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第39話 竜人将棋

 ◇

 

 

「お前に最高の寝床をくれてやる! この鉄格子の中だ! 一日経ったら迎えに来てやるから、せいぜい大人しく反省していることだな!」


 と親衛隊の一人に罵倒されながら、エルシャは乱暴に牢屋の中へ放り込まれた。固くて冷たい石の床に体を打ち付けられるのと同時に、ガシャンと鉄格子に鍵が掛けられる。

 痺れるような痛みを堪えつつ、ゆっくり体を起き上がらせると、牢屋の中には他にもう一人先客がいることに気がついた。


「おぬしも不敬罪とやらで捕まったクチかの?」


「え……あ、はい。まだ状況が分かってないんですけど、たぶんそうです」


「わしもじゃ。かわいらしい(わらべ)が歩いてたので頭を撫でてやったらこの有様じゃよ」


 やたらと古風なしゃべり方だが、見た目はエルシャとはそれほど変わらない。せいぜい二つか三つ年上と言ったところか。茶色い髪で、背中には外套を羽織っている。格好を見るにおそらく彼女も旅人なのだろう。

 そうでなければ、この町を歩くかわいらしい子供の頭を撫でようなどとは思わないはずだ。明言されてはいないもののの、誰を撫でたかは容易に想像がつく。


「ま、短い付き合いになるとは思うが罪人同士仲良くしようぞ。わしはハイネ。おぬしは?」


「エルシャです」


「エルシャ? どこかで聞いた名じゃのう」


「……!」


 しまった!

 油断して自分の名前をバラしてしまい、正体がバレてしまわないかエルシャは冷や汗を流す。


「そうじゃ、思い出した。おぬし、あの光の魔女に憧れておるんじゃな?」


 どうなるかと思ったが、ハイネは都合よく解釈してくれた。エルシャはホッと一安心。さすがに300年前の石像から蘇ったとは思わなかったらしい。

 

「は、はい……実はそうなんです」


 エルシャは不慣れな愛想笑いを浮かべ、難を逃れる。

 

「うむうむ。最近は影の魔女とやらも出てきておるらしいが、やはり原点は光の魔女じゃからのう。おぬしはよーく分かっておる」


「ど、どうも……」


 どうやらハイネは光の魔女「派」であるらしい。というか、町の外にまで影の魔女の噂が広がっていることにエルシャは驚きと不安を禁じ得ない。同時に恥ずかしさも体の奥底からこみ上げ、顔が火照ってしまう。

 

「ん? 体の具合でも悪いのかの?」


「い、いえ! わたしは元気です!」


 と言ってエルシャは虚しくなってしまう。明日になれば死んでしまうのに、元気も何も関係あるのだろうか。町の重苦しい雰囲気に負けないくらい暗くなるエルシャをよそに、ハイネはのんきにあくびをして体を伸ばし始める。まるで牢屋に入れられて三日目くらいの余裕さだが、尋ねてみると本当に牢屋に入れられて三日目だという答えが返ってきた。同じ不敬罪なのにどうして日数に違いがあるのか疑問に思ったが、これも答えは単純。必死にへーこらしてゴマをすったおかげで日数が延びたらしい。しかし、伸びたと言ってもたったの四日で、翌日には二人仲良く処刑される予定である。

 

「はぁー……それにしても暇じゃのう」


 ハイネは退屈そうに目をこする。


「仕方ありませんよ。ここ、牢屋の中ですし」


「と、思うじゃろう? 実はわし、暇になることを見越してこんなものを持ち込んどったのじゃ」


 そう言うとハイネは、得意げな笑みを浮かべて何かを取り出した。それは、二枚のマス目が入った板と、たくさんの駒のような物が入った小箱だった。

 

「なんですか、それ」


「ふふふん。聞いて驚くことなかれ、こいつは世にも珍しい竜人将棋じゃよ」


「竜人将棋?」


 エルシャは首をかしげる。初めて聞く名前だった。ハイネは小箱から駒のいくつかを抜き取り、一つを盤面上に置くと説明を始めた。

 

 竜人将棋とは、その名の通り竜人族が生み出したという伝統的なボードゲームである。

 ルールは通常の将棋と同じく、駒を交互に動かして相手の王様を詰めるというシンプルなもの。

 だが通常の将棋と決定的に違うのは、自陣に限り駒を好きなように配置できるという点にある。つまり、勝負は開始前の盤面に駒を並べる時点で始まっているのだ。

 もちろん開始前に相手の盤面を見ることは禁止されている。

 そして、自陣の盤面を組み立て終えたら、二枚の板を一枚に合わせることで勝負は始まる。


「まあ習うより慣れろじゃ。細かいルールは都度教えてやるから、一度やってみい」


「は、はい……!」


 慣れない手つきで駒を並べるエルシャ。

 しばらく経ったのち、対局は開始され――。

 

 

 

「おのれー! おぬし、謀りおったな!? まさか初心者のふりをしてわしを騙すとは恐れ入ったわい!」


 ハイネの陣地は素寒貧にされた。

 

「え、ハイネさんが手加減してくれたんじゃないんですか?」


「ぐぬぬ……おぬし、見かけによらず鬼畜じゃのう。今の言葉、結構傷ついたぞい」


 どうやら本気で負けてしまったらしく、ハイネは奥歯をきしませ悔しがった。

 

「すすす、すみません!」


「ならもう一回じゃ! 次は本気で相手してやるんじゃからな!」


(や、やっぱりさっきのは本気じゃなかったんですね……。わたしも、もっと本気を出さないと!)


 それから二人は時間を忘れ、竜人将棋に没頭する。対局も一度や二度ならず、何度も繰り返した。しかし、いや、やはりと言うべきか。ハイネは一度としてエルシャの王を討ち取ることはなかった。

 

「おおお、おのれー!」

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