第44話 心配するな
ハイネが言っていたことは間違いではなかった。確かにこういう奴に限って本当にしぶとい。もはや認めざるを得ない事実だ。デルクは続けざまに声を上げる。
「やいお前ら、さっさと出てこい! 隠れてんのは分かってんだからな!」
視線があちこちに向けられていることから、どこに隠れているかまでは分かっていないらしい。だが、この店の中で隠れらそうな場所はほとんど限られている。厨房の奥など真っ先に探されそうな場所だ。身を隠す四人は必死に息をひそめつつ、店主とデルクのやり取りに聞き耳を立てる。
「おい、店主。まさか連中をかくまっているんじゃないだろうな?」
「滅相もない。私にそんな大それたことは出来んよ」
店主が取り繕った口調で言う。当然、デルクは納得しない。
「ふん、どうだか。連中をかくまっているなら貴様も同罪だぜ?」
「もういいだろデルク。それ以上言いがかりを続けるならボクが許さないぞ」
シルヴァが二人の間に割って入りながら言う。
「あ? お前には関係ないだろ。つーか、どうしてお前がここにいやがる」
「ボクはこの店の常連だ。何か問題でもあるのかい?」
「ああ。我らがご領主様が脱獄に一枚噛んでいたとしたら、とんでもなく大問題だろうなァ」
「確かに大問題だろうね。本当に一枚噛んでいたら、の話だけど」
デルクはわざとらしく声を張り上げるが、この程度のことでシルヴァが顔色を変えたりはしない。まったくもって面白くない反応だ。こういう態度がデルクには気に食わないのだ。
「あくまでシラを切るつもりか。ならばこちらにも考えがある。……やれ、お前ら」
デルクは他の親衛隊員に目で合図。すると次の瞬間、彼らは店主の背後に回って腕をひねり上げた。
「ぐあっ!?」
想定していなかった事態に、店主は声を上げる。それに気をよくしたのか、デルクは口角を釣り上げた。偉そうに腕まで組み、もっと強くするよう指示する。
「くくく……さっさと吐いちまえよ。早くしねえと折れちまうかもなぁ」
「やめろ! その人は関係ないだろ!」
「あるかないかはここで判断することじゃねえ。我らが裁判長様に決めてもらおうじゃねえか」
「さ、裁判長……? まさか、あいつか!?」
「ああ、もちろんファル様だ。くくく……この町じゃあ今も昔もイザコザが起きたら裁判長様に良い悪いを決めてもらってたじゃねえか。それが一番公平なやり方ってやつだろう?」
デルクがにやにやしながらそう言うと、他の親衛隊員たちも同調して下卑た笑い声を上げ始める。
「なら代わりにボクを連れていけ! 店主さんは本当に関係がないんだ!」
「な~に言ってやがる。お前こそ関係ないだろうが。ここはお前の店か? 関係ねえ奴が出しゃばってくんじゃねえよ。名ばかり領主は名ばかりらしく、ファル様の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ!」
そう言ってデルクはシルヴァを突き飛ばす。テーブルや椅子を巻き込みながら、シルヴァは床を転がっていった。なんて哀れな姿だ。突き飛ばしたデルクさえもそう思うほどだ。無力さを嘆くかのように唇を噛みしめてはいるものの、立ち上がる気力は残っていないだろう。
「フン。張り合いのねえ野郎だぜ。お前ら、とりあえずこの店主を連れていけ」
「や……やめ、やめろっ! やめてくれぇーーーっ!!」
シルヴァは瓦礫のように崩れた椅子の中から、手を伸ばして叫ぶ。しかし、そんな力のない言葉で親衛隊員が手を止めるはずもなく。店主も抵抗を見せる様子はなく、シルヴァに振り向いてただ一言だけ。
「……心配するな」
「待って……待って、くれよ……」
伸ばしていた手が、だらりと崩れ落ちる。シルヴァの悲痛な叫びは、誰にも届くことはない。彼はそれからしばらく床に這いつくばったまま動けなかった。ほんの少しだけ見えた店主の顔は、自分とは違って実に覚悟が決まっていた。
だが、きっとそれは強がりでしかないのだろう。常連だからこそ分かる。昔からあの人はそうだった。風貌や口調こそぶっきらぼうなものの、何よりも客を一番に思う優しい男だった。たとえ自分に不利益が出ようと、客が喜ぶなら率先してやる男だった。
先ほど食べたサンドイッチもそう。もともとはメニューになかったものの、幼少期のシルヴァが食べたいと言ったら近くの店から食材を買ってきて出してくれた。あの時の喜びは今でもよく覚えているし、店主も珍しく笑っていた。
そんなこともあってかメニューに追加されはしたが、あの急ごしらえサンドイッチの味を好むのはシルヴァだけだった。しかし、シルヴァはそんな62点のサンドイッチが何よりも好きだった。それからずっと、変わらない味を店主は守り続けてきたのだ。
「よし、連れていけ」
デルクは他の親衛隊員に指示する。店主は抵抗する様子もなく、店の外へ連れ出されてしまった。あれだけいた隊員もぞろぞろと続くように外へ出ていき、残るはデルクだけとなる。
「さて、そんじゃあ店内捜索といくか」
「――! な、約束が違うぞ!」
突然の物言いに、シルヴァは強い憤りを見せる。
「オレは何も約束した覚えはないが? つーか、罪人を捕らえたら根城を調べんのは常識だろ」
「この……!」
「あとお前、いくら何でも分かりやすすぎ。さっきからチラチラ厨房の方見てるのバレてんだよ。ま、隠れるとしたらここしかねえよな」
そう言うとデルクは無遠慮に厨房へと足を進める。
まずい、その場所だけは――。
ファルは立ち上がろうとするがうまく力が入らず、またしても瓦礫の山へ崩れ落ちる。
もがき、あがいているうちにデルクは厨房の中へ。
「……ちっ、アテが外れたか」
しかし、そこには誰一人として隠れてはいなかった。
◇
「……危ないところだったわね」
と、汗をぬぐいながらマリーベルを含めた四人が転移魔法陣の中から姿を現す。場所は店の屋根の上。四人一気にとなると近い場所にしか転移できないが、緊急の避難先としてはここで充分だ。
「驚いたのう。おぬし、転移魔法陣が使えよったのか」
ハイネがマリーベルに言う。
「ええ。地下牢では役に立てなかったから、せめてここくらいはね」
マリーベルはエルシャに手を差し出す。エルシャはその手を掴み、屋根の上へ立ち上がった。地上の様子を見下ろすと、デルクを含めた親衛隊員たちが店主を連れて引き上げて行く様子が見て取れる。やがて姿が見えなくなり、店内へと戻るとシルヴァが椅子の瓦礫の中で力なく横たわっていた。
「大丈夫ですか、シルヴァさん」
ヨミが瓦礫の中からシルヴァを助け出す。
「ボクは大丈夫だ。でも……」
体こそボロボロなものの、致命傷はないようだ。しかし、シルヴァにとっての問題はそこではない。
「店主さんが連れてかれてしまった。くそ、ボクがいながらなんてザマだ……!」
「今すぐ追いかけましょう。今ならまだ間に合うはずです」
ヨミはそう言うが、シルヴァは首を横に振る。
「いや、これはボクの問題だ。キミたちが気にすることじゃない。それよりもキミたちは早くこの町を出た方がいい。いずれ町全体に親衛隊の包囲網が敷かれるはずだ」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「駄目だ! 店主さんの犠牲を無駄にするつもり――ぐっ!」
言葉の途中でシルヴァはよろめいてしまう。口では大丈夫と言うが、そう思っているのはシルヴァ本人だけだ。彼の体はすでに満身創痍である。
「そんな体で何が出来るっていうのよ。ここは私たちに任せてくれないかしら」
マリーベルはシルヴァの背中に手を添えつつ言う。
「……本当に済まない。マリーちゃんには昔から迷惑をかけてばっかりだ」
「そんなの私だって同じよ。困ったときはお互い様でしょう?」
「ありがとう。だが行くなら今すぐ行った方がいい。機嫌の悪いファルは何をしてくるか分からない。それこそあんな馬鹿げた裁判を挟まず、即刻殺してしまう可能性だってある」
「確かにそうかもね」
これにはマリーベルも納得してしまう。あの傍若無人っぷりは忘れたくても忘れられないだろう。だがそれが魔族という種族。長きにわたって人間と対立していた理由が、今日になって初めて分かった気がする。
「エルもそれでいいわね?」
「はい。これ以上、犠牲者は出したくはありません」
エルシャは迷いなく頷く。他の皆も考えは同じなようだ。四人の視線もまた同じ方向へ向けられている。そう、高台にあるファルの屋敷へと。
「よし。では行くとするかの」
ハイネは言う。
だがシルヴァが彼女を呼び止めた。
「すみません、ハイネさん。ちょっといいですか?」
「む? なんじゃ?」
「あなたはここに残っていただけませんか? どうしても協力していただきたいことがあるんです」
「うーむ。まぁ、おぬしの頼みとあらば聞いてやりたいところじゃが、さすがに他の者にも聞いてみなければのう」
ハイネは他の三人に目を向けると、皆一様に頷いた。異を唱える者はいない。
「ふふん、おぬしら本当に頼もしいのう。では店主の救出はおぬしらに任せようぞ」
「ありがとうございます、ハイネさん。皆さんもどうかご無事で帰ってきてください」
再び皆は頷き合う。
そうしてヨミ、マリーベル、そしてエルシャの三人は高台の屋敷を目指して駆けだした。




