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第50話 利用価値

 カッ

 ズドーーーンッッ

 ゴロロロ……

 

 付近に特大の雷が落ち、部屋の中が一瞬だけ白光に包まれる。

 今の落雷を皮切りに雨がさらに激しく強まり、屋根に打ち付ける雨粒の音だけが静かな部屋の中に響いていた。

 二つの死体の傍で、二人は立ち尽くす。

 部屋のドアが開いたのは、それから程なくしてからだった。

 

「どうかされましたか。先ほどからずっと音が……う、うわああああああーーっ!?」


 ドアを開けたのは使用人の男だった。

 確かにあんなに大きな鉄槌を何度も振り下ろせば、屋敷全体に音と振動が響いて然るべきだ。

 使用人は床に横たわる無残な死体を目にし、戦慄する。

 壁には大穴。

 傍らには巨大な鉄槌を担ぐ一人の少女(まぞく)

 状況は見るに明らかだ。

 シルヴァは一瞬思考を巡らせ、この状況を利用することにした。


「こいつだ! こいつが父さんと母さんを殺したんだ!」


「なっ……!? お前、何を言って……」


 シルヴァの突然の豹変に、ファルは頭を強く殴られたかのような衝撃を覚える。慌てふためいて潔白を訴えるが、使用人には届かない。

 だいたい、いつから自分が潔白だと錯覚していたのだろうか。ちらりと見えたシルヴァの口元はわずかばかり緩んでいた。そこでファルは理解する。

 自分はもう、引き返すことなど出来ない……と。

 

「ではそこに横たわる二つの死体は、ご領主様方……」


「そうだ。お前は早く屋敷の人間に魔族襲来を知らせろ!」


「りょ、了解いたしました。シルヴァ様も早くお逃げください!」


「ボクのことは気にしなくていい。両親の仇は……ボクが討つんだ!」


「お前、どうして……」


 困惑しているファルに、シルヴァは鉈を突き付ける。その間に使用人は部屋を飛び出し、おそらく屋敷にいる他の使用人を叩き起こしに向かった。

 その様子を見届け、シルヴァは鉈を下ろす。それどころかさらに放り投げ、両手を真上に上げた。

 

「降参だ」


「え……?」


「あれ、知らないのかい? 人間の世界ではこのポーズは反抗の意思はないっていう意味なんだ。だからおめでとう、キミの望みはこの瞬間に叶った。この町はキミの好きにしていい」


「いや、あたしは……!」


「もしかして町を乗っ取った後のことは考えてなかったのかい? ……しょうがないなぁ。ボクでよければ手伝ってあげるよ。ただし、指示には従ってもらうからね。逆らったりしないでよ?」


「ま、待って……!」


「返事は?」


「だから、話を……!」


「へ・ん・じ・は?」


「……。はい、分かりました……」


 ファルはシルヴァの迫力に負け、力なく返事をする。相手は自分よりも圧倒的に力で劣り、しかも魔力もないただの人間だ。しかしこの世に最も繁栄しているのは魔族でもなければ竜人族でもない。そう、人間だ。この世は人間の楽園と言っていいほどに、人間にとって都合のいいように作られている。

 魔族としてはまだ幼いファルにはまだ分からなかったのだろう。この世で最も弱い人型種族は人間。しかし、この世で最も狡猾で残虐なのも、人間であることを。

 たとえ今は分からなくとも、これから存分に分かることになる。

 目の前にいるシルヴァだけが特別なのではない。むしろ誰もかもがシルヴァのようになる因子を抱えている。それが人間。シルヴァは、ただ引き金を引いただけに過ぎない。

 

 彼は決して特別なのではない。むしろ普通だ。少し特殊な家庭に生まれ育ったというだけで、彼は普通の人間なのだ。

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 町の中心部である大通りには、たくさんの人が集まっていた。

 彼らの視線の先にいるのは、ファルだった。

 そして傍らではシルヴァがボロボロの衣服を纏い、頬や瞼には青紫色の痣が痛々しく腫れている。

 詳細は分からなくとも、何かが起きたであろうことは一目瞭然だ。

 そして未だやまぬ喧騒を押し切って、ファルは声を上げる。

 

「皆の者よ、聞くがいい!」


 突然の大声により、幾分か喧騒は陰りを見せる。だが何よりも視線はファルに釘付けとなった。まずは注目を集める。人心掌握の第一歩である。静寂の訪れから数秒ほど待ったのち、ファルは再び声を上げた。

 

「この町の長はもういない。あたしが殺した。……よって、本日よりこの町はあたしの支配下に治めることとする!」


「な……なんだと……!?」


 巻き起こるどよめき、悲鳴、怒号。

 思い思いに感情を発露させ、その場に混乱が生じる。

 やがて最前列にいた男が身を乗り出し、ファルに詰め寄った。

 

「おいこらガキ! なにふざけたこと抜かしてんだ! この町は大昔からおれたちの町だ! お前みたいなガキに好き勝手させる訳にはいかねぇんだよ!」


 怒りのあまり顔を紅潮させ、ファルの胸ぐらに掴みかかる。だがそれを制止したのは、屋敷の使用人たちだった。彼らはすでにファルの支配下にあった。

 

「がっ!」


 男は即座に組み伏せられ、身動きを封じられてしまった。ファルはそんな男に一瞥すらくれてやることなく、手の空いている使用人たちに冷たく言い放った。

 

「……こいつを屋敷まで連れていきなさい」


 使用人たちはファルの命令に従い、男を連行する。

 その様子を唖然と見ていた群衆だったが、時が経つにつれて騒ぎが収まっていく。ようやく彼らは状況を理解したらしい。ぶしつけな態度を取れば、次は自分がああなるのだ、と。

 人々をまとめ上げるのに最も手っ取り早いのは、恐怖による支配。

 

 これはシルヴァからの教えだ。

 演説の内容も、すべてシルヴァが考えたもの。

 一字一句間違えることなく言えるファルは、きっと何かの才能があるのだろう。

 その後も続くファルの演説を特等席で聞いていたシルヴァは、一人ほくそえんでいた。

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