第40話 潜入調査
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「さ、マリーベルさん。準備はよろしいですか?」
左腕に腕章、胸元にはバッジを輝かせ、ヨミは問いかける。手に持つロープの先にあるのは、マリーベルの両手首だ。傍から見れば親衛隊と捕らえられた溢れ者にしか見えないが、これこそがヨミの考えていた「面白いこと」だった。
要するに罪人を連れてきたふりをして高台にある屋敷――ファルの根城へ潜入しようということである。
そして上手いことやって地下牢に侵入し、エルシャを助け出す。それがヨミの計画だ。
だが、当然と言うべきか、マリーベルは異論を唱えた。
「準備も何も、どうして私が罪人の役なのよ」
「だって他に頼める人はいませんし。嫌なら交代も視野に入れておきますが、親衛隊の方々との対応……マリーベルさんに出来ますか?」
「うっ、そう言われると確かに……このままでいいわ」
親衛隊の一員に成りすましている以上、他の親衛隊員との接触は避けられない。例えば屋敷の入口にいる門番。下見の段階ですでに二人いることは確認済みである。彼らとうまくやり取りを交わさなければ、屋敷への潜入はおろか即刻逮捕間違いなしだろう。
求められるのは演技力だ。そんな自信、マリーベルにはない。ので、大人しくお縄につくことにした。心なしか手首を締めるロープの感触にも慣れてきた気がする。
「まあ私にお任せください。長年の旅で培ってきた対話術をお見せしてあげますよ」
「どうなるか分からないけど、もうあなたに全部ゆだねるわ!」
決して投げやりになったわけではない。ここは全部ヨミに任せた方がいいと判断しただけだ。そんなこんなで、二人は高台にある屋敷へと足を進める。下見通り、入口の前には二人の親衛隊員が門番として目を光らせていた。
「……止まれ。名を名乗れ。屋敷に何用だ」
二人の門番が、ヨミとマリーベルの前に立ちふさがる。風格のある鋭い眼光と、引き絞った矢のように研ぎ澄まされた雰囲気。大本営の門番を任される以上、親衛隊員の中でもとりわけエリートの親衛隊員ということか。
だが、ヨミはひるまなかった。特に気後れすることもなく、堂々と他人の名を名乗る。
「デルクです。この不届き者は食い逃げ万引き当たり屋ポイ捨て騒音……その他諸々の犯罪に手を染めた上、ファル様への悪口を吐いていたので捕らえてきました」
(んな……っ!?)
名前だけに飽き足らず、架空の犯罪まで捏造してくるとはこれ如何に。とんだ濡れ衣の数々を被せられ、マリーベルは憤慨すると同時に唖然とした。もはや演技力がどうこうの話ではない。ただの出任せ製造機だ。
「デルク……? そんな名前の奴、いたかな。しかも男っぽい名前だし」
意外にも親衛隊員はヨミに話に耳を傾けてくれたが、疑いの目は依然として向けられたままである。
「つい最近入隊したばかりですので。男っぽい名前だというのはよく言われます」
「そ、そうか……。まあともかく中へ入れ。奥の部屋にファル様がいらっしゃる」
「ありがとうございます」
ヨミは一礼し、何事もなかったかのように屋敷へと侵入。
通りがかる際、門番は溢れ者の顔が引きつっているのを目撃する。きっとこれから下されるであろう審罰に恐怖しているのだろう。まさに自業自得。自分が犯した罪が裁かれるだけなので、門番は特に同情することはない。
しかし、それはとんだ勘違いであることは察しの通りである。
実際はヨミの出鱈目さに肝を冷やしていたからなのだが、門番がその事実を知る機会は永遠に訪れないだろう。
「ふぅ、意外とすんなり入れましたね」
ヨミは一仕事終えた風に額を拭う。結果良ければすべて良し。一方マリーベルは、複雑な気持ちを抱えつつ相槌を打っていた。
「じゃあ、さっそくエルを助けに行きましょ?」
「待ってください。その前にファル様とやらに会いに行きましょう」
「え、なんで?!」
「私は皆さんと違って、まだファル様にお会いしてないんですよね。どういう方なのかとても興味があります」
「えぇ……。私もまだ一目しか見てないけど、決して良いものじゃないわよ」
「だからこそです。それほどまでに皆さんに恐れられている人物、一目見てみないと勿体ないじゃないですか」
そう言いのけるヨミの瞳は、実に純粋な好奇心で満たされていた。
「それに、実際に会ってみれば何か突破口が見つかるかもしれません」
今さら計画を変更するつもりは毛頭ないらしい。マリーベルも諦めるほかなく、覚悟を決めて奥の部屋へ歩みを進める。ここまで来たらもう徹底的に哀れな溢れ者を演じる所存である。
「あーもう分かったわよ。ただし、騒ぎは起こさないよね?」
「……ふふ、お任せください」
ヨミは不敵な笑みを浮かべ、奥の部屋の扉を開ける。中へ入ってみると、そこにいたのは薄桃色の髪をした小さな少女だった。どうやらマリーベルの言っていた通り、ファルという人物は随分と幼いようである。しかしそのかわいらしい見た目に騙されてはいけない。彼女からは魔族特有の危険な雰囲気を感じる。
「なぁにぃ? あんた達……」
ファルは気だるそうに視線だけを寄こしてきた。
「用があるならさっさと済ませて」
「罪人を捕らえてきました。つきましてはファル様のご指示を仰ぎたいのですが」
と、ヨミはさも平然を装って言いのける。
「散々言ってるでしょ。あんたら親衛隊は勝手に捕まえて勝手に牢屋に入れちゃっていいって。あたしの手を煩わせないでよね」
「申し訳ありません。なにぶん親衛隊に入って日が浅いもので」
「言い訳してる暇あるなら、とっとと出てってくれる?」
ファルは疲れているのか、はたまたいつもこうなのか、少し機嫌が悪そうだ。まるで厄介払いをするかのように、しっしっと手を振る。必要以上に長居をして怪しまれるわけにはいかない。ここは大人しく引き下がることにした。
「分かりました。それでは失礼いたします」
ヨミは粛々とお辞儀し、部屋から立ち去っていく。
二人の後ろ姿を見送ったのち、ファルは側近の男を近くに呼び寄せる。
そして、こう耳打ちをした。
「……屋敷内の全親衛隊員に通達して。地下牢にネズミが二匹侵入したって」




