第53話 黒幕
◇ ◇ ◇
「ところで、おぬしの言ってた作戦とはなんじゃの?」
人の捌けた店内の席に着きながら、ハイネは尋ねた。
「ああ、それはですね……」
そう言いながら、シルヴァはハイネの背後にゆっくりと近づいてくる。その気配に嫌な予感を覚えたのは言うまでもない。思わず振り向こうとするが、気づいたときにはもう遅かった。
――グイッ。
ハイネの喉元にシルヴァの腕が回り込むと、一気に頸動脈を締め上げられる。徐々に遠のいていくハイネの意識。抵抗しようにもシルヴァの腕力は思いのほか強く、悪あがきにすらならなかった。
「な……なんちゅう馬鹿力じゃ……ガハッ」
「日々鍛えてるようなものでね。あの鉄槌を振り回してたらいつの間にか……って、もう聞こえてないか」
完全に失神したハイネの身体を投げ捨てると、シルヴァは店の外へ出た。その足で次に向かうのは、ファルの……もとい、自分の屋敷だ。
◇
「何言ってるのあんた……あたしが人を殺したことがない?!」
「はい。この状況が何よりの答えです」
「その減らず口もいつまで――」
ふとファルは気づいた。エルシャの傍にいたはずのヨミが、いつの間にか姿を消していることに。だが気づいたころにはもう遅かった。
ヨミはすでにファルの背後に回り、刀を振り下ろす構えに入っている。
「――し、しまっ」
眼前に刃が迫る。もはや避けることはできない。
そう思われた矢先。
二人の間に割って入ってきた何者かが、ヨミの斬撃を剣で受け止めていたのだ。
「……やはりあなたが黒幕でしたか」
「まだファルには死んでもらっちゃ困るんでね」
二人が交えた刃はそのままつばぜり合いに発展し、やがて互いに後方へ弾き飛ばされた。
「シルヴァ!?」
マリーベルはこの世ならざるものを目にしたかのように驚く。その口から出た名は……友人の名は、本来ならばここにいるはずのない人物だったからだ。思い出されるのは、店を出るときにハイネと交わしていた会話。
『すみません、ハイネさん。ちょっといいですか?』
『あなたはここに残っていただけませんか? どうしても協力していただきたいことがあるんです』
今の状況から考えるに、シルヴァの言葉は全て嘘だった。協力してほしいことなど何もなく、ただハイネを一人にさせるための方便だったのだ。
「なぜあなたがここにいるの? ハイネさんは、どうしたの……!?」
声を荒げるマリーベルとは裏腹に、シルヴァは平然とした声色で答える。
「店の中で眠ってもらってるよ。安心して、死んではいないはずだから」
「……あなた、今までどれだけの人を殺してきたの?」
「ごめん、ちょっと分からないや」
「あなたに……人の心はあるの?」
「それ、いろんな人に言われるよ。けどそれって別に大事なことじゃないよね」
それはまるで、昼下がりにサンドイッチを食べながらする世間話のような口ぶりだった。あまりにも日常的な雰囲気。当然、顔色一つ変えていない。
なにせ、シルヴァにとっては本当に日常的なことだった。腹が減って食事をしたことを仰々しく報告する人間が果たしているだろうか。今まで食べたサンドイッチの数を数えないのと同じように、シルヴァは今までに処刑してきた人間の数を把握などしていなかった。正確には、途中から数えるのを止めたと言うべきか。
淡々と語ってはいるが、マリーベルにとってはあまりに衝撃が大きすぎた。言葉の内容もさることながら、古くからの友人が平然とそれを語る姿が何よりも悲しかった。
もう、目の前にいるのは自分が知っているシルヴァではない。
もはや別人、それどころか悪魔だと思った方がいい。
かつての友人はもういないのだと悟り、マリーベルは奥歯を噛みしめる。
その時だった。
シルヴァが突然、ファルの方を向いてこう言った。
「作戦決行だ。ファル、やってくれ」
「は……はい!」
立場が逆転したわけではない。最初からこういう関係性だったのだ。シルヴァが操る糸により、ファルがただ動く。鉄槌を振り上げるその動きには何の躊躇いもない。主人の命令を従順にこなして、褒美をもらおうと奮闘する忠犬のそれと同じだ。
「やああああーーーっ!」
ファルは叫び、自分の足元に目掛けて鉄槌を振り下ろす。
ドゴオオオンッ!
凄まじい衝撃が鳴り響き、床には亀裂が走る。ファルの足元を中心に足場が崩壊し始め、床には大穴が開いた。地下牢への直下通路となる大穴だ。その崩壊に、近くにいたエルシャとマリーベルが巻き込まれてしまう。
「そんな、嘘でしょ!?」
堪らずマリーベルは手を伸ばすが、空を掴むのみ。一方でエルシャは驚きのあまり声すら上げられない。そんな二人とファル自身が崩壊に巻き込まれ、地下牢へと落ちていく。
「二人とも!」
砂埃と石の破片が舞う中、ヨミが三人の後を追うべく穴の中に入ろうとする。しかしその試みは、穴の前に立ちふさがったシルヴァに阻まれてしまう。
「お前を通すわけにはいかない。悪いがここはボクが相手させてもらおうか」
彼の持つ剣の切っ先は、ヨミの心臓にまっすぐ向けられている。その目つきはまさに獲物を狙う狩人であり、同時に主君を守る騎士のようでもあった。シルヴァとファルの関係性を考えれば騎士というのは間違っているかもしれないが、それだけファルという「駒」の大事さを物語っていた。
「なるほど、ここを通りたくば己を倒していけ……というわけですか。シンプルでいいですね」
ヨミは一度深く呼吸し、腰に携えた刀の柄に手をかける。
「どうした。武器を抜かずに戦うつもりか?」
「お気になさらず。これが私の戦い方ですので」
「そうか。ならば、こちらも遠慮なく行かせてもらうぞ――」
シルヴァは床を強く踏み込むと、風のように間合いを詰めてきた。
一方、ヨミはさらに一段腰を落とす。まだ刀は抜かない。最適の瞬間、最適の間合いが訪れるまで待ち構えていた。ただひたすらにじっと、しかし時間にすれば一瞬。
そのタイミングが、まさに今だった。
向かってくるシルヴァに対し、ヨミは一歩だけ深く踏み込む。
間合いに入る。
即座に抜刀する。
一閃がシルヴァの身体を斬り裂く――はずだった。しかし実際は違った。
「ぐううう……痛い、痛いねぇ」
刃は確かにシルヴァの肉体に食い込んでいる。だが致命傷には程遠い。それどころか血を流しながら、シルヴァはニカリと笑っていた。
「……驚きました。まさか体で刃を受け止めてくるとは」
「悪いね。ボクは無能だから、こんな戦い方しか出来ないんだ」
間合いに入ったのはシルヴァとて同じこと。逃げられないようヨミの腕を鷲掴み、剣を振り下ろした――。
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