に騙されてくれるからなぁ)
トージョはあくどい笑みを浮かべたが、先頭を歩いているため三人には見られなかった。
そう、手段は至って単純。
人間の、しかも小さな子供に化けて油断を誘うのだ。
ここは魔獣が出る村。
神出鬼没の魔獣は、案外近くにいるのかもしれない。




