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第35話 62点

 手始めにエルシャたち一行は、町の中心部である大通りへ向かうことにした。

 前の町からは必要最低限の荷物しか持ってきていないので、次の道中に向けて物資を揃える必要がある。

 食料はもちろんのこと、薬や水もしっかり確保しておきたい。

 そして何よりも重要なのは宿選びだ、とヨミは熱弁する。


「疲弊した心身を癒すのに必要なのはふかふかのベッドです。……が、だからといってべらぼうに高級な宿を選ぶ必要はありません。。むしろ、少し良いぐらいの安宿の方が居心地が良くてリラックスできる……というのはよくある話です。そういう観点から言えば、前の町は満点でした」


「それって褒められてるのかしら」


「めちゃくちゃ褒めてますよ、私」


「ど、どうも……」


 お前の町の宿は安っぽいと言われているようで複雑な心境のマリーベルではあったが、ここは素直に受け取ることにした。そういえばヨミと初めて顔を合わせたのも、その宿屋だった。


「というわけで宿選びは私にお任せください。お二人は食料の調達をお願いしたします」


「分かりました」「ええ」


 かくしてエルシャたちは二手に分かれることになった。

 旅の成功の可否は食料と水が大きく関わる。とはいえマリーベルの話によれば、大通りには美味しい食べ物の店が軒を連ねているとのことなのでそこまでの心配は要らないだろう。美味しい料理が提供できるということは、食材も充分に揃っているはずである。昼食も大通りにある店で済ませるつもりでいた。

 

 ところが、いざ大通りに足を運んでみると、聞いていた話に比べて賑やかさは感じられなかった。人はまばらで閉まっている店も目立つ。なんというか、全体的に元気が無いように思えた。

 

「あれ? みんな今日はうちにいるのかしら……」


「前はこんな感じじゃなかったのですか?」


 エルシャが尋ねると、マリーベルは怪訝そうに答える。

 

「そうね。少なくとももっと人は歩いていた気がするわ。まあ、数年前だし記憶が薄れているだけかもしれないけど」


「でも、わたしはこのくらいの方が居心地はいいですけどね」


「エル、もしかして私の町は居心地悪かった?」


「あ、いえいえ! そういうわけではないです!」


 エルシャは首をブンブン振って否定した。

 彼女は日陰者だ。日陰者は日陰にいるから日陰者なのだ。基本的に薄暗くひんやりした雰囲気の場所を好み、陽の当たる場所を遠巻きに眺めるくらいがちょうどいいと考える生態である。

 しかし日陰者だからこそ、この町が異様な雰囲気に包まれていることにも気づいていた。

 今、この町はあまりに元気がなさすぎる。

 日陰は日向があるから存在できる。

 日陰しかない町は、もはや日陰とは言えない。

 エルシャのいつもの意味不明な理論が展開されるが、町全体が異様な雰囲気に包まれていることは事実だった。

 

「ま、まあ、とにかく。あそこのお店で昼食を取りましょう? 実は朝作ったサンドイッチは、あのお店のを真似して作ってみたものなの。だからもっとおいしいサンドイッチが食べれるはずよ」


 と、マリーベルは無理やり自身を奮い立たせる。町に元気がないからと言って、自分までもが元気を失う必要はない。だが少しでも気を抜けば町のどんよりとした重い雰囲気に飲まれそうになる。果たしてこんな状態で楽しい食事は出来るのだろうか。

 二人は気合を入れ、店の扉を開ける。

 ……気合?

 はて、普通は店に入るのに気合を入れる必要はあるのだろうか。

 究極の人見知りであるエルシャはともかく、マリーベルまでもがいつの間にか町の雰囲気に飲み込まれてしまっていたらしい。

 それはさておき。気合を充分に入れ、二人は意気揚々と店内へ踏み込む。

 

「……いらっしゃい」


 覇気のない声が二人の耳を通り抜ける。静かで雰囲気のいい店、と言えば少しは聞こえが良いだろうか。広めの内装に対して客入りが殆どないのを「静か」と表現できるのならだが。マリーベルは店に入るなり、その静けさに驚いた。


 食事時であればもっと賑わっていてもおかしくは無いはずだ。それなのに店の客は自分たちを含めて三人しかいなかった。


 その唯一の客は、一言もしゃべることなくサンドイッチにかぶりついている。あまりのおいしさに言葉を失っているのなら、まだ救いはあるのかもしれない。ここのサンドイッチがおいしいのは有名な話ではある。

 

 なので当然、エルシャとマリーベルもサンドイッチを注文。待ち時間は一切なく、速やかにテーブルに運ばれてくる。見た目は悪くはない。問題は味だ。

 

「…………」


 一口食べて、エルシャは言葉を失った。それが決していい意味での沈黙ではないことはお察しの通りだろう。どうやらマリーベルも同じ感想を抱いたようで、二人は無言でサンドイッチを口に運ぶ。

 ……美味しくない、わけではない。

 ただし、特別おいしいというわけでもない。

 まずいわけでもなく、かといって絶品というわけでもなかった。

 普通。しかもちょっと微妙寄りの普通。

 100点満点ならば62点くらい。

 そんな、微妙な点数。

 

(マリーベルさんが作ってくれたサンドイッチの方がおいしい気が……)


 エルシャはそんな感想を抱いたが、さすがに店主が近くにいる以上声に出すことはしなかった。この静かな雰囲気の中では、たとえ小声で話しても全員の耳に入ってしまうことだろう。

 

 もっとも、そんな気遣いなどもはや必要ないのかもしれない。この店の客は皆(と言っても3人だけ)、余計なおしゃべりをする気分ではないようだ。店主もそれを察しているのか、一歩引いた場所で黙々と皿を拭いている。

 

「そ、そろそろ出ましょうか……」


 そんなマリーベルの囁きが店内に響き渡る。渡りに船とはまさにこのこと。一応は完食したサンドイッチの皿をテーブルに残し、二人は席を立つ。

 

「じゃあ私はお会計済ませてくるから、エルは先に出てて」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 言われるがままエルシャは店を後にする。この気まずい空間に長く滞在するのは、日陰を極めし者にも至難の業だったようだ。

 

 しかし、町にいったい何が起きているのか。エルシャは疑問を浮かべる。

 

 するとその時。

 

「(――おい、ファル様がおいでなさったぞ!)」

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