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第45話 監視の目

 町の雰囲気に違和感を覚えたのはその直後のことだった。最初に町を訪れた時に覚えた違和感とは逆の違和感(・・・・・)だ。

 あちらこちらから人の声や足音が聞こえてくる。あれほどまでに静まり返っていた町が、まるで急に叩き起こされたかのように異様な喧騒に満ちている。活気、賑わいとはまったく別の騒々しさと言うべきか。遠目には人の姿もぽつぽつと見受けられる。きょろきょろと辺りを見回すような仕草からして、まるで誰かを探しているかのようだ。

 

 そう、例えば……脱獄犯とその共犯者たちを捜しているのかもしれない。

 

「これは厄介なことになりましたね」


 思わずヨミが呟く。同時にエルシャやマリーベルも、この町の真の恐ろしさに気づき始めていた。もし今考えている仮説が合っているなら、自分たちは警戒すべき相手を見誤っていたことになる。真に警戒すべきは親衛隊などではなく――。

 

「おい、いたか?」


「いや、こっちにはいないようだ」


「仕方ねえ。場所を移すぞ」


 この町の住人、ひいてはこの町そのものだと言うことだ。今だけに限らず、常時この町には人の数だけ監視の目が付きまとう。そんな中をかいくぐって屋敷を目指すのは、まさしく至難の業としか言いようがない。

 エルシャたちは物陰に身を隠しながら移動を繰り返していく。

 だがこのやり方では町の住人が視界に入るたびに後退せざるを得ず、いつまで経っても屋敷にはたどり着けそうにない。

 袋のネズミ。

 この町全体がまるで行き止まりだらけの地下牢かのようだ。

 

「……ん? なんだお前ら、怪しいぞ!」


「まずい、こちらへ!」


 注意を払って進んではいたものの、曲がり角で住人にバッタリ出くわしてしまう。三人はすぐさま道を引き返し、ヨミの誘導で路地の奥へと駆け込む。住人を撒くことは出来たが、またしても屋敷からは遠ざかってしまった。

 時間が経てば経つほどに、今自分たちが相手にしている「大衆」への恐ろしさが身にしみてくる。


 逃げても逃げても追跡の目は減るどころか増える一方だ。

 徐々に徐々に、逃げ場はなくなっていく。

 そうして間接的に、そして無意識的に彼らはエルシャたちを追い込んでいた。

 これこそが「大衆」の力。

 

 圧倒的な「数」、そして「弱さ」。

 親衛隊と違い、彼らは武力を持たない。

 それゆえにひとたび強硬手段に出れば、今度こそ間違いなく「罪人」の烙印を押されてしまう。

 

 だからエルシャたちは逃げるしかなかった。

 

「くう……キリがないわね」


 息の詰まりそうな状況に、マリーベルまでもが思わず弱音を漏らす。

 

「転移魔法陣で屋敷までは行けないんですか?」


 とエルシャは尋ねるが、マリーベルは首を横に振る。

 

「申し訳ないけど、私の力では複数人をあんな遠くまでは運べないわ」


 どうやら転移魔法陣の難易度は、人数と距離が増えれば増えるほど倍々式に高くなっていくとのこと。

 果物が一つだけ入った袋を近くに運ぶ場合と、ぎゅうぎゅう詰めになるまで入れた大箱を遠くまで運ぶ場合を考えれば分かりやすいか。要するに今のマリーベルでは三人を屋敷まで運べる力はない。

 あくまで緊急用の回避手段と考えた方がいいらしい。

 などといったことを忠告していると、

 

「……お前さんたち、ちょっとこっちへ来な」


「ひゃい?!」


 暗闇から急に話しかけられ、マリーベルは情けない声を上げて驚いてしまう。話しかけてきたのは薄暗くて細い道にいる誰かだった。しかしその男の顔には見覚えがあった。


「あなたはもしかして……宿屋のご主人ですか?」


「ああそうだ。昼ぶりだな」


 そう言って宿屋の主人は、怪しい手ぶりで手招きをする。指し示す方向にあるのは、ただひたすらに濃い闇。路地裏がさらに奥まった袋小路だった。

 

「あの、ヨミさん……この人は誰ですか? ついていっても大丈夫なのでしょうか……?」


 エルシャは思わずヨミに大丈夫なのか尋ねる。この中では唯一エルシャだけが面識がない。そんな男の手招きについていくことに、一抹の不安を覚えない方が不自然だろう。


「私が予約するつもりだった宿屋さんのご主人です。きっと悪い人ではありません」


「そ、そうですか……」


 ヨミがそう言うならば大丈夫なのだろう。……なのだろうか? しかし、他に頼るものもない。エルシャたちは宿屋の主人に誘われるがまま、路地裏の奥へと歩を進めていく。足元すら見えないほどに薄暗い小道だ。湿気が強くなり、空気も生ぬるくなってきた気がする。

 やがていよいよ行き止まりまで来たかと思うと、宿の主人はこちらに振り向き、こう言ったのだ。


「お前さんたち、高台の屋敷へ用があるんだろう? ならここを通っていくといい。ここならば住人には絶対に見つからない」


 視線の先にあるのは鉄で出来ている円形の蓋のようなものだった。宿屋の主人が力を込めてどかすと、そこへ人が一人通れるほどの穴が現れる。


「この穴を下りたら、突き当りまでまっすぐ進むといい。そこにある梯子を上れば屋敷に出られる。少し(にお)いはするが気にするな」


「なるほど。地下水路ですか」


 臭いというワードでヨミは気づいたらしい。

 確かに地下水路は町の地下に張り巡らされた水の通り道。町一番の大きな建物ならば、水路でつながっていておかしくない。加えて、住人の目も皆無といって等しい。この状況では最も安全で確実なルートと言える。

 

「どうする。クサいのが嫌なら地上を通っていくしかないが」


 宿屋の主人の問いかけに否を述べる者はいない。臭いごときで立ち止まるなら、最初から旅になど出ていない。言葉には出さずとも、皆の意見は一致したようだ。

 

「いいえ、ありがたく使わせていただきます」


 エルシャはそう言い、穴の中へと入っていった。

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