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第42話 理力

 袋のネズミを追い込んだはずが、逆に逃げられてしまったことで、親衛隊員たちは大慌てで通路を引き返していった。あれだけ騒がしかった鉄格子前も、一瞬にして静まった。

 疑問をぶつけるには丁度いいタイミングだろう。

 エルシャはハイネに問いかける。

 

「どうして駒が当たった程度であんなにのけ反ったんですか?」


「うむ。あれは理力(りりょく)によるものじゃ」


「理力……?」


 初めて聞く言葉だった。

 ハイネは腕を組み、壁に寄りかかりながら言葉を続ける。


「要するに魔力を物理攻撃力に変換する技術のことじゃよ。魔力の消費は激しいが、今の状況のように魔法を封じられてもある程度は戦える。言ってしまえば緊急用じゃが、久しぶりに役に立ったわい」


「へぇー……そんなすごいものがあったなんて知りませんでした」


 話を聞くエルシャは、ただただ感心するしかない。

 理力。確かにすごい技術だった。ただの石ころがまるで砲弾のような威力になるとは思わず、食らった親衛隊員には思わず同情してしまったくらいだ。

 あの小さな石ころ一つにいったいどれだけの魔力が込められていたのか。もしかしたら本当にすごいのは理力という技術ではなく、ハイネ自身なんじゃないかと思えてきた。

 

「ところでおぬし、何かを受け取っとらんかったか?」


「……あ、そういえばそうでしたね」


 ようやくエルシャは思い出したようで、視線を手元に移す。

 

 それは、一言で言えば箱だった。もちろんただの箱ではなく、まるで押してくださいと言わんばかりにボタンが一つ取り付けられてある。きっと説明書がなくとも使い方が分かるよう、人間の本能に訴えかけるためにそういった造りにしてあるのだろう。なにせボタンとは押されるために存在するものなのだから。押すなと言われれば押してしまうのが人間という生き物の習性である。

 

 しかし不運なことに箱を持っているのはエルシャだ。彼女が筋金入りのビビり、もとい慎重派なのをヨミが見落とすはずはないのだが、状況が状況なだけに仕方なかったのかもしれない。

 

『それを使って自力で脱出してください』


 そう言って箱を渡した時のヨミの心境はどうだったのだろうか。きっと、エルシャが人間としての本能的な誘惑に屈してくれることに一縷の望みを託していたに違いない。

 

 不幸中の幸いというべきか、エルシャの意識はボタンにだいぶ傾いている。だが、ついぞ押すことはなかった。押したら何が起こるか分からないという生存本能が、好奇心という名の誘惑に打ち勝ってしまったのだ。

 

「むむ? 何かついておるぞ。……ポチっとな」


「あー! ななな、何するんですか!?」


 しかし、そんなエルシャの気持ちをハイネが汲んでくれるはずもなく。むしろ、エルシャが躊躇っている様子を見て好都合とでも言わんばかりにボタンを押してしまった。

 

「愚か者! ここで押さなきゃ女が廃るんじゃ!」


「意味が分かりません! それよりこれ、どうするんですか!?」


 ボタンを押した途端、箱は小刻みに震え始めた。しかもカチカチカチ……と不穏な音まで鳴り始めてしまう。

 

 エルシャは人並み外れた生存本能を発揮し、箱を隅に置いて自分たちは対角線上に逃げた。とにかく距離だ。距離を置いて、箱から遠ざかるしかない。

 だがここは狭い牢屋の中。

 離れたところで、気休め程度の距離にしかならない――。

 

 

 ◇

 

 

 階段を駆け上がり、ヨミとマリーベルは屋敷の1Fにたどり着く。相変わらず追手が向かってくるものの、地上に出てしまえばこちらのものだ。

 二人は窓を突き破り、無理やり屋敷から脱出する。

 

「ねえ、さっきエルに何か渡してなかった?」


 マリーベルは走りつつヨミに尋ねた。


「ニトロ茸を材料に作った爆弾ですよ。鉄格子は無理でも、壁くらいなら楽々破壊できるはずです」


「なるほど、それを使って脱出させようってわけね?」


「その通りです」


「でも、あんな狭いところで爆発させて大丈夫なのかしら。まああなたのことだから、もちろん想定済みなんだろうけど」


「……あっ」


「……えっ?」


 その時、二人の背後で凄まじい爆発音が轟いた。



 ◇

 

 

「けほっ、ごほっ……凄まじい爆発じゃったな。おかげでわしの特注外套がただのボロキレになってしもうたわい」


 爆発の寸前、ハイネは自身とエルシャを外套で覆うことで爆風を凌いでいた。おかげで無傷で済んだものの、外套は無惨な有様になってしまった。

 特別に頑丈な素材で作られた外套といえど、あんな至近距離で爆発を受ければ無事では済まない。いや、頑丈な素材だったからこそエルシャたちは無事だったと言うべきか。

 

 ともかくハイネは外套をその場に脱ぎ捨てると、崩れ落ちた壁を越えて牢屋の外に出る。

 エルシャも後に続いて牢屋の外に出ると、またしても階段を下りてくる足音が近づいてきた。

 あれだけの爆発を起こしたのだから無理もない。

 

「お、お前らか!? さっきの音の正体は!」

 

 下りてきたのは四人の衛兵隊員だった。

 最初に比べて半減しているのは、ヨミたちが状況をかき乱してくれたおかげだろう。

 しかし、こちらもこちらで魔法が封じられてしまっている。

 地下牢に張り巡らされた対魔法結界は、爆発程度ではビクともしていない。

 数的にも武力的にも、向こうの方が有利か――。

 

「まさかおぬし、ここまで来といて諦めるつもりではあるまいな?」


「そんなつもりはありません。でも、いったいどうすれば……」


 危機的状況を前に不安を見せるエルシャをよそに、ハイネは近くに落ちていた棒切れを拾う。


「まあ見ておれ。理力の神髄はここからじゃ」


 そして自信満々に突き出すが、どう見てもただの棒切れ。あまりに滑稽な姿に、親衛隊の一人は思わず噴き出してしまった。


「ははははは! 悪あがきもここまで来ると見苦しいぞ!」


「そう思うならかかってくるがよい」


 ハイネが不敵に笑うと、親衛隊は一斉に武器を構え突進してきた。棒切れ一本で何が出来るというのか。ファルに武器が振り下ろされる瞬間、エルシャは思わず目を瞑ってしまう。

 だが再び目を開けると、そこにはただの棒切れで剣を受け止めるハイネの姿があった。


「なっ……!」


 驚く親衛隊員。

 すかさずハイネは剣を払いのけると、棒切れで腹を一突き。怯んだ隙にさらにもう一撃くれてやると、親衛隊の一人は地面に倒れこんでしまった。


「ふふん。剣が棒切れに負けた気分はどうじゃ?」


 あまりに奇妙な一連の出来事に、親衛隊員たちは呆然と動きが固まってしまう。どうやら彼らは理力の神髄を垣間見てしまったらしい。膨大な魔力が込められた棒切れの硬度は、鋼の剣すらも上回る。この物体の硬質化こそが、理力の神髄と言えよう。そこから得られる攻撃性能や常識外れの物理的エネルギーは、いわば副産物的なものである。

 

「ひ……怯むな!かかれ、かかれーっ!」


 残る親衛隊員は三人。数はまだ親衛隊側の方が有利だが、戦意は喪失してしまったと言って過言ではない。必死に大声を張り上げて各々を奮い立たせようとしているのは、最後の意地なのかヤケになっているだけなのか。

 当然、戦局は覆らない。

 ハイネはその後も一人ずつ棒切れで突っつき、やがて全員を倒してしまった。

 

「口ほどにもないのう。さ、こんな所からはさっさとオサラバじゃ」


「はい!」


 元気よくエルシャは返事をし、二人は通路を進む。

 するとまたしても、階段を下りてくる足音が聞こえてきてしまう。

 今度は一人だけだ。

 しかもその親衛隊員は、親衛隊の証である腕章とバッジを付けていなかった。


「くくく……このデルク様は他の雑魚どもとは違うぜ?」


 デルク。

 エルシャはここで男の名を初めて知ることになる。

 そう、大通りで自分を捕らえた因縁の相手の名を。


「お、おぬしは……! わしを捕らえた奴ではないか!」


 そして因縁があるのはハイネも同じだった。

 どうやらこのデルクという男、事情を知らない旅人に狙いをすませて功績を重ねていたらしい。サンドイッチの店を出てすぐ近くの所にいたのも、おそらく偶然ではない。

 どこまで卑怯な奴なんだ、と二人はひっそり思った。

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