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第56話 度胸と胆力

 その後、エルシャとマリーベルは地下牢を脱し、法廷を模したようなあの部屋へと戻っていく。今は何よりもヨミの安否が心配だった。そんな心配をよそに、当の本人は至って平然とした様子で二人を出迎えた。


「おや、お帰りなさい。お二人ともご無事で何よりです」


 ピンピンしているヨミを見た二人の感想はおそらく同じだろう。だが先に口を開いたのは、タッチの差でマリーベルだった。

 

「いやいやそれこっちの台詞だから! なんであなた無事だったの? シルヴァに斬られたんじゃないの!?」


 ヨミに駆け寄り、その体をペタペタと触るマリーベル。感触はしっかりある。幽霊ではないらしい。


「ええ、どうやらそうらしいですね」


「そうらしいって……なんで他人事なのよ」


「そう言われましてもよく覚えてないんですよね」


「覚えてない!?」


 さすがのマリーベルもここは声を張り上げた。一昨日食べた夕食のメニューならまだしも、ほんの十数分前に斬られたことなど忘れられようか。もしかしたら斬られた際の痛みで記憶が飛んだという可能性も考えられるが……。

 しかし、これ以上考えるのは無駄な気がしてきた。現にヨミは何事もなかったかのように振舞っているのだから。無事だったならそれに越したことはないし、今はもっと気にするべきことがある。


「それより皆さん、早くお店に戻りましょう。ハイネさんが心配です」


 マリーベルの心境をヨミが代弁する。その言葉を聞いて、エルシャも思い出したように表情を改めた。確かにハイネの安否は気になる。シルヴァが言うには殺してはいないとのことだが、果たしてその言葉が真実だという確証はあるのだろうか。考えている暇はない。三人は直ちに屋敷を出て、元居たあの店へと戻るのだった。



 ◇



「ハイネさん!」


 店の扉を開けてすぐ、床に横たわるハイネの姿が目に入った。エルシャはすぐに駆け寄り、容体を確認する。呼吸は……ある。目立った傷は見当たらず、出血もしていない。どうやら命に別状はなさそうだ。それからさらに声を掛け続けると、ハイネはゆっくりと瞼を上げた。


「……ん? 知らぬ間に眠ってしまっとったか……」


「ハイネさん! よかった、無事だったんですね」


「おお、おぬしか」


「はい、わたしです!」


 エルシャは顔をほころばせる。ハイネが意識を取り戻してくれて本当によかった。生きていてくれて、本当によかった。

 

「そうじゃ、おぬしに伝えねばならんことがある。あのシルヴァという男には気を付けるんじゃ。ああ見えてあやつはとんだ極悪人なのじゃ!」


「すみません。それはもう知ってるんです」


「……ほ?」


 大して驚かないどころかすでに知っていると返されてしまい、逆にハイネが驚いた。事を窺ってみると、自分が眠っている間にすべてが終わっていたと言うではないか。俄かには信じられなかったが、目の前にいる三人ならば何となくやってくれそうな気がした。自分の中で納得し、ハイネは安心したようにため息をついた。


「なんじゃ、わしがいなくてもなんとかなったのか。大変めでたいことじゃが、それはそれでちと寂しいのう……。あまり役に立てなかったようじゃし……」


「そんなことないですよ」


 と、ヨミが否定する。


「あなたがいたおかげでシルヴァさんの足止めが出来ました。きっと彼はあなたを最も警戒したはずです。だからあなたを一人にした上で気絶させたのでしょう」


「わしを……?」


「はい。屋敷の地下牢には対魔法結界が張られていましたが、理力はそれに対抗できる数少ない手段の一つですので」


 ヨミがそう言うと、ハイネは少し顔を明るくさせた。そこへさらに、エルシャが言葉を続ける。


「そういえばマリーベルさん、理力を使ってませんでしたか? なんか初めてやってみた(・・・・・・・・)とか恐ろしいことを聞いた気がするんですけど、あれって確実に理力ですよね?」


 ファルが振り下ろした鉄槌を、マリーベルが杖で受け止めた時の話だ。確かにあの時、マリーベルは理力を発動させたはずだ。そうでなければ、杖で鉄槌を弾き返せるはずがない。衝撃により杖は砕け散ったけども。

 

「実はね。ハイネさんが投げた石ころを見て、そういえばそういう技術があったなって思い出したの。……っていうかあれ、理力って言うのね」


 どうやらハイネの投石を一目見ただけで、理力の使い方を理解したらしい。その吸収能力の高さにハイネは驚いたが、エルシャもまた別の意味で驚いた。まさか本当に初めてやったとは。成功したからいいもの、失敗していたら自分もろとも鉄槌に潰されていた。それを土壇場でやり切る度胸と胆力がすごすぎる。


「マリーベルさん……すごいんですけど、出来れば無茶はしないでくださいね?」


「ええ、前向きに考えとくわ」


 エルシャは内心、これ絶対考えてないやつだと呆れた。

 

「でもエルだってすごかったじゃない。あのファルを相手に一歩も引かないなんて、並みのハートじゃないわ」


「え、そ、そうでしたっけ……」


 正直に言うとエルシャはファルと対峙していた時のことをほとんど覚えていなかった。ヨミと同じだ。エルシャの場合は極度の緊張によるものではあるが、まあ、本質的には変わらない。

 

「それに一歩も引かないどころか、前にも出て行ったわよね。きっとファルはあなたの度胸に屈したのよ。降参を認めたのだって、あなたの胆力には敵わないと悟ったからに違いないわ!」


「そうでしょうか……」


 どうして前に出たのか。これまたよく覚えていないが、予想を立てることは出来る。自分の性分やら習性やらを考えれば、おのずと答えは見えてくる。

 そう、それは――。

 

(足が震えすぎて勝手に動いただなんて、絶対に言えない……)


 言わぬが花という時もある。

 エルシャは心の内に秘めておくことにした。

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