第31話 ただの魔法使い
『グオオオオオ……』
二度に及んだ何者かの咆哮は、遠くにいるエルシャとヨミの耳にも届いていた。しかも二回目の咆哮の後には凄まじい爆風が吹きすさび、近くの建物はおろか地面までもが激しく揺らされる。
「い、今のは何ですか……!?」
突然の衝撃に、エルシャは動揺を見せる。いったい何が起きたのか。その答えは程なくしたのち、はるか上空からやってきた。
「グオオオオオーーッ!」
闇夜を切り裂くような咆哮。エルシャはとっさに空を仰ぎ、その姿を視界に捉える。
美しい星空を背景に、神々しく輝く巨大なシルエット。
向こうもこちらの存在を視認するや否や、エルシャ達のいる路地へと急降下。着地の衝撃により砂埃が巻き起こり、やがて晴れると、巨大なシルエットの正体が明らかになった。
聖竜ハーネスタ。
神々しい見た目に反し、その眼は殺意に満ちているかのように血走っている。まるで他者の意志で操られているかのようだが、確かめる術はない。しかしハーネスタが放つ圧倒的な威圧感は、見る者に否が応でも危機感を抱かせる。
「エルシャさん、逃げてくださ――」
ヨミは叫ぶが、言い切るよりも早く金色の炎弾が頬を掠める。二人には幸い当たらなかったものの、射線上にあった建物は粉々に砕け散り、爆風が後から襲いかかってきた。
おそらく先ほどの一発は威嚇だったのだろう。このまま戦うつもりならば命はない、と。しかしヨミはもちろんのこと、エルシャもここで退く意志はなかった。
「……ヨミさん、多分逃げても無駄です。相手の狙いはわたしです。ならば逃げれば逃げただけ町の被害が大きくなってしまいます」
エルシャは破壊されてしまった建物の残骸を視線に捉えつつ言い放つ。その瞳には覚悟が宿っていた。
短い間ではあったものの、この町で過ごした記憶は鮮明に残っている。そして何よりこの町は、大事な友人の故郷でもある。これ以上むざむざ破壊させるわけにはいかなかった。自分でも気づかぬうちに、この町に愛着以上の何かが芽生えていたのだ。
「分かりました。では役割分担と行きましょう。私が竜の攻撃を受け止めますので、隙を伺ってエルシャさんは魔法をぶつけてやってください!」
「はい!」
エルシャが返事をすると同時に、ハーネスタは二発目の黄金炎弾を放ってきた。
この炎弾の特徴はおそらく、衝撃が加わると爆発してしまうことだ。ただ刀で受け止めたり、叩き切るのは自殺行為に等しい。それどころか、より被害が大きくなることが予想される。
ならばどうするべきか。
「どうか上手くいって……くださいね!」
ヨミは炎弾下部に一瞬だけ刃を当てると、そのまま斜め上へとかち上げる。結果、爆発は起こらず炎弾はそのまま上空へと飛んでいった。
ヨミが行ったのは、いわゆる受け流しと呼ばれる技術だった。
炎弾を捌くのに必要なのは刀の技術以上に胆力だ。上手くいく確証などどこにもなく、ヨミも冷や汗が出る思いだったが上手くいって一安心する。
そしてどうやら、炎弾は連発することが出来ないらしい。
絶好の反撃チャンスが到来した。
「エルシャさん、今です!」
「はい!」
エルシャはすかさず右手を前に突き出すと同時、金色に輝く炎弾とは真逆の禍々しい黒色の炎弾が発射される。黄金炎弾と比べるとだいぶ小さいものの、鱗を焼き焦がすには十分な火力があった。
「グギャアアアアアーーーッ!」
ハーネスタは体を抉り取られたかのような悲鳴という名の咆哮を上げる。確実にダメージは入っている。
「いいですよエルシャさん。もう一度お願いしますね!」
「ヨミさん、危ないです!」
「おっと」
ヨミが振り向くと、ハーネスタは大きく息を吸い込んだ後だった。
瞬きする間もなく、さらなる黄金炎弾が放たれる。
あまりに強力かつ厄介な攻撃だが、ヨミはすでに一度見切っている。
抜かりはない。
刀を構え、受け流しの構えを取る。
「……ふっふっふっ」
その時突然、エルシャは不気味な笑い声を聞いたような気がした。
しかし気づいたときにはもう遅かった。
ヨミの背後に、転移魔法陣が展開される。
中から出てきたのは、ボロボロの白装束を纏った男。
イドラである。
「ヨミさん!」
エルシャは叫ぶが、聞き届けられたところで結果は変わらない。
正面からの黄金炎弾を受けて背後のイドラの攻撃を受けるか、背後のイドラを斬り捨てて正面から来る黄金炎弾を受けるか。
一方を拾い、一方を捨てる。
ヨミは究極の二択を迫られる。
「はあああーーっ!」
だがその瞬間。
イドラの頭上に、さらなる転移魔法陣が展開される。
想定外の事態にイドラは思わず上を見上げるが、その行為が不運を招くことを数秒前の彼が知ることはない。
「ぐあっ!?」
イドラの顔面に硬い何かが直撃する。
正体は勢いよく振りかざされた杖であった。
そして転移魔法陣の中から出てきたのは、
「どう? 先祖代々に伝わる杖の威力は!」
自分の背丈ほどの長さがある杖を持った、赤髪の少女であった。
本来、杖とは魔法発動の補助をするための道具ではあるが、十分な硬さもあるので物理攻撃用としても最低限の威力がある。勢いよく振りかざせば、鼻っ柱を折ることくらい容易いだろう。
「ぐぅ……! 何者ですか貴様……!」
イドラが鼻を抑えながら尋ねると、少女は胸を張ってこう答える。
「私はマリーベル。かの邪竜を打ち倒した英雄、光の魔女エルシャの子孫でもなんでもないただの魔法使いよ」




