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第47話 裁判長ごっこ

 ◇

 

 

「どいつもこいつもさぁ……そんなにあたしの手を煩わせたいわけェ~?!」


 見るからにイライラした様子で、ファルはサンドイッチ屋の店主ににらみを利かせていた。彼女の人生の中で今日以上に受難が続いた日はないだろう。

 一日に何度も裁判をやることになったうえ、脱獄までされてしまった。親衛隊たちは脱獄犯を捕まえてくるどころか、皆いいようにやられてしまった。大の大人たちが、たった数人の少女にだ。

 しかも町に派遣した親衛隊は、脱獄犯を一人も連れ戻せないどころか、よく知らないオッサンを連れてくる始末だ。情報を隠し持っているとはいうが、店主はいっこうに口を割る気配がない。その寡黙な態度がファルをイライラさせていた。


「あんたも状況分かってるの? このまま黙ってるんじゃあんた、死刑なんだけど?! し・け・い!」


「フン。裁判長ごっこは楽しいか?」


「……は?」


 ファルの瞳孔が開きかける。

 だが店主は臆することなく、あるいは気づくことすらなく、隠し持ってきたサンドイッチを口元に運び始める。がつがつ、ガツガツ。まるで挑発するかのように、食べかすを散らしながら一瞬で平らげてしまう。


「あんた……そんなに死にたいの?」


「こちとらメシも食わされないままこんなトコに連れてこられたんだ。腹が減ってんだよ。すこしぐらい見逃してくれや」


 店主はふてぶてしく指に付着したパンの粉を舐めとる。そんな舐めた態度が、ファルのイライラを余計に加速させた。傍にあった巨大な鉄槌を手にし、少し浮かせて床に打ち付ける。脅しのつもりだったのかは知らないが、当然店主が動じるはずもなく。


「お前らはいつからそんなに腑抜けた種族になったんだ? 人の真似事なんかしやがって、楽しいか? なあ、楽しいのか?」


「……ッ!」


 その言葉が引き金になった。

 ファルの中で何かが吹っ切れた。額には青筋が浮かび、瞳孔は完全に開く。鉄槌を握りしめる力は最大限まで高まり、次の瞬間には思い切りよく振りかぶられていた。

 

「もういい! あんたはこの場で死刑にしてやるんだから!」


 そして、鉄槌が振り下ろされる……その寸前。

 

「その判決、ちょっと待った!」


 店主の背後にある扉が勢いよく開けられ、ファルは目を見開いた。あまりにも驚いたのか、鉄槌は店主に直撃する寸前で止められている。

 扉の向こうには、三人がいた。

 ヨミにマリーベル、そしてエルシャだ。

 

「お前ら……なんで来ちまったんだ。坊主に町を出ろって言われなかったのか?」


「ええ、言われましたよ。けどそれでは私たちは納得しませんので」


「……ふん」


 ヨミの言葉を聞いた店主は、ただ鼻で笑うのみだった。呆れているのか、あるいは感心しているのか。それは当人にしか分からないことだった。

 

「なに、なんなのあんたら……。わざわざ戻ってくるなんて、いったいどういうつもりなの?」


「もちろん、店主さんを連れ戻しにきたに決まってるでしょ。まさか私たちが観念して自首しに来たように見えた?」


 マリーベルは強気に言い放つ。

 図々しい、生意気にもほどがある……とファルは思っただろうか。しかしストレスが貯まることはなかった。すでにイライラは最大限まで溜まっていたからだ。これ以上のストレスが貯まる余地などない。

 歯をギリリと擦り合わせるが、もはやファルは自分が立てている音にすら気づけていなかった。

 

「ファルさん」


 そう言って、エルシャは前に一歩踏み出す。

 

「どうしてこんなことをするんですか?」


「……うるさい」


 呟き、俯くファル。

 エルシャの言葉はさらに続く。

 

「やめましょうよ。こんなことをしたって、町の人が苦しむだけです」


「……うるさい!」


「もしかして、誰かに強制されているんですか?」


「うるさいうるさいうるさい! あーもう面倒くさい、この際あんたを死刑にしてやるんだから!」


 ファルは鉄槌を振りかぶり、エルシャに目掛けて振り下ろす。その風圧で互いの髪が揺れるが、肝心のエルシャには傷一つない。

 振り下ろされる寸前、ファルの腕はピタリと止まっていた。

 それどころか、エルシャに至っては一歩も動かず目すら閉じていなかった。

 

「……え?」


 そんな素っ頓狂な声を上げたのはファルだった。


「どうして……あんた、避けないのよ」


「なんででしょうね。言葉に表すのは難しいんですが……なんというか、あなたからは殺気……みたいなものを感じなかったので」


 ファルは振り下ろすのを止めたというより、止めざるを得なかったというべきか。エルシャに言われた通り、殺すつもりで振り下ろしたつもりはなかったのかもしれない。ただ単に驚かせて、生意気な態度を改めようとさせたかったのかもしれない。

 いや、どれも違う。

 実のところは――。


「ああそう! じゃあお望み通り次こそ本当に死刑にしてやるわ!」


 再びファルは鉄槌をエルシャに振り下ろす。

 だが、またしても寸前で止まった。またしてもエルシャはピクリとも動じなかった。

 

「……ッ!?」


「ファルさん」


 エルシャは寸前に迫る鉄槌を前に、さらに言葉を続ける。

 

「もしかしてあなたは……人を殺したことなんてないのではありませんか?」


「は……はぁ!?」


 ファルは思わず声を荒げた。

 正直言って、エルシャ自身も自分の口からこんな言葉が出てくるとは思っていなかった。しかし短期間に数々の修羅場をくぐりぬけ、様々な殺意を身に受けてきたせいか、あるいは「生」への執着心が人よりも強いせいか、「殺気」を人よりも敏感に感じ取れるようになっていた。

 殺気を敏感に感じ取れるということは、その裏返しで「殺気がない」ことも分かってしまう。

 あくまで体感でしかないので詳しくは分からないが、とりあえずファルからは殺気を感じない。

 それどころか小さな虫が歩いていたら避けて通るような、そんな温厚な雰囲気をファルからは感じていた。

 

「何言ってるのあんた……あたしが人を殺したことがない?!」


「はい。この状況が何よりの答えです」


「その減らず口もいつまで――」


 ふとファルは気づいた。エルシャの傍にいたはずのヨミが、いつの間にか姿を消していることに。だが気づいたときにはもう遅かった。

 ヨミはすでにファルの背後に回り、刀を振り下ろす構えに入っている。

 

「――し、しまっ」


 眼前に刃が迫る。もはや避けることはできない。人に散々死刑宣告をしていた割には、最期には自分も反射的に目を閉じてしまうらしい。

 あまりに屈辱的だが、あまりにお似合いな最期だ。

 しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。

 恐る恐る目を開けると、そこには。

 

「……やはりあなたが黒幕でしたか」


「まだファルには死んでもらっちゃ困るんでね」


 ヨミの刀を受け止めたのは、突如現れた男が手にしていた剣だった。激しいつばぜり合いの末、両者の武器が後方へ弾かれる。


「シルヴァ!?」


 マリーベルは、目の前に現れた友人の名を叫んだ。

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