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第51話 悪魔のささやき

「ここはどこだ! 縄を解け! おーい、誰かいないのかー!」


 連行された男は叫ぶ。

 そこは屋敷の地下にある小部屋だった。目隠しをされ、手足はロープで拘束され椅子に座らされている。窓もなく、近くには誰もいない。四方は灰色の石壁で覆われ、あるものといえば強固な鉄扉のみである。

 ここに連れられてきていったいどれだけの時間が経っただろうか。

 それからさらに時間が経ったのち、ようやく正面の鉄扉が開かれた。


「だ、誰だ!? オレをこんなとこに閉じ込めていったいどうするつもりだ!?」


「まったく……少しは静かにできないの?」


 扉から姿を現したのはファルだった。彼女は呆れたようにため息をつくと、男の目隠しを乱暴に取り外した。唐突に明るくなった視界の中、最初に目に映ったのはファルの肩に担がれた鉄槌だ。小さな少女の体にはおおよそ不釣り合いな巨大さに、思わず冷や汗がほほを伝う。

 まさか、あれで殴られるのか。この状況では否が応でも最悪の想像をしてしまう。だが男はそれを顔に出さないようにして、毅然とした態度をとった。


「嬢ちゃん、そんな物騒なものなんか持ってどうしたんだ。まさかこれからオレを処刑でもしようってんじゃないだろうな?」


 自分で言っていてなんだが、あながち冗談ではない気がしていた。よく見るとこの部屋、まるで処刑部屋みたいじゃないか。無意識のうちに男の体は小刻みに震えだしていた。そんなことあるわけないと心の隅で思いつつも、微かに感じる血の匂いがその思考を邪魔してくる。

 

「ええ、その通りよ。察しがいいのね」


「おいおい冗談だろ?! 確かに演説の邪魔はしたが、処刑されるほどのことかよ?! だいたい、お前が変なこと言いだしやがったのが原因だろうが! 本当は領主様たちも生きてんだろ!?」


 男は恐怖を紛らわすかのように吠えた。

 だがファルに男の叫びが届くはずもなく、彼女は粛々と処刑の準備を進めていた。担ぎ上げている鉄槌は、徐々に上へ上へと持ち上げられていく。

 そして、処刑は開始された。

 鉄槌が風を切り、男の頭上へと振り下ろされる。

 あれほどの啖呵を切っていた男も、さすがに目を瞑らざるを得なかった。

 

「うぅ! ぐぅ……ん?」


 いつまで経ってもやってこない衝撃に、男は恐る恐る目を開く。すると、目の前数センチというところで鉄槌が停止していた。寸止めされていたのだ。不思議なことに、処刑をすると息巻いていたはずのファルまでもが全身を震わせていた。


「おい、どうしたんだよ。オレを処刑すんじゃなかったのかよ!」


「あたしはやれる。あたしは、やれる……」


「ん?」


 あまりに小声で男の耳には届いていなかったが、ファルは鉄槌を握ったままブツブツ呟き続けていた。先ほどまでの威勢は見る影もなく、額には脂汗が滲んでいる。

 男は不審そうに彼女を見つめた。

 すると突然、部屋の扉が再び開けられた。

 次に入ってきた人物の顔には見覚えがある。

 

「まったく、キミにはほとほとガッカリだよ。頼んだ仕事も碌に出来ないのかい?」


 それは大通りでの演説でファルの隣にいた、いわば見せしめにされていた少年。ボロボロだった服はすでに別の服に着替えられており、顔の痣もいつの間にか消えている。おそらく塗料か何かでそれっぽく見せていただけなのだろう。

 そしていつの間にか、二人の立場も入れ替わっていた。

 大通りでの演説の時は憎たらしいほどに威張っていたはずのファルが、見せしめにされていた少年を前に恐怖をあらわにしている。

 男はそこでようやく、自分が騙されていたことに気づいた。

 すべて逆だったのだ。この町を本当に支配しているのはファルではなく、見せしめにされていた少年。領主夫妻を殺害したのも、隣にいる見せしめにされていた少年。

 

(ちょっと待てよ……)


 そこで男は、さらに重大な事実に気づいてしまった。いや、敢えて気づかないようにしていたと言うべきか。領主夫妻には息子がいた。その息子というのが、いま目の前にいる――。

 

「ウッ……!」

 

 強烈な吐き気を男は必死に抑え込む。気づいた事実を否定しようにも、少年の顔が視界に映るたびにどうしても思い出してしまう。数年前と比べると精悍というかやつれた顔つきにはなっているが、どことなく領主夫妻の面影は残っていた。

 そう、彼の名はシルヴァ。

 憶測が正しいのならば、彼は自分の両親を自らの手で殺害した。

 繋げたくなかった点と点が線で繋がった瞬間、男は必死に堪えていたものを吐き出してしまった。

 

「お前……お前は人間なのか? それとも……悪魔なのか?」


 男は潤みがかった目でシルヴァをにらみつける。

 

「はぁ。どっちでもいいよ」


「なっ!?」


「それって大事なことなの?」


 しかしシルヴァはまったく意に介することなく、ファルの持っていた鉄槌をつかみ取った。人間が扱うには持ち上げるだけで精一杯の代物ではあるが、裏を返せば持ち上げるだけでも充分だと言える。その圧倒的な重量により、振り下ろすまでもなく自重だけで相手を……特に生身の人間程度なら問題なく叩き潰せるからだ。

 

「ああキミはもう出てっていいよ」


 シルヴァは鉄槌を持ち上げつつ、部屋の隅で縮こまっているファルに告げる。

 

「いや、あたしもここに……」


「こんな狭い部屋に何人もいたら邪魔なの。分かる?」


「……! ご、ごめんなさい……」


 シルヴァの気迫に圧され、ファルは謝ることしかできない。だが実際、鉄槌を手放してしまったファルには何が出来ると言うのか。鉄槌を振るう勇気すらない臆病な自分に出来ることと言えば、ただ命令に従い続けることだけ。ファルは何言わず、部屋を後にする。

 

 ギィィィ……バタン。

 重くて冷たい扉が閉められる。

 程なくして男の悲鳴や固い何かが叩きつけられる音が聞こえ始めたが、それもしばらくすると鳴り止んだ。

 ファルは部屋の傍で、ずっと耳をふさいでいた。

 

「どうして……こうなっちゃったの……!」

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