第59話 道中価格
「ねえ、思ったんだけどさ」
次の村へと向かう道中、ふと何かを閃いたようにマリーベルは呟いた。そのとっさの一言を拾ってあげたのは、エルシャだった。
「何を思ったんですか?」
「これから行く村って魔獣の被害に遭ってるんでしょ? でも私たちが倒せば被害もおさまる。魔石も手に入って杖も作れる。まさに良いことづくめってやつじゃない?」
「はい、そうですね。魔獣をちゃんと倒せればの話ですけど」
成功を前提に話を進めるマリーベルに対し、エルシャはさりげなく釘を刺す。決して後ろ向きな思考になっているわけではない。強大な魔族に打ち勝ち、勢いづいている今だからこそ、改めて気を引き締めなければならないのだ。
「ええ、もちろん分かって……ん? 何か聞こえない?」
マリーベルはふと耳に入った音に反応し、足を止めた。それにつられてエルシャとヨミも耳を澄ませてみると、確かに遠くの方で誰かの叫ぶ声がうっすら聞こえてくる。
(ぎょえええっ! た、助けてくれーっ!)
三人は頷き合い、悲鳴が聞こえた方角へと駆け出した。そして声のした場所にまでやってくると、そこにはゴブリンの集団に襲われている男の姿があった。
ゴブリンたちは男が逃げられないように周囲を囲い、じりじりと迫っている。獲物が自分たちの手に落ちる瞬間を、今か今かと待ち構えているようだった。
「ここは私に任せて!」
視界にゴブリンの群れは入っているが、距離は遠い。このまま走っていては追いつく前に男がやられてしまう。そう考えたマリーベルは足を止め、魔法の発動を試みた。
まずは背中の杖を――いや、今は杖がないんだった。マリーベルは空ぶった手のひらを元の位置に戻す。杖はなくとも、魔法の発動に支障はない。
杖の代わりに右手をゴブリンの群れに向け、意識を集中させた。すると手のひらから小さな火の玉が現れ、徐々に大きさを増していく。ある程度の大きさまで膨れ上がったところで、マリーベルはその火球を発射させた。勢いよく飛んでいった火球は、今まさに獲物にありつこうとしていたゴブリンたちを容赦なく焼き尽くした。
「大丈夫ですか?」
エルシャたちはゴブリンに襲われていた男のところまで駆け寄る。腰が抜けてしまい立ち上がるのに苦労したものの、怪我はしていないらしい。
「ありがとうございます、おかげで助かりました」
男は三人に何度も頭を下げる。背中には大きなリュックが背負われており、聞くところによると彼は行商人とのことだった。しかもエルシャたちがこれから向かおうとしている村からやってきたのだと言う。
「もしかして皆さん、この先にある村へ行こうとしているのですか?」
「はい、そのつもりです」
ヨミが質問に答えると、途端に行商人の男は顔をしかめた。
「……悪いことは言いません。村へ行くのは考え直した方がいいです」
「もしかして魔獣が出没しているからですか?」
「そんなまさか!」
「おや、違うのですか」
見当が外れてしまい、ヨミもまた顔をしかめた。危険だから引き返せ、なんて言われた時の返し方を何パターンも用意していたが、無駄になってしまった。
「魔獣が出没しているということは、我々商人にとっては絶好のチャンスです。村人の不安を煽ることで商品も良く売れますしね」
悪い顔をしながら男は言う。できれば聞きたくなかった話だ。しかし紛うことなき事実なのだろう。大嵐が近づくと知れば、我先にと食料品や水を買い込もうとするような心理に近い。
「物はよく売れるのですが……代わりによく商品を盗まれてしまうのです。ずっと見張っていても、いつの間にか商品がなくなっているということが頻発しまして。こうもくすねられてばかりでは商売上がったりです」
「なるほど、そんな事情があったんですね」
「しかしよく考えてみれば、これって商売人目線の事情ですね。皆さんのような旅人の方にはそんなに関係ありませんでしたね」
「いえいえ、貴重な情報ありがとうございます。物の管理にはしっかり気を付けたいと思います」
「確かに気を付けるに越したことはないですね」
商人はそう言うと、おもむろに背負っているリュックを地面に下ろし始める。そしてとびっきりのスマイル(営業用)を見せつつ、威勢のいい声を張り上げた。
「そうそう、気を付けると言えばやはり魔獣にも要注意です! もし遭遇した時のために傷薬や煙玉はいかがでしょうか?」
なんという逞しさ。転んでもただでは起きないという確固たる意志を感じる。
しかし値段を尋ねると道中価格の返答が返ってきたため、ヨミは即座に断った。こちらもまた中々の逞しさだ。あいにくながら必要な道具は補充済みだったのだ。
「そ、そうですか……」
ヨミの返答を聞き、商人の男は残念そうに肩を下ろす。あまりの気の落ちようだ。気の毒に思ったエルシャやマリーベルは一つくらい買ってあげてもいいんじゃないか、そんな甘いことを考えていたのだが、商人相手には情けも同情も無用である。
要らないものは要らないとハッキリ言えなければ、旅というものは出来ないのだ。
「では私たちはこれで」
そう言ってヨミは歩き出した。商人は残念そうな顔をしながらも、笑顔で手を振って見送る。
やはりだ。やはり、商人というのは一度商売に失敗した程度ではへこたれないのだ。
「どうやら心配する必要はなかったみたいですね」
エルシャがそう言うと、マリーベルも同調してきた。
「ええ、そうね。心配して損しちゃった」
二人はまた一つ、新たなことを学んだようだ。
そうして歩き続けているうち、目的地である村の入口が見えてきた。




