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第38話 ファル様親衛隊

「なんだデルクじゃないか。何かいいことでもあったのか?」


 どうやら屈強な男の名はデルクというらしく、宿屋の主人とも面識があるようだった。間違いない。あの男こそが、エルシャを連れ去った張本人だ。マリーベルは今にも飛び出したい気持ちを抑え、二人の会話に聞き耳を立てる。

 

「おう、あたぼうよ! こいつが目に入らねえのか?」


 そう言ってデルクは、左腕に巻いた腕章と、胸元に付けたバッジをこれ見よがしに見せつける。

 

「その腕章とバッジは……。ということはデルク、ついにやったんだな!?」


「ああ。これでオレも今日からファル様親衛隊の一員だ」


(ふぁ、ファル様親衛隊……!?)


 マリーベルは小声でシルヴァに尋ねる。

 親衛隊とはファルから認められた者だけが所属を許されるという、他の町で言うところの衛兵のようなものらしい。だが衛兵と決定的に違うのは、特権階級が与えられている点だ。

 彼らはファルの直属の部下であると同時に、密告の対象からも除外される。

 重苦しい空気が付きまとうこの町を、監視の目が人の数だけあるこの町を、親衛隊に選べれれば大手を振って歩けるようになるのだ。


(もしかして、褒美というのはあれのことですか?)


 ヨミからの問いかけに、シルヴァは頷く。

 

(ああそうだ。説明する手間が省けてよかったよ)


 つまり、あの腕章とバッジは親衛隊の証。自由の証というわけらしい。

 

(……何が褒美よ。本当にふざけてるわね)


 シルヴァの話を聞き、マリーベルは顔をしかめる。自由は、人が生まれながらに手にして当然のものだ。決して誰かから与えられるものではない。ましてや、人の命と引き換えのものならなおさらだ。

 

「おめでとうデルク。今日は俺が一杯奢るよ」


 宿屋の主人は笑みを浮かべ、右手を差し出す。

 もちろんデルクも笑みを浮かべ――その手を払いのけた。

 

「え?」


 二人の間に流れる空気が凍り付いた。

 予想外の行動に、宿屋の主人は戸惑いを隠せない。

 

「おいおい、さっきからなんだその口の利き方は。オレを呼び捨てにしていいご身分なのか、お前は」


 そう言ってデルクは、再度腕章とバッジを見せつける。特権階級の証。それ以上の意味はないが、それ以外の意味もない。彼らは、古くからの友人である。

 

「す、すまな……いえ、すみませんでした。後で一杯奢らせてください、デルクさん……」


「そうだ、それでいい」


 そうしてデルクは、ようやく宿屋の主人の握手に応じる。彼らは、古くからの友人であった。きっとその関係はこれからもずっと続いていくことだろう。二人の硬い握手が何よりの証拠だ。


「あーもう無理限界! ちょっとあなた!」


「マ、マリーちゃん!?」


 ついにマリーベルは我慢できなくなり、デルクに向かってずかずかと歩いていく。慌ててシルヴァは後ろから引き留めようとするが、 彼女の目にはもう前しか映っていない。

 

「ん? なんだお前は」


 デルクが近づいてくるマリーベルに気づき、睨みを利かせる。

 

「さっきから黙って聞いてればあなたねぇ! 親衛隊だかなんだか知らないけど、いったい何様のつもり?! この町の人たちはみんな自由がないって同情しちゃったけど、あなたにだけは絶対同情してやんないわ!」


 だがマリーベルも負けじと睨み返し、大声でまくし立てる。もはや止まることはない。こうなってしまってはシルヴァは後ろでオロオロするしかなかった。


「ハッ、同情だぁ? そんなことをしている暇があんなら、しっぽを振る練習でもしてた方がずっとマシだぜ。今のオレは気分がいいから今回のことは特別に見逃してやるが、次はないと思え」


「上等よ! あなた達が間違ってるってこと、私が証明してみせるわ!」


 自分よりも遥かに大きい相手に掴みかからんとするマリーベル。

 さすがにまずいと思ったのか、シルヴァが二人の間に割って入る。


「マリーちゃん、もうやめよう! キミまで捕まっちゃ意味がない!」


「……そ、そうね。ごめんなさい。頭に血が昇ってたわ」


 シルヴァの介入により、マリーベルはようやく冷静さを取り戻す。それを見てデルクはつまらなそうに舌打ちをするが、シルヴァの存在に気づくやいなや再び気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「おや? おやおや~? そこにいらっしゃるは、次世代の若き領主様ことシルヴァ坊ちゃんじゃありやせんか!」


 あまりに嫌味たらしい皮肉を言われながらも、シルヴァは言われ慣れているのか顔色一つ変えない。それどころか一言も言い返さず、視線すらも合わせることなくヨミがいるところまで戻っていった。

 

「ごめんなさいヨミさん。私、また熱くなっちゃって」


「いえいえ、気にしないでください。ああやって言いたいことを言えるのもマリーベルさんの良いところですから」


 そんなヨミの励ましに、マリーベルは照れ笑いを浮かべる。

 

「うーん、そう……なのかな? そう言ってくれるのは嬉しいんだけど」


「けど、なんとなくこの宿屋には泊まりにくくなっちゃいましたね。いい宿だとは思うんですが、今回はご縁がなかったということで別の宿屋を探しましょうか」


「……ごめんなさい」


 マリーベルはまた頭を下げた。今日以上に熱くなりやすい自分の頭を恨んだことはないだろう。二人は立ち上がり、宿屋を出ようとする。


「おい、あんたがこの嬢ちゃんの保護者か?」


 出口付近で、デルクとすれ違う。

 

「まあ、そんなところです」


 保護者というのは違う気しかしないが、マリーベルには突っ込む気力も権利もない。今はとにかくこの場から出たかったので、ヨミの適当さが逆にありがたかった。


「ふん。だったらしっかり教えてやんな。この町では偉い人には逆らっちゃいけないってな!」


「ええ、肝に免じておきます」


「けッ。どいつもこいつもつまんねえなァ」


 そんなぼやきを背中で聞きながら、二人は宿屋を後にする。別につまらなくて結構。それからしばらく歩いた辺りで、ヨミはふと立ち止まった。

 

「……そういえば、こんなものを拾ってきたのですが」


 そう言って見せてきたのは、見覚えしかない腕章とバッジだった。気分がどん底まで落ち込んでいたマリーベルは、その二つの拾得物に仰天してしまう。いや、拾得物と言い張るにはさすがに無理があるか。だって、それはどう見ても――。

 

「そ、それって……デルクっていうやつが付けてたものでは!?」


「おっ。元気が戻ってきましたね」


 能天気に言っている場合か。マリーベルは心の中で突っ込みを入れる。どうやらすれ違った際にこっそり拝借してきたとのこと。だとすればなおさら能天気に言っている場合ではない。

 

「……もしかしてあなた、旅人じゃなくて盗賊だったりする?」


「えー。そんなひどいこと言わないでくださいよ。けど、これがあれば面白いことになると思いませんか……?」


 そう言ってヨミは、悪戯っ子のような純真な悪意に満ちた笑みを浮かべるのだった。

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