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第57話 魔道具店

 翌日、エルシャたち一行は魔道具店へ足を運ばせていた。旅に必要な道具の補充に加え、マリーベルの杖を新調する必要もあった。彼女の杖は昨日のファルとの戦闘にて破壊されてしまった。

 

 杖は消耗品とよく言われたりもするが、さすがにこんなにも早く失われるとは思っていなかった。しかもあの杖は、マリーベルの先祖が使っていた由緒正しい杖でもある。ショックのあまり昨日はなかなか眠れなかった。夢の中に先祖が出てきて叱られたような気さえする。体に残った疲労感の原因は、果たして昨日の戦闘だけによるものなのだろうか。

 

 杖は別になくても魔法を使うことはできる。ただし、より強力な魔法を使おうとする場合や、魔法の発動速度を向上しようとした場合には、やはり杖の助けは大きい。


 中でも転移魔法陣は、人数と距離が増えれば増えるほど魔力の消費量が跳ね上がっていく。転移魔法陣自体の汎用性も高いので、

 

「おのずと使用回数も増えていくはず。だから杖を買ってもいいよね?!」

 

 といった具合にマリーベルは杖の有用性を力説していた。別に誰も否定などしていなかったが、由緒正しい杖を自分の代で失ってしまったことによる贖罪の意識が彼女の口を饒舌にさせていた。

 

 そんなこんなで三人は魔道具店の扉を開ける。マリーベルは一目散に杖が置いてある場所へと駆け寄った。魔道具の専門店というだけあって、品ぞろえはかなりいい。しかし一目見て抱いた印象は、

 

(た、高い……!)


 危うく喉から言葉が出かけたが、確実に目玉は飛び出ていた。

 10万、15万、20万……。

 ゼロの数を数えるのすら億劫、というより面倒になるほどの数字があちらこちらに散りばめられている。

 こんなの絶対に消耗品に付ける値段ではない、と心の最前列辺りで叫ぶと同時、これほどまでに高額だったろう杖をさっそく壊してしまったことへの申し訳なさが更に上塗りされて襲い掛かる。

 夢の中に出てきた先祖が怒っていた意味も理由も、ここでようやく分かってしまった。

 

「さて、マリーベルさん。私は杖に関しては素人なので、どれにするかはマリーベルさんに一任します」


 ヨミはまるで他人事のように言ってくるが、実際に他人事なのでぐうの音も出なかった。


「いやぁ……今回はちょっと、ご縁がなかったということで見送らせてもらおうかしら……」


 店の扉を開けるまではウキウキだったあの姿はどこへやら。事前の力説も空しく、最後に立ちふさがったお財布事情という最大の壁にマリーベルの行軍は阻まれてしまった。一応彼女は領主の家系の生まれということで、一般人よりは豊かな暮らしを送ってきはしたが、だからといって金銭感覚が狂っているという訳ではなかった。むしろ彼女の金銭感覚は、この三人の中では一番正常である。


「おや、おぬしらもここに立ち寄っておったのか」


 するとそこへ、聞き覚えのある声が近づいてきた。ハイネだった。彼女もまた、旅立ち前の支度をしに来ていたらしい。魔法の使い手にとって魔道具は生命線なのだ。


「あ、ハイネさん」


「なんじゃおぬし、杖の物色中かの?」


「ええ、実は。けどどれもこれも想像以上に高くて……なんでこんなにも値が張るのかしら」


 杖なんて平たく言ってしまえば木の棒だ。そう考えると杖はあまりにも高すぎる。そんなにも高級な木材でも使っているのだろうか。確かに高級な木材ならば頑丈さも増すかもしれないが、硬さは魔法の発動には一切寄与しない。せいぜい殴る際に威力が高くなる程度だ。そしてその使い方は、本来の杖の使い方ではない。敵を殴打したいならば杖ではなく、素直に棍棒を買うか作るべきだ。

 マリーベルは色々と思考を巡らすが、正解はハイネの口から告げられる。


「ああ、それは魔石が埋め込まれておるからじゃよ。希少な魔石ほど値は張ってしまうが、そのぶん杖の性能も高くなるっていう寸法じゃ」


 そう言われてみると確かに、商品として並べられている杖には赤や青や緑、様々な色の魔石が埋め込まれていた。


「へぇ……これって飾りじゃなかったのね」


「なっ!? お、おぬし今なんと言った……?」


「え? 飾りじゃなかったのねって言ったけど」


「おぬし、魔法使いでありながら杖の効果すら理解しておらんかったのか……?」


 ハイネは呆れた目でマリーベルを見据えてくる。


「馬鹿にしないでよ。ちゃんと分かってるわ」


 マリーベルは謎に自信満々だ。


「ほう、言ってみい」


「それはもちろん、魔力を増幅してくれるんでしょ? 難易度の高い転移魔法陣を使えたのだって、杖があったからだわ」


「ならば何をもって魔力を増幅してるか分かっておるか?」


「何をもってって……杖ってそういうものでしょ?」


「はぁ~~~」


 店内に響き渡る大きなため息。ハイネの視線は呆れというより、もはや憐れみの色が見て取れた。

 その態度にマリーベルもさすがにむっとした。杖は魔法の発動を補助する道具、それ以上でもそれ以下でもないではないか。何をいまさら指摘することがあるのか、彼女にはさっぱり分からないでいた。

 しかしハイネが次に放った一言は、マリーベルにとって衝撃的な言葉となった。


「杖自体に魔力増幅の効果はないんじゃ。魔石が埋め込まれて初めて魔力増幅の効果が生まれる。魔石のない杖なんて、ただの長い木の棒じゃぞ?」


「えっ……」


 マリーベルは雷に打たれたように固まった。今まで(と言ってもほんの僅かな期間)使っていた杖が、ただの長い木の棒という可能性が出てきてしまった。

 魔石が埋め込まれていたなら、杖が砕かれた際に排出されるはずである。だが実際は出てこなかった。ファルの鉄槌に杖もろとも砕かれてしまったせいだろうか。

 いや、違う。

 本当は、魔石など最初から埋め込まれていなかったのだ。


「そういえばマリーベルさんの杖にこういう物はありませんでしたね」


 商品として陳列されている杖を見ながら、エルシャがさらなる追撃を加えてしまう。


「ふむぅ。やはりそうじゃったか」


「ちょっと待ってよ! 一応アレ、由緒正しい物なのよ!?」


「由緒正しいのは間違いないじゃろう。ただ、本当にただの杖だったってだけで。魔法ではなく、歩行の補助に使われてたんじゃなかろうか」


「そんな……」


 マリーベルが落ち込みを見せる一方、ハイネの視線は先ほどとは明らかに変わっていた。興味深そうにマリーベルを見つめ、何度か頷いていた。


(つまり、杖の補助なし(・・・・・・)で転移魔法陣を発動させていたわけじゃな。自分じゃ気づいとらんようじゃが、なかなかの素質じゃ。こりゃとんでもない魔法使いになるかもしれんのう)


 その素質を、ハイネは密かに心の中で褒め称える。だが口には出さなかった。口には出さずとも、いつか自分の素質に自分で気づく時はおのずとやってくる。その瞬間が今ではなかった、というだけだ。


「ほらほら元気を出すのじゃ。杖を買う金がないなら、自分で魔石を手に入れればいいじゃろう?」


「え、それってどういう……」


「単純なことじゃよ。魔物を倒すなりして魔石を手に入れれば材料費はほとんどかからん。制作費用だけで済むからかなり安く済むという寸法じゃ」


「魔石って、スライムコアみたいな物のことですか?」


 エルシャが尋ねると、ハイネは首を横に振った。

 

「いいや。確かにそれも魔石の一種じゃが、ここに並べてある杖並みの性能が欲しいならもっと高位の魔物を倒す必要がある。例えばそう……魔獣クラスの魔物じゃな」


「魔獣……」


 マリーベルはハイネの言葉を繰り返す。魔獣とは、読んで字のごとく魔法を操り凶暴な性質を持った獣の総称だ。体内に抱える魔石の魔力濃度はスライムコアなどとは比べ物にはならない。当然、魔獣から生み出される魔石を素材にした杖の性能は高くなる。


「そういえばこの町の近くにある村で、魔獣が出たとか騒ぎになっておったのう」


「本当に?!」


 マリーベルは食いつくように尋ねる。ハイネは頷いた。

 

「なんじゃおぬし、魔獣を退治する気かの?」


「魔石が手に入るチャンスなら、それを逃す手はないわ。まあ、寄り道をするわけだから他の二人にも聞いてみないといけないけど」


 そう言ってマリーベルは、ヨミとエルシャに視線を送る。


「私は反対しませんよ。マリーベルさんが望むならそうしましょう。エルシャさんはどうですか?」


「はい、わたしもそれで構いません。むしろ大賛成です」


 二人とも反対する理由はなかった。特にエルシャはマリーベルの杖に助けられたので、反対するどころの話ではなかった。


「じゃあ決まりね。次の目的地はその村ってことで!」


「おお、やる気十分じゃの。しかし気を付けねばならんぞ。魔獣は力や魔力が強いだけではない。人をたぶらかし、心を惑わせてくるからのう」


「忠告ありがとう。けど、私たちなら問題ないわ」


「そうじゃな。なにせこの町を救ったのは、他ならぬおぬしたちなんじゃからな」


 そう言ってハイネは笑った。

 三人が店を出ると、屋敷の方角にたくさんの人が向かっているのが見えた。

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