第32話 朝の日差しを背に受けて
マリーベルの助太刀ならぬ助杖もあり、ハーネスタの炎弾受け流しも無事成功する。そしてすかさずエルシャが反撃し、着実にダメージを積み重ねていく。
「マリーベルさん、どうしてここに!?」
「あとで話すわ。それより今は戦いに集中して!」
マリーベルの言うとおりだ。積もる話を交わす暇があるなら、少しでも魔力を練っていた方がはるかに建設的である。エルシャは改めて気を引き締め直す。
「ふっふっふっ……ふふふふ……」
「わ、笑ってる……? なにこいつ、気味が悪いんだけど」
露骨に嫌悪感を表情を浮かべるマリーベル。イドラの不気味な笑いは留まることを知らない。ここまで来ると不気味を通り越して、もはや狂気だ。痛みと愉悦を感じる器官が丸々入れ替わっているのではないだろうか。
「ふふふ……どうせ無駄なのによく頑張りますねぇ。雑魚が一匹増えたところで、こちらにはハーネスタ様がいる以上戦力差は埋まりません。まあせいぜい足掻いてみせることです」
「グオオオオオーーッ!」
ハーネスタがさらなる咆哮を上げる。黄金炎弾が発射される合図だ。連発が出来ないのは分かっているが、心なしか発射される間隔はだんだん短くなってきている。
「さあハーネスタ様、この愚か者どもを焼き払ってください!」
「させないわ!」
杖を掲げ、マリーベルが一歩前に踏み出す。
そしてすかさず束縛魔法陣を発動。ハーネスタの足元から無数の魔力で出来た糸が出現し、一瞬にして全身を絡めとる。動きを封じたことで、三発目の黄金炎弾が発射されることはなかった。
「なんて姑息な手を……。ですがまあいいでしょう、貴様から先に潰すだけです!」
イドラは立ち上がるや否や、マリーベルに迫る。その手には隠し持っていたナイフが握りしめられている。
魔力が尽きた場合などに使用する緊急時の武器だったが、実際に使うのは何年ぶりだろうか。これほどまでに追い詰められたことは素直に賞賛に値する。
しかし、最終的に勝つのは自分だ。
マリーベルの背中へ目掛け、イドラはナイフを振り下ろす。
――ガキンッ!
だが寸前で、ナイフは弾かれた。
金属と金属がぶつかり合う高音。
ナイフを弾いたのは、ヨミの刀だった。
「やっとここまで来たんです。邪魔はさせませんよ」
「まったく、どうして貴様らはこうも……!」
計算外の事態が連続し、イドラは焦り始めていた。
やはり諦めの悪い連中を相手にするのは本当に疲れる。
苛立ちも溜まる。
だが、戦局がエルシャ達に傾いているというわけでもない。
束縛魔法陣のか細い糸では、ハーネスタの巨体をいつまでも束縛しておくことなど不可能だ。
「うぅ……! そ、そろそろ限界かも……!」
マリーベルは一層強く杖に魔力を込めるが、糸は切れ始め、拘束力はどんどん弱まっていく。ハーネスタの身体が自由になるのは時間の問題か。
「マリーベルさん、あとどれくらい持ちますか?」
「20……いえ、あと10秒!」
「充分です。エルシャさん、お願いします!」
ヨミは望みを託し、エルシャに呼びかける。
「……エルシャさん?」
しかし、返事は返ってこない。
それどころかエルシャはまったく動かず固まっていた。
直後、空から降り注ぐ強い光が目に入る。
朝の日差しだ。
いつの間にか空は明るくなり、雲の隙間から太陽が顔を出し始めていたのだ。
(お、重い……! 体が、動いてくれない……!)
夜が明けたことにより、体の先端から石化が始まってしまう。まだ肘や膝の辺りまでしか石化は進んでいないが、体は文字通り石……いや、岩のごとく固まって動かない。重い。こんな時に……!
「ふっふっふっ……ふふ、ふはははは! どうやら噂は本当だったみたいですね。まさか本当に石像になってしまうとは驚きです! しかしこれで私の勝利は確定しました!」
イドラは高らかに笑う。
なにせこの瞬間は最初で最後のチャンスだった。それをみすみす逃したとあれば、高笑いの一つもしたくなる。
逆に、エルシャの顔は青ざめに青ざめていた。
(そんな……わたしのせいで……!)
「エルシャさん!」
と、その時だった。
背後からエルシャの名を呼ぶ声が聴こえてきたのだ。マリーベルとヨミは自分よりも前にいるため、声の主は彼女たちではない。しかし幻聴というわけでもなかった。
重い体を必死に振り向かせると、そこには。
「セイラさん!?」
マリーベルの妹であるセイラが向かってきていた。息は切れ切れ、額には大粒の汗。そして体全体には未だに赤黒い痣が浮かんでいる。グラスファ病の症状が未だに残っていたのだ。
まさか龍の雫を飲んでも効果がなかったのだろうか?
唐突に嫌な予感が脳裏をよぎるが、真実はセイラの手に握られていた。
その手の中には、一滴たりとも減っていない龍の雫の小瓶があったのだ。
「エルシャさん、これを飲んでください!」
「ど、どうして飲んでいないんですか?!」
「すみません。でも、すごく嫌な予感がして……私がこれを飲んだら、取り返しがつかないことが起きるんじゃないかって。そしてどうするか悩んでいるうちに、あの竜が現れたんです!」
「セイラさん、まさか……」
「エルシャさん、どうかお願いします。龍の雫を飲んでください。町を、町の皆さんを、どうか守ってください!」
必死な思いでセイラは龍の雫を渡そうとする。
だが、エルシャはそれを受取ろうとはしなかった。というより、受け取る覚悟がなかった。
この龍の雫を受け取るということは、つまり……目の前にいる一人の命を捨てることになる。
1を取り100を捨てるか、100を取り1を捨てるか。
簡単に決められることではない。
しかし、迷っている時間もない。
「エル!」
マリーベルの声がした。
「お願いエル……セイラの願いを、叶えてあげて! 私たちがここに来たのは、あなたに龍の雫を渡すためなの……!」
覚悟と悲痛な想いが入り混じった声が、エルシャの心に突き刺さる。
セイラもマリーベルも覚悟は出来ているのに、自分はいったい何をやっているのか。このまま何もしないで石化し、二人の想いを無駄にするのか?
覚悟を決めろ。
選択の時だ。
「分かりました。町は、町の皆さんは、わたしが守ります。だから見ていてください。皆さんの想いは、絶対に無駄にはさせません!」
エルシャは、龍の雫を受け取った。
そして一気に飲み干すと、ハーネスタの方に向き直る。
「う……うあああああああああーーーっ!」
声にならない声を上げ、エルシャはハーネスタに突っ込む。
体の奥底からエネルギーが湧き上がってくる感覚。
気づくと目の前には、巨大な漆黒の火柱が上がっていた。
あまりに無我夢中。しかし不思議と頭はすっきりしている。
ハーネスタは獄炎の柱に身を灼かれ、消滅した。
朝の日差しを背に受け、エルシャはそこに立っていた。
「やった……やりましたよセイラさん! 見ていてくれましたかセイラさ……
………………セイラさん?」




