第48話 優秀な両親と兄
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父は弁護士、母は検事、それでいて家は領主という絵に描いたようなエリート家系にシルヴァは生まれた。当然将来を期待され、物心つくころには勉学と武術に明け暮れる日々を送っていた。寵愛を一身に受けていたといえば聞こえはいいが、要は両親の操り人形として生きてきたようなものだ。
だが、シルヴァにとってそれは決して苦ではなかった。むしろ自分に向いているとすら思っていた。実際、彼は自分の置かれた立場に満足しており、将来は両親の跡を継ぐのだと信じて疑わなかった。
いや、疑わなかったというより、思い込んでいたというべきかもしれない。
「お前は本当に優秀だな。将来は弁護士になるんだよな?」
「何言ってるのあなた。もちろん検事になるに決まってるわ」
両親は優秀な息子を愛してやまなかった。誕生日になれば盛大に祝い、文武両道を極めるべく様々な習い事もさせた。時には家族そろっての旅行に出かけることもあった。
「な、そうだろ?」「ね、そうでしょ?」
「――ゴルド」
しかし、その言葉はすべてシルヴァにではなく、兄のゴルドに向けられたものだった。
確かにシルヴァも優秀だったが、そのさらに上を行く優秀な兄がゴルドだ。両親はことあるごとに兄と比較した。兄は両親の愛を一身に受けていた。両親は優秀な息子を愛してやまなかった。
誕生日になれば盛大に祝われるのはゴルドだけだ。ゴルドだけが、様々な習い事を受けていた。時には両親とゴルドの三人で旅行に出かけていたこともあった。
目を覚まし、部屋を出たら屋敷には自分と使用人だけ。
そんな経験は一度や二度ではない。
両親も、兄がいれば自分はいらない存在なのだと。
シルヴァはいつしかそんな考えを抱くようになっていた。
もちろん彼自身、両親のことは好いているし、兄を恨んだり嫉妬したりしているわけではない。むしろ両親には愛されていると信じて疑わなかったし、兄のことも尊敬していた……いや、憧れていたのかもしれない。
ただあまりにも違いすぎるのだ。努力すれば努力するほど兄の素晴らしさが分かるばかりに、追い付くどころかどんどんと遠ざかっているような気がしてならなかった。
あるいは、自分は両親や兄から必要とされている存在であると縋りたかったのかもしれない。
世間全体で見れば優秀でも、家の中だけという狭い環境ではシルヴァは落ちこぼれだった。
そしてある日、事件が起きる。
それは、両親が重要な裁判のために遠くの大きな町へ行っていた日のことだった。
「兄ちゃん。下で何か音がしない?」
階下の部屋からガサゴソと何かを漁る音を耳にしたシルヴァは、ゴルドにそのことを告げる。
「確かに何か聞こえるな。よし、オレが様子を見てきてやるよ」
「えっ、危ないよ……。強盗だったらどうするの?」
「オレは強いから大丈夫だって。お前もオレの剣の腕前は知ってんだろ?」
「でも……」
「そんなに不安ならクローゼットの中にでも隠れてろ。オレが来るまで開けるんじゃないぞ」
「うわっ!」
シルヴァはゴルドに押し込まれるようにしてクローゼットの中へ入り込んだ。少し埃っぽい。
兄のことは信頼しているので、強盗相手でもどうにかしてくれるだろうと思っていたが、やはり不安なものは不安だった。もしものことがあったら……そう考えるとなかなかクローゼットから出られずにいた。
きっと大丈夫。でも……。心の中でその二つを交互に繰り返し、暗闇の中で息をひそめる。
だが、いくら時間が経ってもクローゼットは一向に開かない。
おかしい。そう感じ始めたころ、突如物音がしたかと思うとクローゼットの扉が勢いよく開かれた。
暗闇に慣れてしまったせいか、部屋の明かりが直視できず目が眩んでしまう。
「シルヴァ……?」
光の中現れたのは、ゴルド……ではなく両親だった。どうやら相当な時間が経っていたようで、別の町で行われた裁判が終わって帰ってきていたらしい。
しかし、なぜクローゼットを開けたのはゴルドではなく両親だったのか。
そして、なぜ目には涙を浮かべているのか。
両親に連れられた先の階下の部屋で、その答えを知ることになる。
「兄……ちゃん……?」
ゴルドは頭から血を流し、息絶えていた。状況は明らかだった。強盗に殺されたのだ。部屋は荒らされ、凶器と思しき血の付いた置物も転がっている。シルヴァはその場に膝をつき、両目から涙を流した。両親はそんなシルヴァの様子を案じ、強く抱きしめた。
「お前だけでも無事でよかった……!」
この時、シルヴァは自分が勘違いしていたことを悔いていた。何が自分は優秀じゃないから愛されていない、だ。自分はこんなにも愛されているじゃないか。
そして、自分が兄の代わりになることを誓った。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
ゴルドの葬儀が終わった次の日から、ゴルドが受けていた習い事や剣術の鍛錬はシルヴァに引き継がれたが、やはり兄のようはやはり兄のようには上手くいかない。
以前にも増して厳しい両親からの当たりに、シルヴァは次第に心を閉ざしていった。
兄のように振舞おうとしても、結局は両親は自分を見てくれない。だったら兄として振舞う必要なんてないじゃないかと。
そんな心の変化が影響したのか、ゴルドほどではなくてもそれなりに優秀だったはずのシルヴァの実力はみるみる落ちていった。それでも両親は以前と同じような期待の目を向けてくるので鬱陶しいことこの上ない。
それでも習い事も剣の鍛錬も怠けることなく続けてはいたが、一向に芽が出ることはなかった。
次第に両親は、期待の目すらも向けなくなっていた。
だがある日、シルヴァに転機が訪れる。
それは、真夜中に目が覚めて屋敷内をうろついていた日のことだった。
「……はぁ」
大きなため息が聞こえてきたのは、両親の寝室からだった。まだ明かりが灯っている。なにやら小声で話し合っているらしく、シルヴァは何の気もなしに耳を澄ませてみた。だがそれが間違いだと、この時は知るはずもなく。
(まったく、なんであの日生き残ったのがあいつなんだ……)
(そうね。殺されたのがゴルドじゃなくて、シルヴァだったらよかったのに……!)
(……!?)
シルヴァの心臓がドクンと高鳴った。聞き間違いじゃないだろうか。冗談で言ったのではないだろうか。勘違いという希望に縋ろうとした。しかし、どう考えても聞き違いではない。両親の性格からしてそんな冗談を言うはずもなかった。
やはり、自分は両親からは必要とされていない。
薄々分かっていたこととはいえ、実際に目の前に突き付けられては動揺せざるを得なかった。
「そっか……やっぱりボクはあの日死ぬべきだったんだ……」
シルヴァは鉈を手にし、両親の寝室のドアを開けた。




