第58話 良いも悪いも
何があったのか気になり、三人も向かってみると、屋敷の周辺にはすでに多くの人だかりが出来ていた。だが何よりも目を引くのは、玄関前に停められた二台の装甲付き馬車の存在だ。
周囲には、重厚な甲冑で身を固めた衛兵が何人も立っている。この町には衛兵というシステムすら存在しないので、町の外からやってきたのだ。しかも彼らの鎧には王下直属の身分であることを示すエンブレムが刻まれている。何を隠そう、彼らは王都より派遣された騎士団所属の精鋭であった。
小さな町に見合わぬ物々しい雰囲気。野次馬に集まった住人たちは未だ状況を理解できずにどよめきが巻き起こっているが、エルシャたちには分かっていた。
今からあの馬車に乗せられるであろう人物にも、どうしてあれほどまでに厳戒態勢が敷かれているのかについても。昨夜の出来事を思い返せば、これから起こることについては大方の予想がつく。
そしてその予想は、寸分たがわず的中することになる。程なくして、屋敷からは衛兵に連れられた二人の男女が姿を現したのだ。
ファルとシルヴァ。事情を知らない町人にとっては異様な組み合わせに見えたに違いない。長の座を乗っ取った者と、乗っ取られた者。本来ならば敵対していてもおかしくない関係性だ。
それがいったいなぜ一緒にいるのか、いったいなぜ二人そろって騎士団に捕縛されているのか。
……もしかして二人は何か重大な罪を犯したのではないだろうか。まさか二人は、裏で繋がっていたのではないのだろうか。
住人の中にはちらほらと正解に近づきつつある者もいた。だがあくまで予想の範疇に過ぎず、非現実的なことも相まって、それが真実であると確信できる者は一人もいなかった。
「待って! ねえ、待ってよ!」
するとその時。馬車に乗り込もうとするファルの元へ、一人の少女が駆け寄ってきた。その少女の顔に、ファルは見覚えがあった。いや、忘れようと思っても忘れられない顔と言うべきか。初めて会った時から数年経過し、あの時よりも大人びた顔つきにはなっているが、面影はしっかりと残っている。
ファルは思わずハッとしてしまう。
彼女の正体は、ファルが地下牢から逃がしたあの少女だった。
少女の父親は、すでにこの世にはいない。殺されたのだ。表向きにはファルが処刑したことになっている。だから、どんな罵倒を受けようともすべて聞き入れるつもりでいた。
しかし、少女の口から出たのはまったくもって真逆な言葉だった。
「どうしてファル様が捕まらなきゃならないんですか!? ファル様は……誰も殺してなんかいないのに!」
なんと少女は、ファルの逮捕に異を唱えてきたのだ。
少女の悲痛な叫びを耳にした周囲の住人たちは「誰も殺していない?」「いったい何を言ってるんだ?」と動揺を隠せない。当然だ。先ほどの通り、表向きにはファルが処刑したことになっているのだから。
しかし、なぜ少女はその真実を知っているのか。
あるいは知っているのではなく、直感でそう思っただけなのかもしれない。
どちらにせよ一番動揺しているのは、目の前のファルだった。
「あんた……どうしてあたしを……」
「だってファル様は、わたしを地下牢から逃がしてくれたじゃないですか。わたしは分かってます。ファル様は、本当は優しい方だって。今までのことは全部、誰かに命令されてやってきたんですよね!?」
顔には出さないが、ファルは心底驚いていた。まさかエルシャたち以外に真相にたどり着いた者がいたなんて。しかし首を縦には振らなかった。認めてしまえばお互いが楽になるかもしれないが、それでは少女のためにはならないと思ったのだ。
「何を言ってるのよ。この状況を見なさい。あたしは大罪人なの! あたしがいなかったら、みんな平和に暮らしてたわ!」
「そんなことありません! だってファル様は、ファル様は……!」
「あたしは許されないことをしたのよ。殺した殺してないの話じゃない。あんたも大きくなればいずれ分かるわ」
「無駄話をしている暇はないぞ。さっさと乗り込め」
衛兵の一人に背中を押され、ファルは馬車に乗り込む。
だが少女はその間もずっと叫び続けていた。
「わたし、弁護士になります! 弁護士になって、ファル様は悪くないって証明して見せます!」
「……馬鹿ね。その頃にはもう、あたしは――」
そして馬車の扉が閉められる。少女の声はそこで途切れてしまった。だが、これでいい。これ以上少女の声を聞き続ければ、きっと死ぬのが嫌になってしまう。
それからすぐに二台の馬車は走り出した。
少女は手を目いっぱい伸ばすが、その手が届くことはなかった。
「……さて、では私たちも行きましょうか」
一部始終を見届け、ヨミは屋敷に背を向ける。それにマリーベルも続くが、エルシャは中々そこから動こうとしなかった。
「わたしたちがやったことは……果たして正しかったのでしょうか」
エルシャは自問自答を繰り返していた。
全体的に見れば正しいことをしたはずではある。だが、少女にとってこの結末は良いものだったのだろうか。疑問に思わずにはいられなかった。
すると、そんなエルシャの気持ちを見透かしたようにヨミが口を開く。空を見つめ、静かな口調でこう言ったのだ。
「私たちは結局のところ、神様ではなくただの人間でしかありません。しかし、普通の人間よりも遥かに大きな力を持っています。その力を振るえば必然、何かしらの影響を世界に与えるでしょう。良いも悪いも結局は自分自身が判断しなければなりません。それが、力を持った人間に課された責任というものですよ」
「そう……ですね。今はただ、自分にできる最善を尽くすことだけを考えます」
ヨミの言葉を聞き、エルシャはようやく動き出した。
こうして三人は町を後にし、次の目的地へ向けて歩みを進めるのだった。
〈第二章・完〉




