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第43話 脱獄

「しかし驚いたぜ。まさかそんなクソ強ェ武器を隠し持ってたとはな」


 下卑た笑みを浮かべながら、デルクがゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「武器とはこれのことかの」


「それ以外に何があるってんだ」


 ハイネが突き出したただの棒切れに、デルクは強い関心を示していた。「クソ強ェ武器」なんて言うものだから合っているか不安だったが、どうやらこの棒切れで合っているらしい。

 

「まあオレ様は優しいから交換条件を出してやる。その武器を捨てれば、ここを通してやろう!」


(ハイネさん、もしかして……)


(うむ。じゃがまだ黙っておこう)

 

 そして二人は確信に至る。デルクは勘違いをしている、と。理力を用いなければ、本当にただの棒切れでしかないのに。

 しかし、この勘違いを利用しない手はない。ハイネは小さく咳払いをして喉の調子を整えると、一世一代の演技に臨んだ。

 

「そ、そうすれば……本当に見逃してくれるのかの?」


「ああ。オレが嘘をつくように思えるか?」


「思わん思わん! 言う通りにするから、わしだけは見逃してくれ!」


(えっ?!)


 あまりに演技が迫真すぎて、エルシャは思わずギョッとしてしまう。実は演技ではなく、本当に見捨てるつもりかもしれないと不安になるほどだ。味方すらも騙す演技力とはこのことか。けど、本当に演技じゃなかったらどうしよう。


「ならオレ様の近くに投げ捨てろ。そうしたらお前だけは見逃してやる!」


 そんなエルシャの不安を置き去りにして、デルクは興奮気味に棒切れを捨てるように指示する。ハイネは躊躇うこともなく、ただの棒切れを勢いよくデルクの方に投げた。


(演技ですよね?!)


 まるで本当に見捨てるような行動に、エルシャは思わず悲鳴を上げそうになった。しかしすぐにハイネが耳元に口を寄せる。


(もちろん演技じゃぞ!)


(そ、そうですよね……)


(じゃが、おぬしの挙動不審な演技も中々よかったぞ。おかげで奴もすっかり騙されおったわい)


(あ、ありがとうございます……)


 本当は演技ではないのだが、言わぬが花という場面もある。今がまさにそうだ。放り投げられた棒切れは緩やかな放物線を描き、デルクの足元に落下する。

 

「よし、ではお前だけは通してやろう」


 デルクはその棒切れを拾い、言った。


「ああ、ありがたやありがたや……」


 お言葉に甘えてハイネは横を通ろうとする。

 だがその瞬間だった。

 案の定、デルクは裏切ってきた。

 

「馬鹿め! 本当に捨てる奴があるかよ!」


 勝利を確信し、デルクは棒切れを振り下ろす。自慢ではないが、いや自慢だが腕力には自信がある。そこへ武器自体の威力が加われば、いったいどうなってしまうのか。答えはこうだった。

 

「……あ、あれェ?!」


 棒切れが腕に当たった。それだけだった。理力とは別の謎の力が働いたとかいうわけではない。ただ単に、棒切れを腕で受け止められただけだ。

 想像の遥か斜め下の結果に、デルクは戸惑いをあらわにする。

 

「き、貴様ァ! 何か小細工を仕掛けたな!?」


「おぬしにはどうせ扱えんよ。どれ、貸してみい!」


「――がっ!?」


 ハイネはデルクの手から棒切れを奪い返すと、勢いそのままに脳天へ振り下ろす。込めた魔力はもちろん最大限。大岩をも砕く硬度の棒切れが直撃し、デルクの体は勢いよく地面に叩きつけられる。その衝撃はあまりに大きく、石で出来ているはずの床が陥没した。当然、デルクも白目を向いて動かなくなってしまった。

 

「し、死んでませんよね……?」


「大丈夫じゃろう。こういう奴は大抵しぶといわい」


 似たようなことを最近聞いた気がする。さっそく腫れ始める頭を見て気の毒に思ったが、やってしまったものは仕方ないか。エルシャは割り切ることにした。それよりも増援が来る前に階段を上ることのほうが大事だった。

 

「確かにそうですね。早くここを出ましょう」


「おお、なんと切り替えの早い女子(おなご)じゃ」


 思わず感心するハイネ。

 二人は階段を上り、地下牢を抜ける。1Fにたどり着くと、なぜかすぐ近くに突き破られた窓があった。いったい誰が割ったのか分からないが、屋敷から脱出するにはこれ以上ないほどおあつらえ向きだ。

 

「よし、ここを通って脱出じゃ!」


「はい!」


 割れた窓から二人は勢いよく飛び立つ。牢屋に入れられて相当時間が経過しており、外はもう真っ暗だった。だがこの暗闇は身を隠すにはちょうどいい。追手の姿もなく、二人は悠々と屋敷の敷地から抜けるのだった。

 

 

 ◇

 

 

「ところでおぬし、どこか行くあてでもあるのかの?」


 屋敷を出てからというもの、エルシャははっきりとした足取りでどこかへ向かおうとしていた。その迷いのなさは、まるで目的地が最初から決まっているかのようだ。

 ハイネからの問いかけに、エルシャは足を止めずに答える。

 

「きっと二人は……あそこで待っていると思うんです」


 まずはヨミやマリーベルたちと合流する必要がある。待ち合わせ場所は決めていなかったが、直感だけを頼りに進んでいくと自然にこの場所へとたどり着く。それは、町に到着して最初に入ったサンドイッチの店だった。入口の扉を開けると、やはり店内は閑散としていたものの確かに二人の姿があった。

 

「……! 無事だったのね、エル!」


 扉を開けて入ってきたエルシャの姿を見て、マリーベルは思わず立ち上がる。同じテーブルにはヨミも座していた。

 

「やっぱりここだったんですね」


「……うん。エルならきっとここに来てくれるんじゃないかと思って、ヨミさんと待ってたの」


 思えばただ普通にサンドイッチを食べていただけなのに、ずいぶんと難儀な事態になってしまったことか。きっとこの中の誰かがそういう星の下に生まれてきたに違いない。エルシャは窓の外を見ながら、他人事のように考えていた。


「ようやく全員集合ってことでいいのかな?」


 すると厨房の奥から、シルヴァが人数分のサンドイッチが乗った大皿を持ってやってきた。どうやら彼はこの店の常連だけあって、店主とは顔なじみとのこと。名ばかりとはいえ領主でもあるので、特別に今日だけ貸し切りにしてもらったらしい。

 ……貸し切りにしなくたって常にガラガラ? 気にしてはいけない。

 

「みんなおなか空いただろう? ここはボクが奢るから、遠慮なく食べてよ」


「おお、いいのかの? タダ飯はわしの大好物じゃ」


 これまた似たようなことを最近聞いた気がする。どこで聞いたんだっけ……。

 だが思い出すよりも早く、ハイネがサンドイッチに手を付けた。間髪入れずに口に運ぶが、一口噛む度に微妙な表情になっていく。決して不味くはないが、かといって美味いというわけでもない。点数にすれば62点とでも言いたげな目をしていた。

 同様にエルシャ達もこぞってサンドイッチをほおばる。無言で。きっと腹が減りすぎて喋る余裕がないのだろう。

 

「じゃあボクも一つだけ。……うん、やっぱりこの味だ。さすがはご主人、ずっと変わらない味を守り続けているね」


 それが嫌味なのか、はたまた褒めているのか。実はシルヴァ自身もよく分かっていなかった。

 

「本当にこんな味だったかしら。前に食べた時はもっと美味しかった気がするわ」


 ついにマリーベルが本音を吐露してしまう。

 

「いいや、実際変わってないよ。変わったとするなら町の雰囲気のせいだろうね。こんな重苦しい雰囲気の中じゃ、何を食べても美味しくはならないよ」


 と、常連のシルヴァは言う。中々に説得力のある言葉だ。

 その後も黙食を続け、なんだかんだで完食に至った。食べ終わった後は互いに自己紹介を済ませた。一応、エルシャは最低限の礼儀として本名を名乗ってみたものの、ハイネもシルヴァも光の魔女とは同名の別人としか思わなかった。

 だいたい、こればかりはエルシャ自身も自分が何者なのか分かっていないのだから仕方ない。むしろ同名の別人だと思ってくれてありがたかったくらいだ。

 

「――! みなさん、厨房の奥に隠れて!」


 するとその時だった。

 ふと窓の外に目をやった店主が何かを察知し、エルシャ達に向かってそう叫んだ。


「何があったのですか?」


 シルヴァが尋ねる。


「親衛隊です。奴ら、どうしてここを見つけたんだ……」


「えっ!?」


 皆が一斉に立ち上がる。窓から姿が見えたということは、残された猶予は少ない。事情を伺う余裕もなく、店主とシルヴァを残して全員が厨房の奥へ駆け込んだ。

 

「……シルヴァくん。キミも隠れた方がいい」


「いえ、ボクが隠れるわけにはいきません。これでも一応領主ですから」


「しかし……」


「それにボクはこの店の常連ですよ。町の皆もそれを知っている。なら、ボクがいるのは不自然ではないでしょう。親衛隊との対応も人以上に慣れてます」


「……分かった。正直言って、私一人では不安だった。キミがいてくれてありがたい」


「光栄です。そろそろ来ますよ」


 シルヴァがそう言った直後、店の扉が勢いよく開け放たれた。それはそれは恐ろしい形相をした親衛隊がぞろぞろと店内に入ってくる。人数にして七、八人か。その中にはよく見知った顔もあった。

 

「この店に脱獄犯および脱獄を手助けした共犯者が逃げ込んだという情報が入った。店主、今すぐ奴らを出しやがれ」


 その横暴な口調。間違いない。頭にぐるぐると包帯が巻かれているが、デルクだ。

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