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第37話 不敬罪により死刑!

 ◇

 

 

 エルシャが連れてこられたのは、町の高台にある大きな屋敷だった。もっとも、大事な客人としてお呼ばれされた雰囲気ではないのは、後ろで睨みを利かせる屈強な男が雄弁に物語っていることだろう。腕の拘束は解いてくれたものの、どのみち逃がしてはくれなさそうだ。

 

 それに男は、

 

『黙れ! ファル様に逆らったら町の皆の命がないんだよ!』


 とも言っていた。その言葉を真に受けるならいっそう逃げることはできない。連帯責任というのだろうか。その表現が合っているかは定かではないが、自分が逃げれば代わりに他の誰かの命が失われる。考え過ぎと斬り捨てるには、この町の空気は重すぎた。

 

 そんなことをぐるぐると考えているうち、エルシャは屋敷のとある一室へと通される。そこはとても広い部屋だった。いや、部屋というより裁判を行う法廷の方が近いかもしれない。

 

 目の前にあるのは向かい合うように並べられた二組の長机。最奥にはさらに一段高い台座があり、赤と黒を基調とした禍々しい造りの椅子にファルは座している。彼女は不敵に微笑しながら足を組み替えたのち、エルシャに向けて口を開く。


「それじゃ、さっそくだけど判決を言い渡すわ。あんたはあたしに無礼な態度を取った。……ということで不敬罪により死刑」


「死刑!? しかも、こんなすぐにですか!?」


 あまりにも急な展開に、エルシャは目をぱちくりとさせるしかない。しかし、そんなエルシャの反応を楽しむかのようにファルは嘲笑を浮かべる。


「当然じゃない。この町で一番偉いのはあたしなのよ。偉い人には逆らっちゃいけません……ってお母さんから教わらなかったの?」


「し……知りませんよそんなこと……!」


 エルシャは奥歯を噛みしめる。正直言って、この町で体験した出来事はすべて現実感がまるでなく、まだ夢でも見ているんじゃないかと思っていた。だが胸の奥から込み上げてくる表し難い感情は紛れもない本物だ。夢ならばどれほどよかったことか。ファルは椅子から立ち上がると、傍にあった巨大な鉄槌を軽々と持ち上げる。


「あたしの法廷は速さが売りなの。どのみちあんたは死ぬんだし、速ければ速い方がいいでしょう?」


「……っ!」


 もはやエルシャは声すら上げられない。目の前にいるのは姿形こそ人間でも、中身は人の皮を被った化け物だ。町の人々が彼女に恐れを抱いていた理由も、今なら簡単に説明がつく。弱肉強食。ただの人間が化け物に敵うはずがない。見た目こそ小さな少女だが、ひしひしと感じる魔力は相当なものだ。加えて、巨大な鉄槌を簡単に振り下ろせるだけの腕力――。


「はい! じゃあこれにて閉廷!」


 堪らずエルシャは目を閉じてしまう。だが、いつまで経っても痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けてみると、ファルは鉄槌をエルシャではなく床に向けて振り下ろしていた。衝撃と風圧により、二人の髪を宙になびかせる。

 

「うふふっ。もしかして今死刑になると思っちゃったかしら。あたしは優しいから、一日だけ時間をあげる。死ぬ覚悟はその間に済ませて頂戴」


「死……ぬ……覚悟……?」


「何よその顔。まさか今すぐ死ぬのがお望みかしら」


「そ、そんなことはありません!」


「冗談よ冗談。さあ、そこのお前」


「はっ!」


 ファルはエルシャを連れてきた屈強な男に目を向ける。

 

「この女を地下牢に連れて行きなさい。そしたら褒美をくれてやるわ」


「分かりましたファル様!」


 見事な忠誠心だ。あるいは見事に教育が仕込まれていると言うべきか。屈強な男はエルシャの腕を無理やりつかむと、


「(本当に済まない。本当に、済まない……!)」


 まるで贖罪をするかのように、誰にも聞こえないような小声で何度も謝った。何度も、何度も。自分は悪くないかのように、何度も。

 しかし繰り返される言葉とは裏腹に、男の顔は醜いくらいに綻んでいた。

 ファルからもらえる褒美に胸を躍らせ、心を弾ませていたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あのファルって奴が町に来てからすべてが変わってしまった。あいつからもらえる〈褒美〉のために、町の住人同士で監視し合うようになってしまったんだ」


 シルヴァは苦虫を噛み潰すかのように奥歯をきしませる。

 

「か、監視……? それに褒美って……?」


 急に飛び出てきた不穏なワードの数々に、マリーベルは動揺を隠せない。ソファから身を乗り出し、シルヴァを問い詰める。


「ファルのやり方は典型的な飴と鞭ってやつだ。徹底的に民を縛り付ける一方で、従順な民にはファル直々に褒美が出される。特に、あいつのやり方に背くような反乱分子を密告した奴には、さらなる特別な褒美が出されるって話だ」


 シルヴァは続ける。ファルが町に来てからというもの、町の空気は一変した。理不尽に怒鳴られたり殴られたりする者はいなくなったらしい。その代わり、皆そろってファルの顔色を窺っているそうだ。町で一番偉いのはファル。逆らうことなどあってはならない。誰もかれもがそう思い込まされてしまっているのだろう。

 

 そして窺っているのは隣人の顔色もだ。少しでも嫌われるようなことをすれば直ちに密告されてしまうため、必死に関係性を良好に保とうとしている。たとえそれが偽りのぎこちない関係性であっても、命を失うことに比べたら遥かに安い代償だ。

 

 今のやり取りで、町に感じた重い雰囲気の正体が一気に解明されたように思える。しかし、マリーベルには一つ腑に落ちない点もあった。

 

「ちょっと待って。密告すれば褒美が出るっていうけど、その密告が正しいと証明する方法はあるの? 出鱈目をでっち上げて、嫌いな人を排除することも出来るんじゃない?」


 そう。密告というからには、まずそれが正しいかどうかの証拠がいる。でなければ褒美どころか、密告した者が逆に罰せられる可能性だってあるはずだ。

 

「いいや」

 

 だが、シルヴァはあっさりと首を横に振る。

 

「正しいかどうかなんてどうでもいいんだ。少なくとも、この町にとって部外者でしかないファルにはね」


 つまり、ファルは町の発展に興味などなく、ただ単に自身の快楽を満たすためだけにこの町を牛耳っているのだ。冤罪が生まれようが知ったことではないらしい。


「そ、そんなやり方で町が成り立つとは思えないわ!」


 あまりに横暴なやり方に、マリーベルは憤る。

 シルヴァはそんな彼女とは対照的に落ち着いた様子だった。それどころか、まるですべてを受け入れるかのように深くため息をつく。


「でも実際にこうして成り立っている。そうでなきゃこの世に独裁なんて言葉は生まれてないよ。まあ、最悪な形で成り立っているのは違いないけどね」


 まるで他人事のようにシルヴァは言う。いや、彼にとっては実際に他人事なのだ。町の現状を憂うというより、ただただファルという化け物に恐怖しているだけにしか見えない。両親が死んだことで領主の立場はシルヴァに移されたそうだが、それが形だけの名ばかりであるのは言うまでもない。

 

「ところで」


 ふとヨミが手を半分だけ挙げる。

 

「褒美というのは具体的に何なのですか?」


「それは……」


 と、ファルが答えようとしたその時。

 勢いよく入口の扉が開き、見覚えのある屈強な男が不気味な笑みを浮かべて入ってきた。

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